第51話 命ある限り戦え

メイリュウは目を覚ました。


粗末な木の台のベッドに、ボロボロの布切れが一枚。

着替えなどはもちろんないし、食事は豆を煮たものがひとすくいだけ。

空腹で寝付きが悪かったのを覚えている。


もちろん、身体も洗わせてもらっていないけど、そうだ、エルトはかえって、そういうのを好むから、と寝ぼけまなこで考えてから。


いや。

それどころではなかった。


メイリュウは飛び起きた。

あれから、なにがどうなったのか。


少なくとも拷問や凌辱がはじまる様子はない。肩を抱いて身震いした。

いまさらながら・・・・怖い。

本当にエルトは、自分をあの少年に売り渡したのか。


「神竜騎士団」もコミで?




「起きてます? メイリュウさん。」

コンコンと格子を叩く音がした。


振り返ると、ルトの姿があった。

珍しくあの曖昧な笑みを浮かべていない。


「あのなあ、ルト。」


メイリュウは、出せる限りの不機嫌そうな声で言った。


「わたしは、お子さまは好みじゃないんだよ。

もっと、胸板の厚い、大人の男が好みなんだ。」


「ああ、そのひとならば、もっと可愛げがあって、おっぱいが大きい女の人が好みのようです。」


ルトはまじめくさってそう言った。


身も蓋もない。

メイリュウは、自分の胸に目を落とした。いや、そんなことはない!

ぜったいこのくらいが好みの男もいるはず!


だからといって、エルトがそうではないのは致命的だった。


「で、どうなの? 坊やは、牢屋での初体験がお好み?」


「とりあえず出ましょう。」


格子の扉に手をかけると、なんと牢の鍵は開いていた。

呆れたことに彼女の愛刀は、すぐその横にたてかけてあった。



「#風絶__かぜたち__#」と名付けていた。

付与魔法などはかかっていないが、いい鉄を使っていて、柄ごしらえはしっくりと手に馴染む。


愛刀を持つとやっと落ち着いたような気がした。


「いい目、です。」


ルトが褒めた。うれしくなくはなかった。


「わたしは・・・武人でいたいんだ。でも、あの男の前にでると・・・あの男の命令になると・・


わたしはわたしでなくなってしまう。」


ぼそぼそと、そんなことをつい言ってしまった。


「武人としてのメイリュウさんが必要だ、と言ったら?」


「わからん。わたしをどうしたい?」


「その前に、うえに上がりましょう。ちょっとやっかいなことになっています。」




集会所には、50人近くが集まっていた。


クリュエルたちの姿もある。サオウが手を振った。

よかった。いまのところは拷問された様子はない。


「全員そろったか?」


エルトが壇上から叫んだ。

一見、冷静に見えるが、あれは追いつめられたときの虚勢の態度だ。

メイリュウは、見て取った。


いったい、なにが?


「おい、ルト、説明しろ。」


「さっきの説明を、ですか? しろというならしますがねえ・・・」


ルトは壇上にあがった。相変わらずひょうひょうとしていた。


「お集まりのみなさん。ランゴバルドは今日で滅びます。」


はあ?


全員の顔に「?」マークが浮かぶ。それでも怒声がとばないのは、なにか異常なことがおきているからだ。


「どうも誠に申し訳ない。実は昨日中に、ぼくが学校に戻らないと、仲間たちがランゴバルドを破壊すると言い張ってて・・・

昨日中に戻らないといけないのをすっかり忘れてましてね。」


「おい・・・」

メイリュウは、サオウの脇腹をつついた。


「あいつはいったい何を言ってる。頭でもおかしくなったのか?」


「そう思いたいんですけどね・・・」

サオウはため息をついた。

「外に誰もいないんです。」


「いない・・・・て誰が。」


「誰も。です。

朝起きたら、街にも道にも人っ子一人いません。まるで一夜でランゴバルドがゴーストタウンになっちまったみたいです。」


「・・・広場もか・・・」


「広場もです。屋台もひとつもないし、物乞いのやつらもいやしません。」



「いいニュースと悪いニュースをおしらせします。


まず、いいニュースから。いまは無人のランゴバルドですが、これは現実ではありません。


つぎに悪いニュースです。これから、仲間たちが、ここに攻めてきます。


街を破壊して、瓦礫の山にかえます。そしてそれは現実にも転換されます。誰もとめるものがいなければ。」


ルトはぐるりと、「神竜の息吹」に属する冒険者たちをみまわした。


「みなさんが阻止しない限り、ランゴバルドは本当に滅びを焼き付けられてしまいます。


繰り返します。阻止できるのはみなさんだけです。


勇敢な!冒険者の!


#みなさん、だけなのです__・__#!」


「それが本当だという証拠はあるのか!」


叫んだのはリンクスだった。

偉い、もっとうえのほうの組織とのつなぎ役として、ここに滞在している魔道士だ。


「間もなく、仲間たちがやって来て、街を破壊し始めます。

それでも信用できなけければ、どうぞ、静観なさってください。


ご自分の命がなくなるその時まで。」


「こ、殺されるのか? ここは現実じゃないんだろう?」


「現実よりもう一つ上の次元とお考えください。

これから起きることを準備するための狭間の世界。

ここで、起きたことは、必ず現実世界にも反映されるのです。


ですが、ここに招かれたみなさんにとってはここが現実。死は速やかに訪れます。」


「わからねえが、俺たちがその・・・あんたの仲間の行動を止められたらどうなる。」


サオウが叫んだ。


「・・・・いい質問です。そうすればランゴバルドが滅ぶことはありません。」


「いったいお前の仲間はなにものなんだっ!」

エルトがルトの胸ぐらを掴んで叫んだ。


「真祖がいるってのは聞いてる。あのネイアが平伏して挨拶し、完全に服従してるのだからそうなんだろう。


だが、後の連中はなんなんだ!」


「リウと神龍妃リアモンドの血を引く竜人アモン、真祖吸血鬼ロウ、古代神獣を崇める亜人ギムリウス。」


「エルト! やろうよ!」

メイリュウは叫んでいた。

「そんな、ヨタ話に付き合うことはない。これはなんかの幻術だ。私たちは夢の中に閉じ込められてるんだ。

襲ってくるそいつらを撃退すれば、術は破れる。」


「勇敢なメイリュウさん。あなたをこの世界にお連れすることができてよかった。」


少年は、笑顔を向けた。あの曖昧な笑顔でもない。いたって好意的な笑顔に見えた。


「われわれは戦うしかないのです。

戦うことで、「滅びたくはない」という意思を示すこと。それがランゴバルドを破滅から救い、われわれが生き残るただ一つの方法です。」


ここに立て篭もるのは得策ではない。

と少年は主張した。

全てが破壊されてしまえば、それは現実へと転換されてしまう。


そうなる前に、こちらから打って出て少しでも破壊を食い止めなければ。


メイリュウは、大きな声で「諾」と応えた。


こんな状況で。

愛する男に売り飛ばされ、団長の座も失い、命まても奪われようとしたいるこのときに。


メイリュウは胸が高鳴るのを感じていた。


リアモンド、の名を聞いたからだ。

小さい頃に憧れたおとぎ話の竜のお姫様。

どんなやつが相手でも屈しない。


メイリュウが武術を習い始めたのもそれがきっかけだった。

だが。


結局の、ところ本当に強い男には勝てない、そう悟って、それからはせいぜい勝てそうなやつを痛めつけたりしてウサをはらすことだけに、武術を使ってきた。


リアモンドの血族がわざわざ、わたしを殺しに来てくれるのか。


晴れた胸の内で、呵々と笑った。


ならば、せめて恥ずかしくない殺され方をしよう。

貞操を捨て、誇りを捨てて得たものはどうも幻だったらしい。

ならば、この身に焼き付けた武技をもって、最期のときを生きよう。


どんな死に方だろうが、エルトになぶり殺しにされるよりはいくらかは、マシだろう。

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