第43話 神竜の息吹

ぼくは、旅慣れて居る訳では無いが、土地勘は悪くないはずだ。


ランゴバルド博物館から、いくらも走らずに馬車は止まった。

意識を失ったフリを続けていると、またずるずると引きずられる。

階段のところはちょっと痛かった。


着いてから引きずられる時間の方が、馬車に乗った時間より長い。


しかも、リンクスくんの非力のせいであっちこっちぶつけられる。


いい加減に、気絶のふりも止めようかという段になって、やっとぼくは目的地に着いたらしい。


「なかなかの手際だな。」


男の声だった。


「エルトさん、これで約束通り、俺を『神竜騎士団』の団長に...」


「黙らせろ。」


しばらく、


バゴッ

ズゴッ

バキッ


という何かを殴打する音。


男の悲鳴が聞こえた。



「いらない口はきけないようになったな。


おい! リンクス!


ガキを目覚めさせろ。」


リンクスがなにやらぶつぶつと、唱えたのでぼくは目をあけた。


かなり豪華なリビングだった。

ちょうど真上に、カッティングされたクリスタルの中に電球が輝いている。

確かに照明として使うならば、「電気」というものはなかなかに優れものだ。


「おはよう、エルト。あなたがここのボスなのかな?」


「ガキが。」


部屋の真ん中。ひときわ豪奢な椅子にふんぞり返った男は、なかなかの美男子だった。歳は30手前くらいか。

体つきもいい。

両脇に、肌をけっこうな勢いで露出した女性を侍らせていた。


「たぬき寝入りか、クソガキ。いつから目が覚めてやがった。」


そう言いながらも余裕のある笑みを浮かべている。

悪党には違いないが、それなりに魅力のある人物であることは、認めてやろう。


「本気なんですか?」


と聞いてやると、なにが?と返してきた。少なくとも会話をする気はありそうだった。


「そこに転がってる無能に、メイリュウの後釜をやらせるって話です。」


「そんなことも言ったなあ。」


エルトは、ようやく顔を上げた、神竜騎士団の裏切り者に目を向けた。


「だが、俺は役に立つやつが好きなんだよ。おまえはちいっと、自分の無能さを証明し続けちまったなあ。」


「そ、そんなあ」


ああ、しゃべらんほうがいいのに。



エルトのブーツの先が、口の中にねじ込むように叩き込まれ、血と歯の破片を飛び散らせて無能な裏切り者は失神した。



「メイリュウは、22になる。」

エルトはそんなことを言いながら、懐紙でブーツの先をぬぐった。

「冒険者学校でぶいぶい言わせてるには、ちいっと年がいっちまった。

去年辺りから、卒業して、冒険者になれと言ってるんだが、言うことをきかねえ。」


「メイリュウは、あなたの?」


「ほう、興味があるかい。クソガキ。

そうだ。俺が女にしてやった。俺の言う事ならなんでもきくはずのヤツが妙にこのところ反抗的でな。

そろそろ、団長の地位を譲って、こっちに出てこいって言ってるのにきかねえんだよ。


どう思う?クソガキ。」



「まあ、そりゃあ、そうだろうとは思いますけどね。」


「はあ?」


エルトが口を開けると、同時に、四方から怒声が飛んできた。

おそらく「神竜の息吹」の幹部連中らしき、5人ばかりの男女がいる。

いずれもヒトクセありそうではあるが・・・



まあ、小物だな。


「神竜騎士団の団長じゃなくなったら、あなたに捨てられると思ってるんですよ。

かわいいもんじゃないですか?」


「へえ・・・・よく言うな、ガキ。なんか根拠はあるのか?」


だってほら。

とぼくは、エルトが肩に手を回している女たちを指さした。


「あなたの好みのタイプはメイリュウと正反対だ。


いまは、神竜騎士団があるからあなたの特別でいられるけど、そうでなければ、捨てられる。少なくとも飽きられる。」


エルトはくすくすと笑った。


「聞いたかよ。ガキのくせにいい読みをしてやがる。


じゃあ、おまえがここに拉致された理由もわかるか?」


「単純に意趣返し・・・というわけではなさそうですね。」


「そうなんだ!

実はメイリュウが反抗しやがったのはもうひとつあってな。」


エルトはウィンクしてみせた。まわりの女たちがわざとらしくきゃあきゃあ言うのを満足げにながめると


「決闘用にこっちから助っ人をおくってやったにもかかわらず、依頼料を払わねえんだ。

1000万ダル!

こちとら大赤字ってわけだ。」


「なるほど!

そもそも、あの殺し屋連中に金がまったく渡ってない時点で、赤字ということもないはずですが。


それとぼくとなにか関係ありますか?」


「なにもねえ!」


エルトは断言した。


「だが、てめえを拉致って、尻と口からたっぷり注ぎ込んだあげくに、手足でもぶったぎって、校門のまえにでも放り出してやったら、メイリュウへの軽い嫌がらせにはなるかと、思ってたな。


冴えてんだろ?俺様は!」


ほう?


それはそれは。


大ピンチだな、神竜の息吹。


エルトはだが、立ち上がると、リンクスくんに、こいつを連れて行け、と命じた。

どうもひどい目にあうのはいますぐではないらしい。


なら、ぼくも、「神竜の息吹」壊滅は、少し保留にしてやろう。いまの精神状態のまま、攻撃したら、この街区ごとふきとばしかねない。


リンクスくんは、懸命にぼくの行動を奪う魔法を唱えていた。


茶色の目はすでに絶望の色に染まっている。


ぼくは近づいてから、そっとささやいた。


「言う通りにしてやるから、食事と飲み物はサービスしろ。あとあんまり汚い部屋はNGな!」

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