第36話 踊る道化師たちの敗北

翌日。


リウたちを前に、ぼくとネイアは仁王立ちしていた。


一応、全員が、神妙そうな顔を見てしているのが、笑える。神妙な顔の魔王とか、申し訳なさそうな古竜とか。

いや笑い事ではない。


「ルト以外、『一般常識』が全員落第とはどういうことなの!」


これは、たぶん基本のなかの基本、基礎中の基礎の科目なのだ。

これに合格しない限り、冒険者学校から外出することもできない。


内容も本当に基礎だ。

買い物の仕方とか、両替の仕方、列車の乗り方、大きな道が交差するところの渡り方。


「そうですね。」

ギムリウスが首を傾げた。

「少し、テストのときに、調子が悪かったのかもしれないのです。今からなら大丈夫だと思います。」



「信号機で赤は?」


「食べる?」


「青は?」


「進みながら食べる?」



ネイアのエメラルドの瞳が絶望に濁る。

魂が絶望に濁った少女は魔女になるというが、吸血鬼はいかに。

この10日間で、誰に迷惑がかかったのかと言えば、ダントツでこの吸血鬼のお姉さんに違いない。



そう言えば、ここ数日、ギムリウスの姿を食堂で見ていなかったな。お腹が空いてるならいつでも食べに行けるのに。


「授業にまともに出てなかったのはわかるけど、せめてテキストはちゃんと読んだ?」


そうテキストを読んで、とりあえず丸暗記しておけば、なんとかなる内容のテストだった。



「はい、ネイア先生!」


「なんでしょうか、偉大なる真祖さま。」


「ギムリウスがテキストを食べてました。」


「・・・・・・」






「と、いう訳だ。」


リウはにこやかに言った。


「やむを得ない事情とはいえ、外出できるのは、ルト一人となった。」


そう。リウたちは誰一人、午後の基礎科目の授業はに出席していなかった。

その時間、エミリアたちの特訓に明け暮れていたからなのだが。


「とにかく、あと10日! 補習は絶対に、頑張ってくださいね。」


ぼくは念押しした。

まけせておけっ!

と、胸をはって断言するリウだったが、ぼくはあやしいものだと思っている。

臣下をとりあえず、安心させてやるのも上にたつものの役目なのだ。


本当はそんな気がなくても。



「とりあえず、あれだ。」


リウは、『ランゴバルドに来たらこれを食べよう!魅惑のメニュー50選』という本をいそいそと大事そうに取り出した。




「外出できない代わりに、我々を代表して、この焼きそばパンというのを買ってきてほしい。」


「ルト、わたしはこのケチャップニューめんのハンバーガーというのが食べたい。」


「とりあえず、久しぶりにステーキが食べたいぞ。肉を分厚く切ってもらって、持てるだけ買ってきてくれ。」


「ルト、わたしは信号機というのが」


「ギムリウス、信号機は食べ物ではありません。」



そういえば、ギムリウスは誰かが、誘わないと食事に、行かない。ここ何日かはリウたちは朝食はそれぞれのパートナーとすませて訓練にはげんでいた。

つまり、ギムリウスを食事に誘う相手がいなかったわけで。

これは悪いことをしたかな。


朝はまたみんなで集まるとして、昼と夕はギムリウスと一緒に食べるか。

そして今度はギムリウスと付き合ってることにされるのだろうか。


巨大な蜘蛛の神獣が、コミュニケーションのために作ったヒトガタ、と。



使いっ走り、は大変だなあ、とクラスメイトは同情してくれるのだが、問題はそんなところではない。


はっきり言おう。


実はお金がない。


もともとランゴバルドにつきさえすればすぐに、銀級の冒険者として稼げるつもりだったぼくらは、路銀程度のお金しかもっていなかったのだ。


冒険者学校には何年、いることになるのだろう。

食べるものと住むところは確保できたにせよ、それ以外の雑費は必ずかかるのだ!


それは、リーダーであるぼくの肩にずっしりと。


あれ?

リーダーで使いっ走り?


深くは考えないことにした。

まずは最初の外出を乗り切って。


それから先のことはそれから考えよう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



第2部はここまで!

お付き合いいただき、ありがとうございます。


現学長と前学長のドロドロの争いまでは話が進みませんでした。

そういう意味では、タイトルに偽りあり!でした。



第3部予告!

「初めてのお使い」


休息日に外出した「踊る道化師」のリーダーにしてパシリのルトくんが、誘拐されます。

誘拐されたルトがキレて街を吹き飛ばさないか。

誘拐に怒ったリウたちがランゴバルドを消滅させにかからないか。


両方が心配し合う話になります。



少し予告


・・・・・


「神竜騎士団」団長メイリュウは機嫌が悪い。よいはずはないのだが、それにしても、だ。

こともあろうに「神竜の息吹」からの呼び出しを無視するとは・・・・・


メイリュウとは、長い付き合いになる副団長のサオウにも理解ができない。

だからと言って、こんな手段にうってでる「神竜の息吹」には、さらに理解不能なのだが。


「団長室」とかかれた部屋には、「面会謝絶」の札がかかっているが、無視してドアを開く。


メイリュウは。


窓から外を眺めていた。

くわえたタバコには火が着いておらず、いつから彼女がそうしていたのかは、わからない。


「入ってくるな・・・と。字が読めないなら初等からやり直すか?サオウ。」


機嫌はよくない。よくはないが、怒ってはいない。


彼女が本気で怒っていたら、浴びせられるのは怒号ではない。剣の一閃だ。


「『神竜の息吹』の話ならきかんぞ。我々は、やつらの部下でも下部組織でもないんだ。

先輩ということでたててやってるだけで、ここまで、でかい態度をされる言われはない。

役立たずの助っ人をよこしやがって。」


くわえただけのタバコを床に吐き出し、あたらしい一本をくわえて、火をつけかけたところで


「なんだ?」


「『神竜の息吹』ですが」


「その話はきかないと、いったな!」


「団長が顔を出さないから人質をとったと。」


あまりにも意外なことばにまたも、メイリュウはたばこを床に吐き出した。


「おい、ばかを言うな。自慢じゃあないが、わたしは天涯孤独だ。」


どこか寂しげにも見える笑みをうかべて、またも新しいタバコを咥える。


「いったいだれを人質にとったと・・・」


「それが、あの・・・」サオウが頭をガリガリとかいた。わけのわからないことに直面したときの彼のくせで、小物っぽく見えるのでやめろと、なんど言われても治らない。

「ルトってガキを」


メイリュウは三本目のタバコを床に吹き出していた。

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