第34話 愛の力
「どう違うのだ?」
アモンが尋ねた。
「擬似吸血鬼は、擬似だけにいろいろと不完全。」
答えたのはロウ=リンドだった。
「力も魔力も再生能力も、親の吸血鬼には遠く及ばない。
感情や知能に、制限がかかることも多い。というか程度の差こそあれ、全てがそうなる。
なんで?
と言われると、その方が、親吸血鬼が血を吸いやすいから。」
「最大のポイントは元に戻れる、というところかな。
つまり、マシューは、まだ人間になることができる。」
とルトが言った。
「ワガママで無能なダメ人間に?」
「ワガママで無能なダメ擬似吸血鬼よりは周りに迷惑はかからないと思う。」
鎖帷子の剣士は、リズミカルにステップを踏む。
「差し違え」では、再生能力に優る相手が有利だ。
こちらは傷付かずに一方的に切り刻んでやる!
マシューは、半身に構えて、拳を前に突き出した。
突き、を主体とする構え。だが、彼の手に、今は剣はない。
剣士は動きの速さには自信があった。もともと、彼が所属し、破門された流派は、独自の歩法をことのほか重視する。
素行の悪さで破門にいたったとは言え、実戦での技の冴は、免許皆伝に劣るとは思っていない。
マシューはすっと前に出た。
それに合わせるように、斜めにステップ、こちらを一瞬、見失うような効果があるはずだ。狙うのは顔。
まずは目をつぶす・・・・
ガツン。
拳が剣士の顔面を捕らえた。ひ弱な坊ちゃん貴族のそれではない。
擬似吸血鬼の持つ怪力だ。芯は外したつもりだったが、それでも目の前に火花が散り、鼻が潰れて鮮血が噴き出す。
サイドステップ。
この動きにはついて来れない・・・
ガツン。
口が裂けて、折れた歯が飛び出した。
激痛にうめく間も無く。
ガツン。
額が割れた。
ガツン。ガツン。ガツン。
意識が遠のく。
ガツン。
マシューの意識の中で、剣士の顔は、ルトの投げる稽古用の的に見えている。
あれを突く。
突く。
的はそらさない。
いつしか的は、ルト自身の顔にも見えていた。
ああ、ドロシー。おまえは、そいつにはそんな顔で笑うのか。ドロシー。
そいつを見るな。
見るならわたしだ。
ずっと、ずっとわたしだけを。
ずっと、ずっと、ずっと。
気がつくと相手の剣士は、顔面を血みどろの肉塊に変えて、沈んでいた。
意識も飛んだのか、再生はもう始まらない。
勝利の雄叫びを上げようとしたマシューの、肩を、胴体を、首を、膝を。
何かが食いちぎって、走り抜けた。
棒使いの男と仮面の女は、起き上がった双剣の少女に、思わぬ苦戦を強いられている。
動きが全く読めないのだ。
それでも何度か、棍に棒に。目まぐるしく変化する棒使いの攻撃は、少女を捕らえたはずだ。
だが、なんのダメージもない。
そのまま、滑るように後退してしまうだけだ。
同様に、仮面の女が操るクリスタル球も、当たりそうで、当たらない。
次々と、投じるクリスタル球は、そのまま少女の周りを周回し、隙を狙おうとするのだが、いくつか球どうしの衝突で砕けただけで、なんの効果も与えていない。
まるで、達人の粋だ。
棒使いは舌を巻いた。
「互角・・・・にはなったみたいだね。」
ロウが言った。
「後は、あの気獣使いをなんとかしないと。またひっくり返される。」
物憂げな顔で、戦場に近づこうとする気獣使い「千変万化」のクリュエル。マシューの体に穴を開けた「気獣」は、距離があると正確な狙いが取りにくい。
止めを指すつもりの彼の前に、エミリアが立ち上がった。
顔の半分を自分の吐瀉物で汚し、もうあまり美少女とは言えない。
必死の形相で構えた棒は、僅かに震えている。
「アレより先に、おいらの気獣の餌になりたいかね?」
「やってみろ。」
「もうやっている。」
クリュエルは肩をすくめた。
気獣は、予備動作を必要としない。必ずしも一撃必殺の威力と精度はないが、その分、数が打てる。そして、かわすことは不可能で。
「乱!」
エミリアの棒の一閃で、辺りの空気が乱れた。
気獣は、軽い。
それだけで、飛翔は乱れる。
「乱絶華!」
エミリアが生み出した気流に沿って炎が走る。
何か・・・・小さな獣の形をしたものが炎に包まれて、出鱈目に走り出し・・・消滅した。
「風の刃なら・・・わたしも!」
エミリアは棒の旋回が、空気の刃を作り出す。
クリュエルの指先が、切れて、少し血が滲んだ。
「おお、怖いねえ・・・」
「波風蘭月!」
無数に生み出された風の刃は、気獣以上にかわすのは難しかろう。これトドメとなるかはともかく、ズタズタに切り裂かれて倒れるクリュエルの姿を、エミリアは確信した。
その彼女の顎を無骨な男の太い指が掴む。
「悪いねえ、嬢ちゃん。」
クリュエルの笑みは目の前にあった。
「おいら、今回総大将になっちまったんで、ちまちまと気獣なんか使ってたんだが、ホントは接近戦が得意なんだわ。」
そのまま、エミリアの顎をひねるように投げ飛ばした。
首の辺りでごきり、と嫌な音がした。
倒れ伏したエミリアは、もうピクリとも動かない。
「さあて。」
クリュエルは戦場を睥睨する。
マッスルにいちゃんは、盾を乱打するのに忙しい。なんのダメージも与えてはいないし、むしろ、自分の手や足を痛めているだけなのだが、圧がすごい。少なくとも構えをといたら、一気にもっていかれそうな勢いがある。
双剣の少女は、二人を相手に見事に立ち回っている。
ここもすぐには決着はつくまい。
後は。
かろうじて、マシューは立っている。
先の傷は・・・・再生していない。
「立っているだけ、立派だねえ。」
クリュエルは、焦る様子もなくゆっくりと歩く。
動けるものは、戦場には彼一人。
擬似吸血鬼に、なってしまった息子ならば惜しい命と親でも思うまい。
「少し気獣を多めに召喚して、骨も残さず、食い尽くしてもらおうね。」
楽しくてしょうがないように、クリュエルは笑う。
「生きてる時もなんの役にもたたなかった坊ちゃん。死んだあとは屍すら残さずに、この世から消えようね。」
そうしながら、ゆっくり、ゆっくり歩く。
この時間を楽しむように。
その歩みがピタリと、止まった。
細い女の手が、足首をつかんでいた。
震える唇が精一杯の声で叫んだ。
「マシュー坊ちゃんをそんなふうに言うな!
言っていいのは、わたしだけだ!
世界中でわたし一人だけだ!」
「おいおい、あの一撃で切れない服があるのかよ。驚きだ!」
クリュエルはいったん足を持ち上げてから、ドロシーの手を丁寧に踏み潰した。
「おいらは、お姉ちゃんの銀のスーツのほうに興味があるね。マシュー坊ちゃんを始末したら、ゆっくり剥いてやるから」
振り下ろした拳は、全力ではなかったがドロシーの意識を飛ばすだけなら、充分すぎた。
当たれば、だが。
顔をひねって交したドロシーの両手が、クリュエルの腕をつかむ。同時に跳ね上がった両足が、クリュエルの首を捕らえ...
「よしっ!さすがわたしの鍛えたドロシー!」
ロウ=リンドが、手を打って叫んだ。
「リンド式サンダーアームロックだあ!」
「あいつだって、体術は相当だよ。」
ルトが指摘した。
「まだ完全に極まってないし、だいたいどこがサンダー...」
クリュエルの体が青い雷に包まれ、痙攣した。
ほんの一瞬。
目から口から耳から。
煙を吹き出して崩れ落ちたクリュエルの意識は完全に飛んでいた。
...
「ああ、こういうサンダーか。」
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