幕間
ギムリウス売ります
「確かに、金のない事情はわかった。」
アモンが重々しく頷いた。
「でも、体を売れってひどくない?」
ロウ=リンドは、棺桶に座って膝を組み、頬杖をついている。
にやにや笑いをしながら。
ゆったりとした部屋着の胸元は大きく開いていて、下着は着けていないようだった。
要するに、胸の膨らみ、形よく盛り上がった双丘は、それがわかるところまであらわになっている。
午後の日が差し込むロウの寝室は快適である。リビングは別にあるのだが、ソファがちょっと豪華すぎて、かえってぼくには居心地が悪い。
寝室は、外庭に向かってバルコニーまで迫り出している。部屋も広い。
ロウのダブルサイズはゆうにあるベッド以外にも、棺桶までおまけについている。さらにサイドチェスト、衣装棚があって、こうして「踊る道化師」の面々が集合しても余裕の広さなのだ。
ちなみに棺桶は、シーツをかぶせて、今、ロウがやっているようにベンチがわりに使っている。
「わかってて言ってるんだろ。」
ぼくは本気でイライラしている。自分でいうのもなんだけど、結構、珍しいのだ。いやイライラするのが、ではなくてそれが隠しきれないのが。
「ドロシー別れて正解だったなあ。」
また、ロウが嫌なことを言う。
「お金がなくってイライラしてる彼氏なんて最低じゃない。それでしかも体を売れって。」
「だから、そういう意味ではないけどね!
「ロウ、あまり揶揄うな。かわいそうになってきた。」
アモンが割って入る。
「要は、我らの体の部位で換金できるものを提供してくれないか、ということだろう?
ロウは、提供できそうなものはないから、わたしかギムリウス、ということになるが。」
「すまない。」ぼくは素直に頭を下げた。「そう言うことです。」
「一応、王子さまだったよね?」
ロウはまだ、ぼくを揶揄うのをやめる気はない。
本当はロウにも悪いことをしたと思ってるのだ。
ネイアに血を吸わせたことを。
「元だよ。今は継承権もない。フィオリナはあれで継承権で言えば16か17番目だから、ぼくよりずっと地位がうえだ。」
「こんだけ金欠の王子って世界中探しても他にいるかなあ?」
「それを言ったら、こんだけ金欠の真祖吸血鬼もいないだろうに。」
「確かにそうだ。
言い出したら、これだけ金欠の古竜もおらんな。どうもあの竜族特有の収集癖と言うものに飽きてひさしくて、な。」
アモンは、首周りに浮かび上がらせた竜鱗を一枚差し出した。
「まあ、1万ダルくらいにはなるだろう?」
「それが、そうはいかないんです。」
ぼくは、道具屋、武器屋、ギルドなどを回った結果を伝えることにした。
「まず、リアモンドの鱗なるものは、流通には出回っていません。」
「それはそうだ。わたしは討伐されたこともないし、ここ何百年かは、迷宮に引きこもっていたらからな!」
「ですが、その存在自体は知られていて、実物も見てきました。」
アモンが自分の鱗を摘んでみせた。
「そう、それと同じものです。ランゴバルド博物館の特別展示室にありました。もし買ったらいくらするか、学芸員さんに尋ねたら。」
「100万ダルくらいにはなるか?」
「ランゴバルドの国家予算と同じくらいだそうです。」
「と、言うことはあれだな。」アモンは楽しそうに笑った。「爪やら牙やら合わせたら西域が全部買えそうだな。」
「逆に言うと誰も買えないってことです。リアモンドを名乗らなくて正解でした。今頃は聖域連合国家がリアモンド討伐のため統合軍を差し向けていたかもしれません。」
「と言うことはわたしの出番ですね。」
ギムリウスは、収納から白い剣を取り出した。
「年を経た」「蜘蛛の」「神獣の」骨から削り出す伝説の剣。切り付けた相手に苦痛と死をもたらす呪剣グリム。
つまりはギムリウスの体から作れる武具で、彼女の再生能力を考えたら、「いくらでも」作れるという。
本人が目の前にいて、こうやって友だち付き合いしてるぼくだから言えるのだが、あんまりありがたみのない伝説の武具なのだ。
「そっちは、ある程度は流通してて、だいたい1億ダルから10億ダルです。」
「なんでそんなに値段が違うんだ?」
ロウが面白くなさそうに言った。自分だけが、売るものがないのがなんとなく嫌になったのだろう。
「呪剣グリムを名乗っていても実際には、ギムリウスの体を使っていないものがほとんどなんだ。」
「昔、魔王宮でも運よくわたしに会えた人に特別賞として配ってたこともありますので。」
ギムリウスは、そう言うが、動く城塞の如き巨大な蜘蛛の「神獣」と会えるのが「運よく」なのだろうか。
「伝説級の武器としては、名前も効果もよく知られています。
でも頑丈だけど、不滅ではないので、同じクラスの武具同士なら、ぶつかったら壊れたりすることもありますね。
自動修復とかも持たせてないので。
で、本当は再生はできないんですが、なんとか魔法で修復してなんとなく武器の形まで戻す・・・と効果はガタ落ちになりますが、それもこれも呪剣グリムと呼ばれてるみたいですね。」
「1億ダルだと偽物で本物は10億ダルの根がつくと?」
「誰それが使った、とかあつらえ、とかで値段が変わってくるから一概に言えないらしい。武器職人が言うには、一度ダメになったものを削りまくって、剣の芯にしたりすることもあって、それも呪剣グリムと呼ばれてるそうだ。」
「なら、いいじゃないか。」
ロウは、もうこの話やめよう、と言わんばかりに締めに入り始めた。
「ロウ。」
見つめながら、ぼくがそう言うと彼女は、ドキッとしたように
「なに?」
と言い返してきた。
「きみの美貌は、どんな部位や武具よりも高く売れるよ。」
「え、そんな・・・まあ、そっか、そうだな・・・って、それじゃあ、最初の話に戻るじゃないか!」
「と言うわけで、ギムリウスの呪剣は売れるちゃあ、売れるのですが。」
「いいですよー。頑張って作ります。とりあえず、一日230本はいけます。短剣とか片手剣、両手剣、斧、色々バリエーションも作れますよーー」
「と言うことで、大量殺戮兵器が市場に出回ってしまうことになるのも、どうかと思うのです。」
「悩みが尽きぬなあ、少年。ロウ、お茶のお代わりあるか?」
「ちょっと待ってって。お湯沸かす・・・よし沸いた。こういう時にオロアがいてくれたらと思うな。」
「まあ、急くな。自分でお湯を注いで、茶葉が開くのを眺めるのもまた楽しいものだぞ。」
「わかりました! 三本買ってくれた方におまけを一本つけましょう!」
何もわかっていないなギムリウス。
「殺傷能力を落とすことはできるのかなあ?」
「武器の殺傷能力を落とすのですか?」
「自分でも変なことを言ってるとは思うんだけど。」
ギムリウスは、ちょっと考え込んだ。
「まあ・・・できます。
刺しても切っても死なないようにするんですね。完全には無理ですけど、可能は可能です。」
収納から取り出した短剣は、これまで見た骨剣とは異なり、青白い輝きを放っていた。
「呪剣ゾルダ、と名付けました。最初に作ったのは80年くらい前です・・・これ、刺しても剣の方で重要な器官とか血管を避けてくれます。だから、なかなか死なないのです。
あまりにも不評でこれ一本でやめたのですが・・・・」
「不評、かな?」
「だって、死ねないのです。苦痛が続くだけで。」
ギムリウスの無邪気に見える笑いがとても恐ろしい。
「これを渡したのは、ヘリオンという悪魔でした。正確にはヘリオンの転生体。
彼も冒険者でしたが。
仲間に裏切られて、迷宮内のランダム転移の罠に落とされて、わたしのところにたどり着いたのです。」
「悪魔もそんな目に合うのかな。」
「実力を隠していたのが悪かった、のだと彼は言っていました。」
ギムリウスは、そっとゾルダを“収納”した。
「目立たないひとりの人間として『悪』や『残虐』から離れようとしたら、自分が空っぽになったそうです。
周りから無能に見られても仕方ないほどに。」
「で、ヘリオンは、その短剣で元仲間に復讐したのかな?」
「わたしは、彼といろいろ話をしました。」
感慨深げにギムリウスは言った。
「主に話したのは『人は苦痛だけで死ねるか』でした。
彼は元仲間の体で試してくる、と言って迷宮を出ました。
帰ってきたときには、ボロボロの格好で、とってもとっても疲れてました。
『もういいから。』とヘリオンは言いました、『もういい。これはいらない。この世にあってはいけないものだ。おまえが保管しておいてくれ。誰にも使わせちゃいけない』と。
それから彼とは会っていません。
ああ、これを売るんでしたね。値付けはどうしましょう?」
「悪魔公爵ヘリオンの生まれ変わりが、びびって返してきたものを、なぜぼくに!」
「ヘリオンは単なる話し相手です。ルトは“試し”の終わった友だちですから。」
ぼくが黙ってしまうと、ギムリウスは心配そうに言った。
「思うに『苦痛』がポイントでしょうか。なら堕剣オーダというのがあります。魔王宮の封鎖中に作ったのでまだ世には出ていません。」
「嫌な予感しかしないが、一応どんなものか、きいてもいい?」
「はい、この剣による傷は、苦痛に変わり、快感をもたらします。いわゆる性的な絶頂感と変わりません。
苦痛と異なる点は、気絶という安全弁がないので、ほんとうに快感だけで死ねます。直接の死因は心臓の停止や重要な血管の破裂、ということになるのでしょうが。
グリムのもたらす苦痛と同様、オーダのもたらす快感のなかで解呪の術式を構築するのは不可能ですから、傷の状態にかかわらず、ほぼ必殺ということになります。」
ぼくは決心した。
あぶく銭はあきらめた。
とりあえず『錆』級に登録してもらって、授業が休みの日にどぶの掃除をしよう。
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