第55話 最悪の悪党
「死んだ・・・死んだ・・・死んだ・・・」
「コロ・・・殺してくれ・・もう」
「死にたい、死ねない、死にたい、死ねない死ねない・・・」
血と臓物と。
かつて、神竜の息吹に属していたもの。
人間の原型を留めぬほどに、破壊され尽くした肉塊たちがうめく。
「凱旋門広場」はそのようなものたちで埋め尽くされていた。
時は黄昏か。昼の明るさを失いながらも夜の静寂は訪れることはなく。
生は失いながらも、死の安寧は訪れることはない。
「ほい。」
とルトがリウに紙袋を渡した。
怪訝な顔をするリウに
「焼きそばパン。ロウにはナントカヌードルバーガー。アモンに渡したステーキ肉は『収納』バッグ入り。ギムリウスに信号機の模型。」
「時間があったのか?」
リウが呆れたように言った。
「お金があったのか?」
ロウが疑惑まみれの視線を向けた。
「うん。まあ、自由に使える金じゃないけど、今回だけはまあ、少し借りました。」
「と、言うと?」
「『神竜騎士団』と『神竜の息吹』は、ぼくたちの制御下におきます。」
「そうか。エルトや今の幹部たちはどうする?」
「さて、好きに生きればいいでしょう。手切金は600万のダル。これは『神竜の息吹』の金庫から出るから僕らの懐は痛まない。」
「すんなり、言うことを聞くかな。小物ほど欲が強いものだけど。」
「なら何度でも殺すまでです。そして、全てを失うならば死ぬ物狂いで抵抗もするでしょうが、奴らの手元には600万ダルが残る。
悪くない金額です。その金額をめぐって揉め事が起きるくらいには充分な。」
『神竜の息吹』は、メイリュウさんをトップに据えましょう。
彼女は使えます。彼女にしても、もう冒険者学校に在学している意味はないです。
中核には、今のメンバーに代わって、クリュエルさんやヴェロニカさんを置きましょう。しばらくは対人戦闘に特化したギルド運営となるでしょうが。
アドーバイザー兼監督官をギルド『夜想香』のアウラさんに依頼しようかと思います。」
「わかった。メイリュウ、クリュエル、ヴェロニカ。」
三人が体を起こした。
傷ひとつない体を確かめながら呆然としている。
「簡単に説明すると、お前たちは、全員が迷宮『ランゴバルド』の魔物となっている。死も生も、迷宮主の意のままだ。
バラバラにされても死ぬことはできない。」
「・・・なんなんだ。あんたら・・・」
「そのことは考えるな。」
三人は頷いた。そうするしか出来なかったのだ。
「で? 『神竜騎士団』の方はどうする? 団長の座は空席になるわけだが。」
「それは、アモンにお願いしようと思います。
アモン?」
「わたしが、か?」
滅多に驚くことがないアモンが、驚いたようにルトを見返した。
「消去法です。アモンがいるのに『神竜騎士団』の団長を他の誰ができますか?」
それもそうだな、とブツブツ言いながら、メイリュウを見た。
「さっき、妙なことを言っていたが、わたしはおまえを性的な対象として見ることはできない。
変態のラウレスじゃあるまいし!」
どう答えたらいいかわからずに、メイリュウは沈黙した。
「だが愛玩動物として可愛がってやってもいい。
おまえがその、趣味の悪いイラストの入ったジャケットを2度と着ないと約束するならば!だ。」
「ええ・・・・と、そこ?」
「当たり前だ。わた・・・リアモンドはあんなに腹が出ていないし。牙はピカピカに磨かれている!」
「ありがとうございますっ!」
メイリュウは深々と頭を下げた。
「愛玩動物としてよろしくお願いします。」
ぼくは、焦りすぎていたのかもしれない。
別に道の東域や南方洋、迷宮に潜らなくても、冒険はできるし、なにより、卒業式にも出られなかった学校生活をやり直せるのは、思ったより、悪いものではなかった。
それは、数日ぶりに、冒険者学校の門をくぐったときに「帰ってきた!」と思えてしまったくらいに。
生きているものを迷宮の一員として取り込み、そこから「影」を投影させる。「影」そのものは何度殺そうが、傷つけようが本体に影響することはない。
今回は、殺される「恐怖」だけはフィードバックさせてもらった、が。
迷宮から戻された「神竜の息吹」の面々は、リウたちにもはや抵抗どころではなかった。
「約束通り」神竜騎士団は、ぼくがもらい、神竜の息吹の幹部たちの引退を宣言すると、600万ダルを握りしめて、トボトボとギルドを後にした。
リンクスは?
引き続き、ここに居座るつもりらしい。少々、記憶を改竄された彼は、自分の意向通りに、あまりにも自分勝手で使えないエルトたちを、自分自身が策を巡らして放逐したことになっている。
聖光教会にもそういう報告が行くだろう。
さらに数日が過ぎた。
現況、ぼくらはこんな感じだ。
ぼくらのクラスは、25名。
内訳は、男性15名、女性10名。(ギムリウスは女性にカウント)
戦いだけが冒険者の全てではないにしろ、荒事の絶えない職業上、男性の比率はやや高くはなる。
出身は、ぼくたち以外は、全員が西域、特に地元、ランゴバルドが多い。
冒険者として、経験があるのは、正確にはぼくだけである。迷宮で戦ったことある、という曖昧な表現ならば、リウたちも入るだろう。
担任は、ネイア先生。碧の瞳が印象的な美人の先生だが、子爵級の吸血鬼でもあり、冒険者資格も持っている。
クラス内の派閥にふれてみる。
まず、最大派閥が、リウがリーダーの「魔王党」。人数は16名。マシュー坊ちゃんが連れてきた腰巾着(または子爵家の派閥争いの犠牲者)をそっくり取り込んで、さらになかなかの武芸者であるエミリアをはじめ、複数の人材を取り込んでいる。
マシュー坊ちゃん自身も今は、この派閥の一員なのだ。
それから、アモン率いる「神竜騎士団」が5名いる。これは正確にはクラスを横断した組織なのだが、うちのクラスからは、アモン自身を含めると6名が参加していることになる。
ロウは、単独行動が多いものの、わりと見目のよい女子を引き連れていることが、多い。
チーム名は「紅玉の瞳」というのだが、実はネイア先生もここに属している。
ギムリウスはそもそも友達ってなに? 食べれるの? からはじまるので、割とひとりだ。
マシューは盛んに「魔王党」に勧誘するのだが、食事は一緒にするものの、それ以外は、好き勝手にしていることが多いため、魔王党の一員とは見做されていない。
それでもほっておくと食事もとらないので、マシューが飯を誘ってくれるのはありがたい、と言えばありがたい。
クラス公認に近いカップルはいまのところ、マシューとドロシー、それに意外だが、リウとエミリアも付き合っている、とみなされている。
外見だけなら、エミリアもなかなかの美少女で、お似合いだ。
ぼく?
ぼくはどこのグループにも属していない。
リウたちのパーティーのリーダーであり、何よりほんとの冒険者であるということで。一目置かれているのだ。
ホントだよっ!
寂しくなんかないんだからね!
実際、こうやって、ドロシーと二人で晩ごはんを食べてるわけだし。
数日、会わない間になんだか、ドロシーが変わったように見えた。
印象としては「きれいになった。」
顔立ちもキリリとしているし、自信なげな猫背も解消されていた。
姿勢が良くなったので、腰の細さが強調されている。
フィオリナのような超絶の美少女ではないんだろうけど、入学以来のひと月にも満たない期間で、彼女はじぶんの持つ「美しさ」を次々に開花させたようだった。
肩や胸筋が鍛えられたせいか、胸のラインも綺麗になった。
手足も骨ばかりが目立つ筋張ったものから、筋肉とうっすらと脂肪が乗った健康そうなものにかわっていた。
話題は、この前の外出のときの災難と、自分がついていけなかったことの詫びから始まって、ロウとの訓練の話になった。
さすがに授業をサボらせたり、睡眠時間を削ってはいないようだったが、体術と魔術を組み合わせた戦闘法を仕込んでいるらしい。
「で、そのときなんだけど」
近い!
内緒話のつもりだろうが、顔近いぞ、ドロシー。
「なんでか知らないんだけど、毎回、裸にさせるんだけど。その、筋肉の発達と動きをみるのに必要だって言うんだけど。
この前のときはアモンさんも一緒で。」
吸血鬼は未経験の男女が好物だ。
というのは噂であって事実ではない。
とは言え、ロウの理屈はこうだ。
血を吸うのはキスをするような愛情表現も兼ねているのだから、できれば見目麗しいものがいい。
で、見目麗しく未経験の男女には「希少価値がある」。
狙った獲物を自分の好みのタイプに育ててから、いただく、というのは、恋愛にはありそうだった。
吸血という行為に恋愛の様子が入っているのだから。
「ルト。ひとつお願いがあって。
マシューのことなんだけど。」
そうそう。
ぼくは、現実に引き戻された。
目の前の女の子は、クラスメイトで、しょうもない彼氏がいる。
「なんだか、少しさけられてる気がして。
その、ギムリウスにまだ気があるとかなら、しょうがないけど」
しょうがない、でスルーするのか、そこを。
「なんか悩んでるんなら、聞きだして欲しいんだ。」
ぼくは二つ返事で安請け合いした。
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「初めてのお使い」編はここまでで、終了です。
お付き合いいただきありがとうございました。
予告
『第4部 怪盗ロゼル一族と神竜の鱗』
ランゴバルド博物館の「神竜の鱗」。
世界に5枚しかない秘宝をめぐって、古竜たちと謎の怪盗ロゼル一族がランゴバルドの街へ。
この護衛にルトも駆り出されるはめに。
かつてない危機にルトたちは半笑いで立ち向かいます。
そして、ちょっとヒロイン化してきたドロシーは、ルトとついに!?
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ぼくらが、集まれるのは、就寝前のこのひととき。
場所は、いちばん立派な部屋をもらっているロウ=リンドのところが多い。
一応、女子寮の一棟ではあるのだが、どうも「吸血鬼」用らしく、ほとんどの部屋は空いていて、リウもぼくも気兼ねなく出入りしていた。
くつろぎたいときは寝室。話がしたいときは、居間。
時間が長くなると、ロウはお茶をいれてくれる。
で、自分が眠くなるとお開きだ。
ロウ=リンド。夜はぐっすり眠りたいタイプの吸血鬼なのである。
「どうもアモンが一緒だと、考えがまとまらなくなる。」
と、ぼくはぼやく。
「ずいぶんと勝手な言い草だな。」
と、アモンが笑う。
怒りの沸点がどこにあるのかわからない、鷹揚たる態度だ。
「だって、その鱗の一枚で国が買える『神竜の鱗』。
それをめぐって、いくつからの勢力が争っている。
そこまではわかった。」
ぼくは、アモンを見つめた。
「ところが、目の前に、その集合体がのんきに安ものの茶葉でいれたお茶をすすってる。
つまりは、そんなものに群がるやつらが、どうしょうもないアホに思えくる。」
「バカを言うな。
別にわたしは鱗だけの存在じゃないぞ。
ほれ、『神竜の瞳』」
目を見開いて、まなこを指さした。
「『神竜の牙』」口をあんぐりあげる。人間に寄せている歯はべつに尖っているわけではない。
「『神竜の爪』」メイリュウに無理やりすすめられたという、マニキュアを施された爪は、つやつやと輝いていた。
「『神竜の笑み』」にっこりと笑って手をふった。
「・・・あ、なんか悲しい話をきかせてくれないか?」
「なぜに!?」
「『神竜の涙』を見せてやろうかと思って。」
「な、なんだか、鱗一枚をめぐって争ってるやつらがどうしょうもなく思えてくるだろ?」
「あ、ロウ。トイレ借りてもいいか?」
「はいよ。ご自由に・・・・って、まさかいまの流れだと!」
「『神竜の』」
「やめろおおおおおおっ!」
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