第44話 出陣

冒険者学校有志によるルト奪還のほうは、よほど順調にすすんでいた。


とは言ってもなにもかもは思い通りにはいかない。


決闘に参加した『曲技団』のメンバーで今回の奪還に参加するのは、クリュエルと仮面のアリアン、棒術のバンゴの三名のみ。

剣士は、怪我からの回復がまだだったし、盾士の男は結局クロウドの攻撃で、予備の盾もボロボロになっていて、彼が使うような打撃兵器用の盾が間に合わなかったのだ。


あとは、メイリュウと彼女の副官サオウ。


メイリュウはともかくサオウは並以下の剣士だ。


これではちょっと力不足ではないか。


とロウ=リンドは考え、吸血鬼のネイアを付けようとしたのだが、これはネイアから拒否された。


「真祖の申し出を拒否するのか!」


と、あまり強気にでれないのは「一般常識」の講師として一日ネイアの世話になったからである。

ルールス教官の護衛もかわるから、と提案してみたが、「これはわたしの役目ですから」と断られた。


うむむ。

と、頭をひねったロウは、今度はドロシーに声をかけてみた。


「行きます!」


と2つ返事のドロシーを今度は、リウたちが一同で止めることになった。

とにかく、ドロシーは型にはまったときの攻撃力はあるが、自分で自分を守れない。

ギムリウスの糸でつくった特製スーツがあったにせよ、である。

おまけに体力という点では並以下である。とても同行させられるものではない。


加えて・・・・あのスーツで街中にでることについて、今度はドロシーのほうが尻込みをはじめた。


生徒、職員が見守る中、あの格好で戦ったのだからなにをいまさら・・とロウは思うのだが、我に帰ってみるとやはり恥ずかしいらしい。

あれはあれでいいのに。

と、ロウは思う。

そうだ、もうちょっと鍛えて筋肉をつけたらもっとカッコいいよね。体力もつくし。


その大きなお世話がのちに、とんでもない方向に結実することは、彼女もドロシーもわからない。



「というわけで」


五人を集めたリウは改めて、宣言した。


おい。

おいおい。

おいおいおいおい。


リウは。


完全武装だった。


漆黒の鎧に漆黒の狼を形どった兜。


腰にはいた剣はいつもと同じもの。

同じのはず、だ。


ならばこの剣は長さまで自在に変わるのだろうか。変えられるのだろうか。


西域で育った彼らは、いやが上にも小さい頃に絵本で見たおとぎ話を思い出している。


悪い子は北の国から魔王が攫いにくるよ。


黒い黒い鎧をつけて、狼の兜を被った王様が悪い子を攫いにくるよ。


おとぎ話だ!


クリュエルは頭を振った。

少しでも気をしゃんとさせようとしたのだ。


大体、魔王はリウのような十代半ばの美少年ではなくて、成人している美丈夫として描かれている。


まったく。趣味の悪い。

魔王の古の甲冑は、さまざまな本の挿絵にも描かれている。

レプリカが作られ、展示もされている。

マニアが真似をして作ることもある。そんな連中が集う祭りさえある。


いやいやいや。


だが、そんな風にして作られた鎧が「伝説級」の業物だということはありうるのだろうか。


「いまから2日以内にルトを無傷の状態で奪還せよ。」


リウは王者の顔で命を下す。


はっ!

それだけ答えて平伏するのが精一杯。


なんなのだ、この小僧は。


「よいか。」


リウの瞳が燃えているのは見なくても分かる。すべてを燃やす滅びの炎だ。


「ランゴバルドの存亡はこの一戦にかかっている。

諸君らの義務を遂行することを期待する。」



「ど、」

メイリュウがかろうじて口をきけた。

「どういう意味なのだ、それは。」


「説明が必要か?

ルトが無事帰ってこなければ、オレが腹いせにこの国を滅ぼす、と言っているのだ。」


「いや、しかしその」


「無事というのは肉体的、精神的に、という意味だ。

むろん…貞操も含まれる。」


男の子ダゾっ!とはメイリュウは言わない。ランゴバルドはそこら辺はかなり乱れてるのだ。


「あのな、もう捕われて二日は立っている。

そこら辺は、だな。いろんな薬があってだな。媚薬とかの類いだ。それこそ、ちょっと気分がおおらかになる程度から、廃人まっしぐらのキツいやつまであってだな、そんなものをもし使われてたら。」


「そんなモノが効くタマか。効くならオレがとっくに使ってる。」


ええっと、いま、変なこといったよね?


周りに控えるのは、ギムリウスにロウ、アモン。

ギムリウスは盛んに恐縮がっていた。

彼女が鍛えたはずのフィリオが、防御を軸とするちょっと特殊な方向に進化してしまったので、今回のような切り込みには不向きとされ、結局、追加メンバーには入らなかったのを、気にしてのだ。


アモンは、この件についてはほとんど何も発言していない。

見かけるたびに、メイリュウなどは胸が疼く。

ああ、こんなプロポーションを持っていれば、「神竜の息吹」でも男に捨てられるとか、飽きられるとか微塵も動ぜずに、生きていけただろうに。


時折、アモンと視線が合うが、それはたいてい、重い怒りに満ちたものだった。


「わたしはおまえたちが失敗すればいいと思っている。」


出陣式?の最後にアモンがボソリ、と言った。


「そうすれば、おまえたちもおまえたちにつながるものを全て焼き尽くしてやることができる。

そうなりたくなければ、励め。


死は意外と近いところにあることを忘れるな。」


メイリュウは(後で聞いてがクリュエルも)体が硬直するのを感じた。

本能的にわかる絶対強者の言葉は、なんの魔力も込めなくてもそれは「命令」になる。


吸血鬼の「真祖」であるロウ=リンドに匹敵する存在だと言うのだろうか。この美女が。


五人はそこから逃げるように「出陣」した。

まるで、年を経た災害級の魔物にでも囲まれたようだった、と後でクリュエルは述懐している。

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