第38話 メイリュウの怒り
冒険者学校の片隅。
手入れの悪い三階建ての屋敷がある。
もともと(おそらく10年ばかり前、建てられた当初)は、生徒たちの自主的な課外活動の拠点としてつくられたものだったが、「神竜騎士団」の根城になってからは、一般生徒がよりつける場所ではなくなった。
一応はまだ、水道と電気はきているので、神竜騎士団の主だったものは、ここに寝泊まりしていた。
いま、入口の警備をしていた団員に、挨拶も返さずに、建物に飛び込んだ男は、副長の一人、サオウという。
西域の南方、西域とは名ばかりの寒村に産まれた彼は、口減らしに九つのときにランゴバルドへ。
運よく、この「冒険者学校」という名のセーフティネットにひっかかり、同時期に入校したメイリュウとともに、「神竜騎士団」へ。
三年前に、メイリュウが団長になってからは、副長を努めていた。
額から頬にかけての刺青は、紋章士による強化魔法、との触れ込みであったが、別段、体力も魔力も上がらなかった。
性格だけは、いささかキレやすくはなったが。
団長室への階段を駆け上がる。
先日の決闘以来「神竜騎士団」団長メイリュウは機嫌が悪い。よいはずはないのだが、それにしても、だ。
こともあろうに「神竜の息吹」からの呼び出しを無視するとは・・・・・
こんなことは、初めてだった。
ギルド「神竜の息吹」のボスは、メイリュウの「男」でもある。
メイリュウとは、長い付き合いになる副団長のサオウにも理解ができない。
だからと言って、いま、彼が報告しようとしているような手段にうってでる「神竜の息吹」の意図はさらに理解不能なのだが。
「団長室」とかかれた部屋には、「面会謝絶」の札がかかっているが、無視してドアを開く。
メイリュウは。
窓枠に腰掛けたまま、空を眺めていた。
いつもの団長服には袖を通さず、羽織ったまま。下着同然の胸当ては、見るものが見ればかなり扇情的な格好であったが、幼なじみと言えるサオウには、見慣れたものだった。
くわえたタバコには火が着いておらず、横顔は憂いに満ちている。
いつから彼女がそうしていたのかは、わからない。
「入ってくるな・・・と。字が読めないなら初等からやり直すか?サオウ。」
こちらを見もせずに、そう言った。機嫌はよくない。よくはないが、怒ってはいない。
彼女が本気で怒っていたら、浴びせられるのは怒号ではない。剣の一閃だ。
「『神竜の息吹』の話ならきかんぞ。我々は、やつらの手下でも下部組織でもないんだ。
先輩ということでたててやってるだけで、ここまで、でかい態度をされる言われはない。
役立たずの助っ人をよこしやがって。」
こりゃあ、ボスとなんかあったか。
それほど、頭の回る方ではないサオウはそんなことを考えた。
メイリュウは、確かにボスの女だったが、唯一の女ではない。
サオウが名前をあげられるだけでも、メイリュウより若く、スタイルのいい女は何人もいた。
正直。
サオウが、惚れ込んでいるのは、メイリュウの気風や剣の冴えであって、こんな女の部分は見せてほしくはなかった。
メイリュウが、くわえただけのタバコを床に吐き出し、あたらしい一本をくわえて、火をつけかけたところで
「なんだ?」
「『神竜の息吹』ですが」
「その話はきかないと、いったな!」
「団長が顔を出さないから人質をとったと。」
あまりにも意外なことばにまたも、メイリュウはたばこを床に吐き出した。
「おい、ばかを言うな。自慢じゃあないが、わたしは天涯孤独だ。」
どこか寂しげにも見える笑みをうかべて、またも新しいタバコを咥える。
「いったいだれを人質にとったと・・・」
「それが、あの・・・」サオウが頭をガリガリとかいた。わけのわからないことに直面したときの彼のくせで、小物っぽく見えるのでやめろと、なんど言われても治らない。
「ルトってガキを」
メイリュウは三本目のタバコを床に吹き出していた。
「もうちっとくわしく話せるか、サオウ?」
「もちろん、です。」
ただ何がどうしてどうなってるのかは俺にもわからんのですけどね。
「団長は、決闘のときに呼んだクリュエルさんの依頼料を払っていないそうじゃないですか。」
「役立たず、のな。」
「でも頼んじまったもんは…」
「冒険者の報酬ってのは、だな。」
紫煙を燻らせるタバコを、灰皿に押しつけて、火を消して、また新しいものを咥えた。
「基本、成功報酬なんだ。どこそこへ行け、何々を退治しろ、誰それを護衛しろ。すべてそうだ。」
咥えたタバコを手に取って、サオウに押し付ける。ちなみに火はついていない。
「決闘の応援で呼んだら勝て、や。
あんな鶏ガラメガネ女に無様に失神させられやがって。」
言ってから、メイリュウはちょっとバツの悪そうな顔をした。
実は、この手の悪態は、「神竜の息吹」の幹部から彼女自身がいつも浴びせられているものだった。
サオウもそれがわかった。
公平に見て、メイリュウは鶏ガラでも貧乳でもない。顔立ちも悪くないが、要するにボスの好みのタイプではない。
「その1,000万ダルの担保に、ルトを人質にとったそうです。」
わ、け、が、わ、か、ら、ん!
とはメイリュウは言わなかった。
表情だけで充分である。
「どうします?」
「どうもこうも・・・・」
メイリュウがちょっと考えてから言った。
「行かないとどうなる?」
「まあ、いつものボスたちのやり方だと、薬漬けにして娼館ですかね。見目の良いガキでしたし。」
メイリュウは天井を見上げ、外を眺め、床に散らばったタバコを見つめて、もう一本タバコを取り出してくわえた。
「あのガキが言った『ルールス派につけ』と言う戯言を本気にしたのか?」
「まさか!
でも、支払いが遅れたのは事実ですし、団長が珍しく呼び出しに応じなかったのも事実です。
かなり、頭にきてんじゃねえですか?幹部連中は。」
「しかし・・・ルトを拉致ってどうなる? ただの八つ当たりだ。」
「まあ、そうです。肝心のネイアのやつは健在だし、これで決定的にルトの仲間の真祖は、敵に回るでしょう。
そういうことより、腹いせとあんたに対する嫌がらせを優先させたんですよ。」
あんたの『男』はそういうやつだ。
とまではサオウは言わない。
メイリュウは立ちあがった。
「出かけるんですかい?」
「まずは。」
しっかりと剣を握りしめて、メイリュウは言った。
「あのガキのパーティの連中だ。人は集めるな。わたしとおまえだけでいい。」
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