第40話 魔王のお見舞いと決闘者の憂鬱


クリュエルは、目を開けた。


冒険者学校の重症者病棟のベッドの寝心地は悪くない。

少なくとも、そのまま目覚めなくてもいいような扱いはされていなかった。


電撃魔法を至近から浴びたことによる下半身の麻痺。

そう診断されている。

神経系の再生魔法は、高度で著しく高価だ。

通常は、部分的な再生を続けながらのリハビリが必要となる。


仲間たちは、拘束はされていないが、学校の敷地内から出ることは禁じられていた。


先の決闘について。

例えば、彼らが本当に冒険者学校のOBか、などを含めて事情聴取があるらしい。


ここの卒業生なのは、アリアンだけだった。

正確にはアリアンも卒業生ではない。卒業試験の一環で、迷宮に挑んだところ、顔の半分を喪失する大事故に遭って、そのまま冒険者学校をリタイヤしている。

今は、仮面で顔の半分を隠しているが、仮面を外すと、ちょうど目から頬にかけてポッカリと穴が空いている。

穴の中は虚空につながり、なにもない。


単なる怪我ならいくらでも治療、再生の道はあるのだが、これは呪いの一種だと判断された。まずどんな呪いかを解析し、必要なアイテムを集め、高度な術者に解呪を依頼する。気の遠くなるような金と時間を少しでも短縮するためにアリアンは、「神竜の息吹」に冒険者登録し、クリュエルの部下になり、ギルドの汚れ仕事を引き受けている。


思えば、他の連中も似たり寄ったりの境遇だった。


クリュエルは彼らのまとめ役であり、リーダーでもあったが、扱いは決して良くはなかった。

今回の彼らの取り分は、依頼料の一割。100万ダル、である。

大金ではあるが、一人頭に直せば、20万ダルにしかならない。一人前の親方が一月に稼ぐ金額と考えれば、悪くはないが、良くはない。


依頼料は、1,000万ダルと聞いていた。いくらなんでもギルドの取り分が多すぎる。


後ろ暗い過去をもち、現在もそういった仕事を引き受けている以上、「神竜の息吹」とはこれまでなあなあでやってきていた。

リーダーの彼にのみ、酒の席での接待があったり、ボーナスと称して、別途の支給があったりしたがそろそろ潮時。

「神竜の息吹」からもランゴバルドからも、去るべき時なのかもしれない。


クリュエルは、体を起こした。


実は、下半身の、麻痺はとっくに取れていた。

脱出は、正門のみだが、なんとかなるだろう。


窓から失敬しようとして、外を見た瞬間、クリュエルは凍りついた。


「よお。」


馴れ馴れしくも、手を上げてそう挨拶したのは、昨日もやってきたあの新入生どのもチームを指導したとかいう、若い剣士、リウだった

窓から入るのはいいが、ここは4階である。


窓にはバルコニーもなく、簡単に上り下りができるものではない。

続いて、「神竜騎士団」の団長メイリュウと副長のサオウまでが、入って来るのには驚いた。


こちらは涼しい顔というわけにはいかない。それなりに鍛えているとはいえ、生身の人間が、壁をよじ登ってきたのだとわかるほどには、息を弾ませていた。


「お出かけかな? ちょうどいいところにお邪魔したようだ。」


「いえ、ちょっとね。」

クリュエルは顔を歪めた。

「散歩にでも出ようと思ったんだが、いちいち治癒士助手を呼ぶのも申し訳ないんでね。」


「いけないなあ、怪我人が黙って外出しては。」


「もうホント、お陰ですっかりよくなって。」


「そうかそうか。でもリハビリも必要なんじゃないかな。」


「それは仕事をしながらぼちぼちとやろうかなぁ、なんて。」


「そりゃあ、よかった。リハビリにうってつけの仕事があるんだ。」


リウとクリュエルの視線が交錯した。どちらも相手が一筋縄ではいかない相手だと判断した。


「・・・それはちゃんと金を払ってくれる相手なのかね?

例えばだ、電撃で黒焦げになっても、一銭も入らないとか、そんな仕事じゃあないだろうね?」


「そりゃあ、気の毒だな。

まあ任務に失敗してるとしても、全額とは言わないまでも見舞金くらいは出してやらないと。

そんな雇い主がいるとすれば、とっとと見限るべきだな。」


これは、あくまで仮定の話だが。

と、前置きしてからリウは続けた。


「そんな雇い主だったら、負傷した冒険者には1ダルも払わずに、依頼主には満額を請求しているとか、ありそうだな。」


「まさか、なあ。」

クリュエルは、メイリュウの方をチラリと見た。


「1,000万ダルの支払いを請求されている。」

メイリュウはぶっきらぼうに答えた。


「なるほど。それは高いな。高すぎる。

それに、人質をとってまで、金を要求するとなるとこれは、もう冒険者ギルドというよりは、ギャングだろう。」


リウは、親しげにメイリュウの肩を叩いた。メイリュウがいやそうな顔をしたのは、肩を叩かれたことではなく、リウが彼女の大嫌いな美少年タイプだったからでもなく、武芸者として簡単に相手に触らせてしまったことにある。


「人質の奪還をなんと500万ダルで請け負ってくれる、冒険者に心当たりがあるんだが。」


「ほう? 顔が広いなあ。『神竜騎士団』は100万ダルだったら、出してもいいと言ってるんだが。」


「300万ダルでどうだ?」


「100万と5ダルだったら出せるそうだが。」


「280万ダルでどうだ? 『神竜の息吹』と事を構えちまったら、もうこの街にはいられねえ。

高跳びの費用くらいは捻出させてくれ。」


「それももっともだ。100万と50ダルに出そう。」


「おいらたちは、5人編成なんだぜ? 250万ダルでどうだ?」


「盾士は盾を壊してしまってるし、剣士はまだしばらく入院中だろ? ほかの二人も本当にあんたの言うことを聞くか疑問だね。

100万と55ダル。」


「・・・・あんただけ、金の刻み方がおかしいんだが?」


「まあ、出すのはオレじゃなくて、『神竜騎士団』だからなあ。オレはどうでもいいんだが、100万と70ダル。」


「じゃあ、“鎖鎧のベック”は怪我で出られないってことで、200万ダルでいい。どうだ? ギリギリの値段だぜ。」


「二人分の治療費の請求に、冒険者学校への不法侵入はどうしようかなあ。100万と千ダル。」



「わかった。200万ダル出す。」

いい加減に面倒くさくなってきたメイリュウは、口早に言った。

「ただし、前金は50万ダルだ。」


「おおっ、太っ腹だ。どこかのギルドとは大違いだなあ。感謝しろよ、クリュエル。」


果たしてこれをどう、判断すべきなのか?

ポイントは、果たしてミトラかどこか、ほかの国に逃げたあとも追手を送り続ける体力が「神竜の息吹」にあるかどうかだが...


「ルトの救出は三日以内に頼むそ。」


リウは、話は終わったとばかりに、窓枠に手をかけながら言った。


「それは、人質の身が心配だから急ぐのは分かるが。

なぜ、三日だ?」


「簡単なことだ。」

リウはとぼけたような顔で返した。

「三日後には、『一般常識』の履修が終わってオレたちが外出できるようになる。」


「...」


「ランゴバルドを灰にしたくなければ、その前にルトを救出しろ。」


そのときになって、メイリュウとクリュエルはやっと気がついたのだ。


リウは怒っている。


心の底から怒っている。


彼の仲間を危険に晒したことを。その卑劣なやり方を。


それは制御され、抑圧されてはいたがひとたび表に出れば、どのような惨事をもたらすのか。


馬鹿な。

ここはランゴバルドだぞ。

正規軍こそないが、英雄級、黄金級の冒険者も多数抱える冒険者の国だ。

個人の武勇でどうなるわけが。


例え、真祖の吸血鬼が属するチームだとしても。


リウが、窓から姿を消したあと。


「おい、サオウ、震えてるぞ、おまえ。」


笑みを含んでサオウにそう言ったつもりのメイリュウだったが。


「いやあ、ねえちゃん、あんたもだ。」


冷静にクリュエルが指摘した。


「残念ながら、おいらも、だ。

さて、ランゴバルドはいざ知らず、ラ=ガゾーナ街区が消滅しないように、せいぜい気張らないと、な!」

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