間者の憂鬱
さて、リンクスの話を少ししておこう。
彼の立場は、 ミトラの聖光教会本部から派遣されたギルド「神竜の息吹」の監督官であり、それ以上でもそれ以下でもない。
『団長以下、ロクな人材の集まらない「神竜の息吹」を、聖光教のランゴバルドにおける拠点として運営し、ある種の非合法な活動を支援する。』
ものであり、間違っても薬や酒に一服もって、ダメな幹部たちをいよいよだめな方向に導くことは、その任務には含まれていない。
リンクスは自分が悪党であることを、自覚していた。
魔法もそれを使いこなす戦闘センスもある。
だか、彼の家は代々「魔法封じ」を生業としてきた。
それ以外の「魔法」はあくまで付属的なものとみなされ、しかも彼の姉スズカゼは、百年に一度の、天才と目されている。
いくつかの戦いで功績は挙げた、と思う。
「雷弓」のリンクスとの異名もついた。
だが、その功績として与えられたのが、ランゴバルドの冒険者ギルドの監督官だった。
しかも公明なものではない。一冒険者として、組織に入り、裏から組織をコントロールせよ、というのが、教会からの指示であり、彼は疎まれながらその職務を果たしてきた。
それが綺麗さっぱり消えてなくなった。
「神竜の息吹の現幹部は、あまりにも素行がひどく、まともに任務が遂行できない状態にあったため、幹部全てを入れ替えた。」
というものが、彼が教会に送った報告書である。
当然、詳しい説明を求める諮問書、あるいは諮問官が派遣されるだろうと、リンクスは考えていたが、5日経っても10日経ってもなんの音沙汰もなかった。
実はこのとき、聖光教会及び帝国上層部は、黒竜ラウレス大暴れからのグランダとの条約締結に向けて、大騒ぎであったので、比較的優先順位の低いランゴバルドの冒険者学校の件などは後回しも後回し。
実際、忘れられた状態にあったのである。
これが、「神竜の息吹」や学校内の組織である「神竜騎士団」が壊滅していたら、あるいは、監督官であるリンクスが殺害、拘束されたりしていれば、対応は違ったのだろう。
だが、幹部を更迭した程度のことは、現地の裁量でできることであり、リンクスがそれを実行した。ただそれだけのこと、と教会本部は判断したのだった。
かくして、リンクスは日々を無為に過ごしている。
と、思っているのは実は、彼一人であって、周りは全くそうは思っていなかった。
「支配人。次の休息日のスペシャルメニューを考えたんですが。」
「支配人、人手が足りておりません。日暮れから閉店まで、洗い場1人、ホールはせめて2人の増員を検討ください。」
「支配人、西の公設市場で仕入れた野菜が傷んでしまっております。いかがしたものか・・・」
「支配人、今日の帳簿です。確認をお願いします。」
「支配人・・・・」
リンクスはなぜか「神竜の息吹」のメンバーたちからそう呼ばれている。
そう。なぜか、ギルドマスターのメイリュウは、「看板娘」というポジションにおさまってしまった。
一応、ギルマスギルマスとお客からは、持ち上げられるが、露出の多い胸当てが目当ての客も多い。
せっかく味と価格で勝負しているのだから、そっち方面のサービスは控えて、ホールに徹してほしいのである。
正直、メイリュウ目当ての客は注文も少なく、いっぱいの酒でできるだけ粘っては、メイリュウの胸チラやへそチラを心待ちにしているものばかりで、回転が悪い。
というような話ができるような友人がやっと最近できた。
ルトが連れてきたラウレスという焼き物係である。炎系の魔術の微細なコントロールは、リンクスから見ても素晴らしいもので、串を焼かせてもステーキを焼かせても、完璧、こんな見事な腕の料理人が、よくぞ世に埋もれていたものだと、感服したものだ。
賄いを食べながら、ぽつりぽつりと話したところ、もともとは料理人ではなく、軍人だったようだ。
大きな失敗をしでかして、軍を追われ、冒険者の道にも躓いて、途方に暮れていたところを、ルトに救われた・・・という。
似たような境遇もあるものだなあ・・・・
と、リンクスは思うところがあって、何度か酒を酌み交わす仲になった。
やたらと女に目がないところがあるが、気のいいやつで、昔馴染みからは「変態」扱いされていると知って、リンクスは偉く同情した。
女好きはある種の欠点には違いないが、人間が人間の女を好きになって「変態」はないだろう。
むろん、リンクスは、目の前のまだ幼さの残る青年の正体が、竜だとは思いもしない。
もし、体調数十メトルの爬虫類が、人間のメスに性的対象として目がないと知ったらのならば、もちろん感想はかわってきただろう。
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