第41話 ランゴバルド国立博物館と神竜の鱗


機械馬の引く馬車と言っても、通常の馬車よりそれほど大型化できるものではない。

魔道列車のように何十人を乗せて、しかも軌道のいらない機械馬の引く馬車は、なんというか、その男の子のあこがれじゃん。


理屈上は「馬」の形状をとってるから一体一体をそれほど大きくできないのは、わかる。

でもその分、引かせる頭数を増やせばいいんだから。


とはいかなかった。


道幅、の問題がある。


よくよく考えられて作られた都市でも、道幅は基本的に通常の馬車がすれ違える広さがあれば充分とされていた。


それ以上大きな車両は、走れないし、曲がれない。


いち早く、機械馬を導入したランゴバルドは、今、あちらこちら道幅の拡張工事をしている。

ギムリウスが苦戦した道路の交差場所についている信号機もこの産物だ。


さて、冒険者学校の正門前には、広い円形の空き地が設けられている。

なにしろ、数千人の生徒を抱える学校だ。


休息日に街中へ出かけようというものが半分だとしても、そしてそのさらに半分が徒歩を選んだとしても、数百台の馬車が必要になる。


円形の土地に並んだ馬車は、10名前後の客を乗せると、広場を半周して、街区に向かう。

全て乗合でランゴバルドの、いくつかの地点を回るらしい。

帰りは、降りたところと反対側の道脇で、待っていれば、また通りがかった馬車がひろってくれる。

ベストではないにしろ、うまく考えられたシステムだった。


ぼくは、ネイア先生が作ってくれたサンドイッチを持って意気揚々と馬車に乗り込んだ。

普通はテイムした従魔は、お弁当なんて作ってくれない。何かお土産でも買わないとな。


馬車の運賃は、かつて金欠王子、小銭殿下と揶揄されたぼくでもとりあえず、気にせず支払える金額だった。


ぼくが乗ったのはやや小型の馬車で、定員は六名ほど。

職員らしき、白髪のおじさんと、あとは、ぼくと同年代か少し上くらいの青年たち。

お互いに知り合い、と言うわけでもなく、会話も特にないまま、馬車は進み、ランゴバルド王立博物館前に止まった。


5階建ての壮麗な建物で、ぼくは以前からここに来るのが夢だった。

お土産を楽しみにしているパーティメンバーには悪いが、まず、お楽しみはここからだ!


ここで降りたのは、ぼくともう一人。


袖のないシャツの上から、制服のジャケットを引っ掛けただけのお兄さん。

細身ながら割といい筋肉のつき方をしている。


で、どうにもこうにも片手だけが日焼けしていた・・・・・


「神竜騎士団」の方ですか。お疲れ様です。


ぼくが、博物館に入ると、ちょっと逡巡してからが、後に続いた。たぶん、入場料がかかるからだろう・・・なんというレベルの低い尾行。

中に入るとぼくは、田舎者丸出しで、さまざまな美術品・・・は後回しにして、魔導書や魔道具のフロアに上がる。


うわあ。写本じゃないよ。真書だよ。

つまり、その魔法を開発した古の魔導師の直筆の書物、というわけだ。


物によっては開いて展示しているもの。閉じたままのものも。


ぼくは食い入るように、文字を目で追う。

閉じていたって、読めるんだ。


1時間ばかりの間に、3冊の魔導書から、写本にはなかったアナグラムを20個ばかり見つけ出して、ぼくは大満足だった。

本だけでもまだまだ無数にあるが、それは後日の楽しみにしよう。


もっとも、大事そうに飾られたものから順番に読んでいたので最後に著者の名前を見て、ちょっとガッガリした部分もある。


ぼくの解釈が正しいかどうかは、今度本人に聞くとしよう。

三冊とも著者は、魔王宮第六層の階層主賢者ウィルニア、当人だった。


ふと、部屋の隅に、小さな通路を見つけた。


迷宮じゃあるまいし。こんなところに隠し通路?


認識阻害をかけられていて、一定の魔力を持ったものが、そのつもりで精査しないと出現しないようになっていた。

引かれるように足を踏み入れる。


展示物は・・・・水晶に閉じ込められた極彩色の断片。

何かが剥離したようにも見えた。


「ほうほう。ここに来るのは初めてかね?」


突然あらわれたローブをまとった老人は、まるで大昔の魔法使いの幽霊にも見えたが、ちゃんとした人間だった。


「北のグランダから来たばかりです。冒険者学校に通っています。」


「そうかね? 見たところ、かなりの魔力を持っているようだが。

時に、あそこの魔道院のボルテック殿はお元気かね?」


「ああ、元気ですね。最後に会った時は神竜公姫リアモンドと殴り合いをしていましたが、勝敗はつかなかったようですね。」


冗談、あるいは年甲斐もなく元気、ということの比喩的表現だと思ったのか、老人は口の中でもごもごと笑った。


「元気で何より。わしは、この博物館でここ。」

杖でタイル張りの床をトントンと叩いた。

「この部屋の管理人をしておるニフフという。」


「ぼくはルトです。冒険者見習いです。」


「冒険者見習いがこの部屋にいきなり気がつき、足を踏み入れる・・・というのがそもそも無理がある。」


ニフフ老はまた笑った。


「ボルテック殿のお知り合いかな? 見かけ通りの年ではあるまい。」


そうなのだ。ぼくは16なんだけど、どうも14、5くらいに見られるのである。ニフフ老が言ったのはもちろんそういう意味ではなかったが。


「さあ。」


とだけ言って笑ってみせた。


「ときに、これが何かはもちろん、お分かりだろう?」


見かけ通りの年齢ではないことを否定しなかったためか、ニフフ老の口調が若干あらたまった。

水晶に閉じ込められたウロコ。

そうこれは、竜のウロコだった。


膨大な魔力を宿した貴重なアイテムである竜鱗だが、研究家ならばウロコの断片からも、その竜が特定できるという。

ぼくは、竜を好んで研究対象にしたことはなかった。というより、知性をもった竜なんてそうごろごろいるもんじゃなかったから。


でもまあ、これは分かる。さっき朝ごはんを一緒に食べたし。


「リアモンドの竜鱗ですね。」



そう答えると、ニフフ老は感服したように頷いた。


「先ほど、リアモンドの名を出したので、お気づきかとは思いましたが・・・さすがです。


これは今から800年の昔。『英雄王』の遺品となります。」


「リアモンドと戦った人がそんな昔にもいたんですね。」

ぼくは言ってからしまったと思い付け足した。

「すいません。西域の歴史には詳しくないんです。

リアモンドは、ここ何百年かは、『魔王宮』の階層主としてあそこに閉じこもっていたはずなのですが、その前の時代の方なのですね。」


ニフフ老の目が大きく見開かれ、唇が震えた。


「英雄王は、今から800年前。このランゴバルドの創設者の一人です。

神竜リアモンドの知己となり、その鱗をもらったことを生涯誇りにしておいででだった、と書物にはあります。


何かのアイテム、武具に加工することを許さず、常に肌身離さず、持っていた、と。


彼の死後、この竜鱗は自ら、結晶体を生じさせここに閉じもりました。

この建物は、英雄王の時代は、居城として使用されておりました。

時が移り、博物館となっても、竜鱗はここから動くことも、他のものが触れることも許しません。


時に気に入ったものがいると、こうして扉の結界を開いて招き入れてくれることもあるのですが。」


それから単刀直入に聞いてきた。


「あなたは、リアモンドに繋がるものですか?」


この老魔導師が、ウソを見抜く力をもっていることは間違いなさそうだ。


多少、言葉を選びながら本当のことを伝える。


「『魔王宮』にてかの竜姫と出会い、ともに語る仲となりました。」


「おおっ!」

ニフフ老が感動に打ち震えた。


実際には1層から5層までの階層主たちの茶会に参加させてもらったのだし、主宰したのは、いまごろ、補講を受けている真祖さまだ。

そうそう、それだったら当の本人も一緒に補講に出ているのだが、実直そうな老魔導師を困惑させたくはない。


「この竜鱗はどのくらいの価値があるのでしょうか?」


ぼくがそう尋ねると、ニフフ老は楽しげに笑ってひとつの数字を口にした。

ぼくの経済観念がくるってなけせば、それは一国の年間予算に匹敵する数字であった。


「リアモンドの鱗が、現存するのは世界でも5つのみと言われております。」

ニフフ老は言う。

「ここにひとつ。ミトラの聖光教大神殿の宝物個にひとつ。はるか東域の帝王のもとににとつ。古竜たちで1つは管理されているとか、これは噂の域をでません



あとのひとつは、行方がしれません。あるいはもう、現世には存在しないのかも。


5枚をそろえて願い事をいえば、どんな願い事もかなうのだとか。」


それは眉唾だろう、とぼくは思った。


鱗5枚どころが、爪も牙も瞳も心臓も集めたやつを知っているが、どんな願い事もかなうどころか、いまごろ、「一般常識」の補講を受けているはずだった。


再会を約束して、外に出ると、ゴロツキか冒険者かよく分からない、一団がぼくを待ち構えていた。

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