第54話 自分の自分を見つけるために

勝てるんじゃないか。


神竜の息吹のものたちにそんな思いが、芽生え始めていた。


蜘蛛は、数が多いが、剣も魔法も通じる。決して戦えない相手ではない。

ヴェロニアが新たな召喚獣を呼び出した。


カマキリに似たその召喚獣は、鋭い鎌で次々と蜘蛛を屠っていく。


「よし、行けるぞ!」


エルトが剣を振り回す。

メイリュウを先頭にした冒険者たちは、蜘蛛の群れを突破し、ついにロウとアモンの元に到達した。


「よく辿り着いたな。」


アモンが笑う。

メイリュウはほぼ無傷。だが、自慢の神竜姫リアモンドをあしらったジャケットは、蜘蛛の体液に汚れ、息は弾んでいる。


「竜人なんだな。」


いまさらなにを?

とアモンは答えた。


「リアモンドは、わたしの憧れだった。強くて、真っ直ぐで。」


そうでもないが。と、アモンは思ったけれど、あえて反論はしなかった。


「始めて会ったとき・・・もしリアモンドが、人化したら、おまえ・・・あなたみたいなんじゃないかと思ってた。」


それについてもあえて反論しないアモンである。


「わたしは・・・・遠回りしたような気がする。つまらない男に引っかかって、何年も無駄に過ごした。」


それもその通りなんだろう、とアモンは思う。


「もし、この戦いが終わっても、わたしに命があったら」


真っ直ぐにアモンを見つめて、メイリュウは言った。


「わたしを抱いてくれ!」


ずでっ


ロウがこけた。

アモンはクリティカルヒットをもらったモンスターのような顔でメイリュウを見つめた。




「殺せ!殺せ!殺せ!」


エルトは喚いていた。剣を振り回す。

蜘蛛は後から後から湧いてくる。

先頭集団と、距離が空きすぎた。


空いた空間を埋めるように、蜘蛛が殺到してきた。

周りを固めていた幹部たちも、それぞれに蜘蛛に対峙し、エルトも自ら剣を振るう。


小手の上から噛みつかれた。

付与魔法のかかった小手は牙を通さなかったが、転げ回って、蜘蛛をもぎ離した。


「くそっ!

メイリュウを呼び戻せ!

俺の護衛をさせるんだ。畜生、役立たずがっ」


彼の命令を聞くものはいない。


それぞれが、生き残るために剣を振るっている。


「ダメだな、おまえは。」


倒れたエルトを、リウが覗き込んだ。


「使えない。」


振り上げた剣は、エルトの首を切断した。



クリュエルは、ありったけの気獣を放った。ロウのマントの中から飛び出した甲虫弾が迎え撃つ。

スキあり。


クリュエルは距離を詰める。

吸血鬼は確かに不死身に近いが、通じる技がないわけではない。


鍵爪と化した腕の一閃を潜り抜け、その懐に潜り込む。

狙いは心臓。


乳房の間に手のひらを当てる。


打ち込むのは。


振動。


ロウの口から鮮血が溢れた。

そのまま、ロウはクリュエルの首筋にかぶりついた。




アモンの手の一振りで、メイリュウの体は飛んだ。

当たれば、当たったところが破壊される。


防御など無駄だろう。


まるで、数十のメルトルの竜の前腕の一撃を受けたように。


だから、メイリュウは自分から飛んだのだ。彼女の学んだ武術にはそういう技もある。

対人戦闘を主におく武術でさえ、相手が人間を超えた存在であることを仮定する。そういう技術は必ず用意する。


受け流して、自ら飛んでなお全身が痺れた。


飛んで落ちたところには、すでにアモンが先回りしている。

振りかぶった拳に体当たりするように接近しながら、回る。

回る勢いで、切り付ける。顎の裏から顔にかけて。


そこに逆鱗という鱗がある、という。

そこに触れられるのを竜は嫌うのだ。


触れられるだけで、激怒するという。


アモンは竜ではない。竜人だ。その体に鱗はなく、巨大な爬虫類ではなく、美しい人の姿をしている。だから、そこを攻撃する意味などないのかもしれない。


それでもそこを切った。

切ったのは、狙ったところに切り付ける技量があることを確かめたかったから。



途方もなく硬い何かが、メイリュウの剣を弾いた。


竜燐、だ。だが、目には見えない。一瞬浮かんだそれは、光る粒子の集合体に見えた。


アモンの拳が横殴りに襲う。

それは、メイリュウの自慢の胸とともに胸骨と肺と心臓を、体外に弾き飛ばしていった。



ヴェロニカの召喚獣は、百を超えた。


地を這うものは、次々と蜘蛛を蹴散らしつつ、ギムリウスの巨体に迫る。

空を飛ぶものは、それぞれ炎や、雷撃を繰り出す。


その一匹。巨大な鷲の背中に、乗ったヴェロニカは、空中からギムリウムの懐に入り込んだ。


ここでは、口から放出される破壊光線の死角となる。


よし!ここだ!


と心の中で叫んだ瞬間に、ヴェロニカは気づいた。


え? こんなお城みたいなでかさのやつにどうやって攻撃したらいいわけ?


ギムリウスが頭上に張り巡らした風の刃が、ヴェロニカののる召喚獣の翼を切り裂き、ヴェロニカは空中に放り出された。

地上に落ちるまでに、ヴェロニカは31の断片に分解された。




リンクスは、また一匹の蜘蛛を屠った。


根本から折れたショートソードを投げ捨てて、懐から鞭を取り出す。

単純に叩く、のではない。

鞭そのものに電気を流す。


鞭が灼熱し、それは高熱を発する自在な軌道をもつ刃物となって


#ルトをおそった__・__#。


「ぼくをどうにかしても、どうにもなりませんよ?」


「それでもな。」

リンクスの唇は吊り上がり、白い歯を見せた。

「あいつらよりは、まだなんとかなりそうだ。」


「それがそうでもないかもしれんぞ。」


インバネスを翼のように広げたロウが、降り立った。

右手には、クリュエルの生首がぶら下がっていた。


そして。


「な、なにが起きているんだ。」

生首が叫んだ。

「なんで、おいらは死なねえんだっ!」


驚愕のなかで振るったムチを、楽々とかわし、ロウの爪はリンクスの喉を切り裂いていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る