魔王のお見舞い 深夜編

エミリアは、目をあけた。


病棟の消灯時間はとうにすぎている。



投げ落とされた角度が悪かったらしい。というより、わざとそういうふうに投げたのだろう。



治療には時間がかかる。治癒師と医師は難しい顔でそう言っていた。

日常生活はなんとか、武技はもう難しいかもしれない。看護の治癒士助手たちがそうささやいているのを聞いた。



部屋は個室だった。

明滅する宝玉が、彼女の生命維持の一部をつかさどっている。

たとえば・・・呼吸とか。

排泄とか。



首から下は動かない。声もでない。痛みやかゆみ・・・などはあるので、ちょっとした地獄だ。

助けをようぼうにも自由になるのは、まぶたくらい。


はあ。


ため息がもれた。


宝珠は。そのまま、脈動を続けている。

宝珠は、エミリアの肉体を維持するために、活動を続けている。そしてその報告を送り続けている。


身体に繋がれた管を、つかんでむしり取る。


身体を包むクリーム色の貫頭衣は、腰のあたりまでしかない。

治療には適しているのだろうが、出歩くには向かないだろう。


構わず、ベッドからおりたエミリアは、大きくのびをした。衣装がめくれあがり、おへそが見えた。


部屋の隅の暗がりで、影が笑い、エミリアの手に棒が現れた。


「元気そうでよかった。ルトに様子を見てくれと頼まれてな。」


級友たちから『魔王』と呼ばれることになった魔王は、笑う。

ルトたちにみせるとぼけたような笑いとは違う。

冷酷で、傲慢で。


この男がかつて世界を滅ぼしかけたと聞かされれば、誰もが首をかしげるに違いない。


なぜ、滅ぼさなかったのか、と。



「ルトは、賢い子だ。

おまえが、何者か。検討と検証をはじめている。


たとえば、おまえが、聖帝国の間諜であるとか。

たとえば、おまえが、古代魔族の王侯の転生体であるとか。

たとえば、おまえが、邪神の現身であるとか。」



ひるるるるる


回転させた棒が鳴った。


「やめておけ。」


剣を抜く手は、エミリアにもまったく見きれなかった。

剣は。


エミリアの起こした


「音」


だけを切って、ふたたび鞘におさまった。


「ちなみに、オレは、『どれでも』かまわないと思っている。」



「わたしは・・・わたしたちはそんな大層なものではありません。」

エミリアは、構えを解いて、真正面からリウを見据えた。

「遥かな昔に仕えるべき主を失ったさまよい人です。

もしも再び、仕える主がみつかったときのため、力は磨き続けてきましたが・・・」


自嘲の笑みが少女の口唇を彩った。


「リウさまのご指導にもかかわらず、不覚をとりました。」


「充分だな。」

あっさりとリウは言った。

「オレの訓練についてきた根性と才能。半年はかかる重傷からこの短時間で回復できるのならば、この先も鍛えてやれるだろう。」



「・・・・・」



「おまえが欲しくなった。おまえが何者でもかまわない。オレたちといっしょに来い。」


エミリアの胸は歓喜にふるえる。

そのまま、棒を背後に回し、跪いた。

ルトがここにいたら、

「いや、下半身マッパですることと違うだろ。」

と、文句の一つも言っただろうが、そんな無粋なツッコミをするものはこの場にはいなかった。


「あの・・・いまさらながらなのですが。」


エミリアは顔をあげ、おずおずと尋ねた。


「リウさまは・・・リウさまたちはいったい何者なのです?

なんの目的でランゴバルドへ。そして冒険者学校にやってきたのです?」


忠誠を誓ってから?それを聞く?

エミリアとリウの想像上のルトが突っ込んだが、二人はそれを無視した。


「うむ・・・それについては、学校への説明に嘘はないぞ。」

リウは鷹揚に頷いた。

「もともと、ルトは北のグランダで『到達級』の冒険者として活動していた。

西域でも『銀級』相当として、登録できるはずが、グランダの冒険者レベルの低下によりできないと言われた。


結果として、錆級での下働きなしに冒険者資格を得られる道として、ギルドからここを紹介された、とい言うわけだな。」


「恐れながら」

エミリアは、跪いたまま、尋ねた。

「よくご辛抱されました。」


「まあ、そうだ。」

リウは端正な顔を顰めた。

「グランダの冒険者の質の低下は、『魔王宮』の封鎖に大きな原因があり、そうするとオレにも責任がある。」


この発言はエミエアには、意味不明であったが、ここではこれ以上聞くべきではない。そう感じた。


「この先わたしはどうすれば」


「このまま、冒険者学校から逐電するつもりで、起き上がったのだろうが。」

リウは薄くわらう。

「ここは、独自の結界、言ってしまえば迷宮の中にいるのと一緒だ。

出入りは正門だた一箇所。」


「夜が明けて門が開くのを待つつもりでした。」


エミリアは、点滅を続ける宝珠を指差した。


「あれは、今もわたしの体を管理し続けている、そのつもりになって、わたしが与えた偽のデータをおそらくは看護室に送り続けています。

夜間の見回りがくるまでは気づかれることはありません。」


「そちらの能力についても今度、じっくりと聞かせてもらおう。」

リウの笑みには、もう怖さ、はなかった。

「おまえの能力は、単純な戦闘よりも、間諜、潜伏捜査に向いているように感じる。


そうだな・・・・まずはベッドに戻れ。とった管はもう一度繋ぎ直せ。」


実際問題、管のいくつかは、針がついており、血管に差し込まれていた。

それをもう一度自分でやり直せ、と?


エミエアは心の中で悲鳴を上げたが、「仰せのままに」と、にこやかに頷いてみせた。


「明日、見回りの治癒士がきたら、小さなうめき声をあげて、袖を引っ張れ。

多分、それで治癒士は驚いて上のものを呼びに行く。

責任者がきたら、『ここは、どこです? わたしはどうなったのです。』と聞け。


あまり流暢にしゃべるなよ。明後日からなら上半身は起こしてもいい。歩いてみせるのは次の休息日が過ぎてからだ。

月が変わるまではここから出られないだろう。構わん。それくらいはオレたちも待っている。」


待っている。と、モノはいいよう。実際のところは、リウは「一般常識」の科目を再履修中で、それが終わるまでは、学校から外出することもできなかったのだが、そこまでは話さなかった。

立派な王と言うものは、臣下にいらぬ心配はさせないものなのだ。


「仰せのままに。」

とエミリアは言ってから、

「リウさまへの態度はいかが致しましょう。」


「あまり、大袈裟に敬語を使われると、悪目立ちする。

いまままで通りにしろ。

別に異性として見た場合も、別におまえは不快な方ではない。」


今度こそ、エミリアは真っ赤になった。

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