第57話 呼び出された少年

ランゴバルド博物館のご老人から、本当に呼び出しが来るとは思っていなかった。


暗くなり始めた街路から、博物館にはいると、相変わらず大昔の魔導師の亡霊みたいな格好のニフフ老人が待ち構えていて、ぼくを例の神竜の鱗が展示してある小部屋へと誘った。


「ランゴバルドはいつまで滞在される予定ですか?」


ぼくを年齢をごまかして冒険者学校に潜り込んでいるすご腕の魔導師だと、信じているニフフ老はいちいち敬語を使ってくれるのだが、これは居心地悪いことおびただしい。




確かにランゴバルドには、少しの間、滞在の予定はあった。


ここで、現代の人間文化についての情報を仕入れつつ、これからの活動費を稼ぎ、フォオリナの合流を待つ、というのが当初、ぼくらがランゴバルドを訪れた時点でのもくろみだったのだが、なんと、故郷グランダの冒険者資格が、ここでは使えない。


この時点で、ぼくたちは実質、詰んだと言ってもよかったのだが、訪れたギルドのアウラさんの機転で、冒険者学校に放り込まれた。


ここは、食事付き寮あり、授業料ただ、の、おそらくはランゴバルドが、貧民救済も兼ねた特別な学校で、目的のひとつ、「しばらくランゴバルドに滞在する」はタダで達成できたのだから、不幸中の幸い、というか。


無事に卒業すれば、その時点で真鍮級、成績が良ければ鉄級の冒険者資格ももらえる。


学校という集団生活に、はたして千年引きこもりと人外どもがはたしてどの程度順応できるのか、不安はあったのだが、なんとかそれなりに順応してくれた。


クラスメイトに「魔王」とか「陛下」とか呼ばれているリウは、「魔王党」と名乗る集団を引き連れて、学校内を闊歩している。


アモンは、学校の自警団「神竜騎士団」の団長に収まった。前団長のメイリュウが毎日、甘えにくるのが面倒くさいらしいが、順調である。


ここらへんは、部下がいて常時かしずかれるのが当たり前と思ってるやつらなので、部下たちのレベルがダダ下がりしたことに目をつぶれば、これが日常なんだろう、と思う。


ロウ=リンドは、クラスのきれいどころを3人ばかりピックアップして引き連れている。

ときどき戦闘訓練もつけてやってるようで侮れない。チーム名「紅玉の瞳」はかつて彼女が属していた暗殺者ギルドの名前からとったらしく、この先どうするつもりなのか。


ギムリウスはマイペースである。


ただ、習慣的に食事をとる習慣が無いくせに、しばらく食事をしないと周りがすべて食べ物にみえるらしく、定期的に食事に連れ出す役目を、なぜか貴族の放蕩息子のマシューくんがやってくれている。


と、いうことで、ぼくは比較的、ヒマであった。


「西域での正式な冒険者資格が欲しいのです。」

ぼくは正直に言った。

「故郷での冒険者資格を活かして、ここで今後の軍資金を稼ぐつもりだったのですが、まさか、冒険者学校に入り直しは予定外でした。」


「みたところ、北のご出身のようですが。

たしか、あちらは、冒険者に到達級以上のランクがなく、同じ到達級でも玉石混交と聞きました。」


それはその通りなのだ。おかげでぼくらは、もう一度冒険者学校からやり直すハメになっています。


と、言うと二フフ老は恐縮したように


「いや、しかし、それほどの魔力をお持ちになっていながら・・・ランゴバルドのギルドの目は節穴ですな。」


「とんでもありません。むしろ、規則通りならば錆級からはじめなければならないところを、冒険者学校を紹介してもらい感謝しております。」


二フフ老にお茶を入れてもらいながら、ぼくらはしばらくランゴバルドとグランダの冒険者事情、魔術研究について情報を交換しあった。

別にこんなところでボロがでないのは、実際に、ぼくはグランダでは現役の冒険者で、グランダ魔道院の総支配ボルテック卿の知己であるからだ。


「ところで・・・」


急ぎのよう、と言って呼び出した割には、ゆっくりと雑談をしたのち、二フフ老は、クリスタルの球のなかでゆっくりと回転しながら、煌めく竜の鱗を指さした。


「これを盗もうとするものがいる、とお聞きになったらどう思われます?」


ついさっきまで、いっしょに談笑していた仲間は同じものを何百枚かもっているはずだが、それはあくまでも、彼女の立場での話。

世間的には、これ一枚で国の予算が組めるほどの価値があるという。


「それはいる、でしょうね。

これがいかほどの価値のあるものかは、以前お目にかかったときに教えていただきました。

ならば、盗もうとするものはいるでしょう。


失礼ですが、ここはそれほど警備が厳重だとは思えません。」


「まことに。

これには理由があって、ひとつには、この鱗自体が意思をもつように、ここから移動させられることを拒むのです。


もうひとつは。」


二フフ老は、懐から球を取り出した。

光にみたされた水晶球のようだった。



「これは、特殊なちからをもつ球です。

この鱗のありかを光の点で示してくれるので、仮に盗まれたとしても場所を発見して奪還することは容易なのです。」


ぼくは目をこらした・・・・しかし、球は全体が発光しており、光の点などはどこにも見えない。


「この球がこのようになったのはごく最近のことです。」

二フフ老は悲しげに言った。

「お気づきの通り、これでは、鱗のありかを示すことはできません。

そしてよりにもよってこんなときに、『鱗を返せ』と要求してきたものがおります。」


「返せ」はおかしい。それを言える唯一の資格のあるものは、ついさっき、ドロシーとぼくの取っ組み合いを見て大笑いしていたはずだ。


「誰です? それは。」


「わかりません。書面では『ロゼル一族』と名乗っておりました。


万が一にそなえて、冒険者ギルドにも依頼しましたが・・・ルト殿。どうか、あなたのお力も貸していただけませんでしょうか。」


二フフ老はふかぶかと頭を下げた。

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