第39話 なんなんだ、こいつら
知らずに足は速くなっていった。
どうでもいい。どうでもいい。
どうでもいいガキだ。むしろ、敵だ。
だが、どうでもいいガキを腹いせに拉致した奴らのやり方は異常だ。
あんなガキはどうなったっていい。ちょっとは嫌な思いをするのだろうが。
メイリュウに「ちょっと嫌な思い」をさせるために、やつらは、ひと一人をさらったのだ。
おそらく無事では帰れない。サオウの言う通り、オモチャにされた挙句に、売り飛ばされるのだろう。
「ルトのパーティの関係者はいるかっ!」
ちょうどホームルームの時間のはずだった。
ノックもせずに教室の扉を開けて、叫んだ。
クラスは20名ばかり。
その全員が、メイリュウを見た。
「授業中ですが、メイリュウ団長。」
そうだ、しまった。
ホームルーム中と言うことは、ネイアもいるに決まっている。爵位持ちの吸血鬼。前院長ルールスに忠誠を誓う教官兼用心棒。
「急ぎの用事だ。ルトのパーティの関係者を借りたい。」
「すでにこのクラスはなんだかんだで、ルトの関係者ですが。」
ネイアはクラスをぐるりと見回した。
「リウ、アモン、ご真祖さま、ギムリウス。」
くるりとメイリュウを振り向いて。
「それにわたしを加えた5名でいいでしょう。場所を変えてお話を聞きましょうか?」
「ネイア先生! あのホームルームは!」
クリュエルを締め落とした「鶏ガラメガネ女」が手をあげて、ネイアを呼び止める。
すまん、鶏ガラ女。そんなに鶏ガラでもなかったな。ボディスーツは似合わなかったけどな。
「ドロシー、後は頼むわ。『神竜騎士団』の用事が昨日から帰っていないルトさまのことなら、ほっとくわけには行かないの!」
「え?ええ・・・え? ルト・・・さま?」
「ルトよ、ルト!」
一行は、特別談話室に場所を移した。
特別な面談。進路相談やトラブルなどで、プライベートな、しかも時間のかかる面談に使われる一角で、席はゆったりと、取られている。
隔離された小部屋よりも人が近づきにくく、また変に遮音された個室を用意してよからぬことに使われても、と言う学校の配慮もある。
「ルトのこととは、一昨日から行方不明になっているルトのことだな。」
ネイアはガラリと態度を変えた。
身につけるものは、ボロボロの布切れ。もとはマントだったのかコートだったのかもよく分からない。
わずかに身を前傾にして、両の手にはナイフ。
実際に「神竜騎士団」は、彼女と戦闘を行ったわけではない。
今のところは、「神竜の息吹」の送り込む殺し屋の手引きをするくらいで止まっている。
だが、学長選挙以来、7回にわたる襲撃をことごとく撃退した。子爵級吸血鬼ネイア=ラヴラトフ。
「説明しろ! なにがどうなっている!」
「すまん。」
思わず素直に頭を下げてしまうメイリュウだった。
「わたしとギルド『神竜の息吹』のトラブルにルトが巻き込まれた。
わたしが、決闘の代行料1,000万ダルを神竜の息吹に渡さないから、ルトを攫った・・・・」
「大金だな。用意できないのか?」
「払いたくないっ!」
五名の人外は呆れて顔を見合わせた。いや、副長のサオウすら同様である。
なに言ってんだ、この女。
「だいたい、任務に失敗しといて報酬だけ寄越せなんて! そんな理屈が通るかっ!」
「うむ。」
頷いたのはリウ一人だった。
「一理あるな。冒険者への報酬はそもそも成功報酬として支払われるものだ。」
「そうだろっ!」
目を輝かせて、メイリュウがリウに詰め寄った。
「まあ、だいたい文句を言うにしても、実際に戦ったクリュエルが言うべき話だな。あいつはまだ、入院中だ。昨日会ってきたが、特に報酬のことは聞いていないな。」
「だろっ! だから・・・・」
「で?」
ネイアはナイフを舐め上げている。
「ルトを探すのに協力してほしい。『神竜騎士団』としては動けないが、わたし個人の力はいくらでも貸す。」
「・・・・」
ネイアは、ルトの仲間たちを振り返った。
髪の短いボーイッシュな女性。そう、あれがネイアを従えることができる「はず」の真祖吸血鬼ロウ=リンド。
「真祖さま?」
「構わないぞ、ネイア。
ああ、メイリュウ。いくつか誤解があるようなんで、説明しておこうね。
そちらも、わたしたちが知りたい情報は持っていないようだし。」
ネイアは頷くと、メイリュウを見据えた。
「ルトの居場所はわたしが把握できている。」
「え? なんで。どうやって・・・」
「わたしはルトの血を吸った。」
メイリュウは絶句した。
そんなこともあるかとは思っていたのだ。
ネイアを無力化するために、ロウの力を使われる可能性を避けるならば、そのパーティメンバーをいわば、人質にとって仕舞えばいい。
そして、それにふさわしい生贄は、ロウに命令できる立場のパーティリーダーであるルトだ。
「わたしと彼は今もなお、深いところで繋がっている。」
ネイアは、意味ありげに胸を押さえた。
嘘である。
ルトとネイアの関係はテイマーと使い魔のそれに近いもので、吸血鬼とその下僕のような双方向のものではない。
それでもまあ、居場所くらいはだいたいわかるし、「念話」をつなげることも可能であった。
「ところが本人曰く、救出無用・・・とのこと。」
「どういうことだ!」
「それをお前から聞こうと思ってたんだがな! 神竜騎士団の団長どのよ。」
「わ、わたしもわからない。だが、その・・・今回の件はわたしに対する嫌がらせで行われた可能性がある。」
「団長は、以前から『神竜の息吹』・・・うちのOBどものギルドの横暴ぶりには頭にきてましたんでさあ。」
サオウが口を挟んだ。
「今回も、うちにとんでもない金額を、助っ人代としてふっかけておきながら、奴らはあっさり任務に失敗。
いや、人同士の戦いなら、けっこうな評判のある奴らですから、そっちのメンバーがすごかったんでしょうが。
それでも素人同然の冒険志願者に、やられておいて、金だけふっかけるたあ、ずいぶんとアコギだと思いませんか?」
「じゃあ、学長の暗殺を狙って動いてたのも、それを裏で糸引いてたのが『神竜の息吹」だったことも認めるんだな!」
しゃべりすぎだ、とメイリュウは、サオウを睨むが、サオウは止まらない。
以前から、「神竜の息吹」には腹を立てていたのだろう。
「そうですよ。それを一人で阻んできたのが、あんただ、ネイア先生。
新入生の中に、真祖の吸血鬼なんて言うとんでもないやつがいたと知って、そいつを使えば動けなくできるかと、考えた矢先、決闘なんぞを、申し込まれて、動きが取れなくなった。
とりあえず、叩きのめしてやりゃあ、言うことを聞くようになるかと、大枚払って、雇った冒険者があれだ。
うちの団長がアタマに来るのもわかるでしょう?
それで、腹いせにそっちの坊やを拉致したんだ。
やることが無茶苦茶じゃないすか!
いまごろ、あの坊やがどんな目にあってる事やら...」
「ネイア先生、ルトの居場所はどこですか?」
リウは、サオウの長広舌を遮るように、言った。ネイアは目を閉じ、少し上を見上げた。
開いた口には、発達した犬歯がみえた。
赤い舌が唇を舐め回すと、匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。
「カ・ラゾーナ街だ。動いてはいない。」
「そうか。カ・ラゾーナ街はまだ存在しているか?」
なにを言い出すのか。
メイリュウとサオウは、顔を見合せた。
「そ、そりゃあそうだろう。街ひとつ壊滅したって話はきかねえし...」
「なら、いまのところはルトは無事だな。」
リウは難しい顔をして、考えこんだ。
「うむ、ここは彼の意思に関わらず、ルトの救出に動いた方がよさほうだ。
よろしく頼む。
カ・ラゾーナ街と『神竜の息吹』の存続のために。」
「な、なんで!どういう!」
「我々は、補講中で動けないのだ。
心配するな。おまえら二人だけとはいわん。
助っ人をくれてやる。」
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