第52話 絶対強者の降臨
ここから、ほど近い凱旋門広場に、やつらは現れる。
ルトはそう言って、一同を駆り立てた。
武器庫に置かれたフルブレートの鎧は錆び付いていたし、それを装着している時間はない、と言われた。
てんでに得物を手に取り、まるで得物を持った烏合の衆のように、ギルド「神竜の息吹」の面々は進んだ。
エルトや幹部たちもやや後方からへっぴり腰で歩んでくる。
「神竜騎士団」からではなく、別個に雇われた面々はまだまし、であった。
後暗い過去を持つものも多かったが、冒険者としても、研鑽をつんだ彼らは、命をはって戦う以外の道がない局面をなんどもくぐり抜けており、いまが「それ」だということを本能的に察知していたのだ。
その、ひとり。
ヴェロニカという魔法使いが、ルトのそばに寄ってきた。
「お主の仲間はなんじゃ?」
手にも足にも、幾重にも数珠をまきつけている一方で、着ているものは肌が透けるような絹のベールを幾重にも重ねているだけだった。
メイクに塗りつぶされてあるが、可愛らしい顔立ちに重そうに揺れる胸元。
エルトが好みそうな女であり、実際にそのひとりではあった。
メイリュウとは違い、それは打算が生んだものであり、愛情など欠片もなかったが。
「さっき言ったでしよ。」
ルトの口調は冷淡だが、態度は必ずしもそうではない。
「魔王に神獣か? まあ、それに匹敵するなにか、なのだろうが。」
「そこまでは信じてくれるんですね?」
「さっき、ここが狭間の世界とかなんとかみなを煙に巻くようなことを言ったが」
ヴェロニカは。鼻を鳴らした。
「ここは『迷宮』よ。
ランゴバルドを、模して作られた、な。
別段ここが、壊されたからといって、現実のランゴバルドに被害が及ぶことは、ない。」
「その答えは保留としましょうか。
いずれにしても戦って勝つ以外に、生き残る術はないのですから。」
「本当に相手が、魔王、神獣であってくれればと思うよ。」
吐き捨てるようにヴェロニカは言った。
「迷宮はひとつの世界じゃ。それを構築できるものは、もはや神じゃ。」
ヴェロニカは身震いした。
「あわよくば我が魂が、死してのちも輪廻の輪に留まらんことを。
まあ、抵抗もせんのは、しょうに合わん。やれるだけの事はやってやるが。」
クリュエルも配下を連れて寄ってきた。
「あいつらの弱点、ですか?」
ルトは少し考えてから答えた。
「ロウは、細身で美形の女の子に弱い。
ギムリウスは暗記物に弱い。
アモンは情に弱いところがある。
あと、リウはそうだな、けっこう惚れっぽくて浮気性なところが弱点だな。」
「うん、おいらが言ってるのがそういう意味じゃないことはわかってると思うんだけど。
例えば人質とれるような身内はいないのか?
リウはあれは少なくとも人間だろう?」
「クリュエルさん」
少年はぞっとするような笑顔を見せた。
「だめですよ。魔王バズズ=リウの身内と言えば、闇森の魔女ザザリだ。
人質には向かない相手です。」
凱旋門広場はその名の通り、「凱旋門」のある広場だった。
その昔、恐るべき魔王を封印することに成功した勇者たちが、凱旋の時に使用した門と言われている。
同じものは、実は各国に存在していて、しかも西域のほとんどの諸国は、魔族との戦い後に建国されたか、または終戦当時は、国としての体をなしていない状態だったので、それが史実かどうかは疑問視されていた。
ランゴバルドの凱旋門にしても、その頃は、ただの地方都市に過ぎず、凱旋門自体は、何度も立て替えられていて、歴史的な価値はほとんど、ない、とされている。
いつもは昼夜問わず、賑わうその前の広場は無人と化している。
それだけでも十分不気味ではあったが、それでも「神竜の息吹」はなんとか武器を構え、陣形らしきものを整え、その時を待った。
「なにも起こらねえ。」
いくらも待ったわけではないのだが、そう呻くように呟いたのはエルトだった。
とにかく堪え性がなく、すぐに感情的に行動したがる、彼の一面がこんなところにも現れていた。
「なにもねえ。こいつはきっと・・・・」
門がそのとき、しずしずと開き始めた。
もともとはただのオブジェでしかない。本当に開くところを見たのは、ランゴバルド育ちのものにとっても初めてであった。
門の外には。
なにもなかった。
いや、なにもないはずがない。門は「門」の役目などしておらず、それがひらけば、広場の反対側が見通せる。ただそれだけのはずだった。
だが、門の内側に広がるのは、果ての知れない闇。
それが割れた。
先頭に立つ男の鎧は漆黒。
兜は狼の頭部を模っていた。面頬は上げている。まだ少年のように見えた。
だが、まだ成熟はしていなくても、彼が危険な肉食獣であることは間違いない。
「周りが歪んで見える。」
クリュエルがうめいた。
「魔力の放出が物凄いんだ・・・・こりゃあ・・・」
プレッシャーに耐えきれず、何人かがうずくまり、もどしていた。
残りのものたちも顔面は蒼白。半数近くは逃げることを考えていた。(その半数にはいうまでもないが「神竜の息吹」の幹部たちも含まれていた。)
続いたのは、水着にも見える。体にピッタリとした衣装を纏った美女。
ほとんど淫夢にしか出てこないようなプロポーションであった。
だが、一歩踏み出したその足が、足首まで地面に埋まる。
苦笑して美女は、次の一歩を踏み出すが、結果は一緒であった。
重い。まるで美女の姿をした竜のように。
並んで歩くのは、真祖の吸血鬼ロウ=リンド。刺客を次々と撃退した強者のネイアが、跪いて眷属になることを懇願したという。
黒いインバネスコートで颯爽と歩む。
少し遅れて可憐な少女がやって来る。
パニエの少女。ギムリウスだった。
かの神獣ギムリウムを崇拝する辺境の亜人・・・だという触れ込みだったが、これがいちばんまずかった。
彼女が上を向いて、何か発した。人間の喉では発声できないはずの「音」。
答えるように、空間が割れた。
降りてくる。巨大な・・・あれは城か。山か。
いや、蜘蛛であった。城と見紛うばかりの巨大な蜘蛛が降りてくる。
それは破壊の意思もなにもなく、ただ降りてきただけで街区を一つ、踏み潰していた。
ギムリウスの体は、宙を舞い、その頭部にすっぽりと下半身を埋め込んだ。
「なんだって・・・あれは。」
ベテランの冒険者らしき男があえいだ。
「ギムリウスが本体を召喚したんです。もともとがそういう一族なのでね。」
本当はギムリウスがそのままギムリウスなのだが、古の神獣そのもの、だというよりはその力を召喚できる亜人ということにしておいた方が、あとあと楽そうだ。そんな理由でルトはそんな言い方をしてみたのだが、それは厄介度としてはどちらが上なのかは不明だった。
その巨大な蜘蛛の口が開き、七色に輝く、光の放流が発射された。特に狙いのない攻撃出会ったが、掠めた塔が二つに折れて、爆散した。
それを見たアモンが片手を上げる。
不自然に折れ曲がった指先は、まるで竜の顎門を思わせ。
発射された光線は、竜のブレスがごとくに一定の高さ以上の建物を削り倒していく。
「ここにいてはやられる!」
ルトが叫んだ。
「突撃だ!接近戦に持ち込むぞっ」
再びギムリウスが、言葉ではない言葉を発する
またも空間が割れ。
そこから無数の蜘蛛が這い出してきた!
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