第33話 「たったひとつの冴えたやり方」ってこれなの!?

「多少は、できる。」


鎖帷子の剣士は、顔をしかめている。

エミリアの、一撃は重く、速く、したたかなものだった。

防具がなければ、膝を砕かれていたかもしれない。


「フォーメーションがなってないわ。」


仮面の女は物憂げに、クリスタル球をころころと手の中で転がしながら言った。


「銀のエロスーツのお姉ちゃんは完全な素人、どころか運動不足気味だったし、ムキムキくんもあれは、ケンカ以外に戦ったことってあるのかしら。」



盾の男はため息を、ついた。


「双剣の女は、完全にこちらに、呑まれていた。

道ですれ違っただけの相手を、いきなり殴り倒しただけのような気がする。

後味が安い。」



「さあ、とっとと片付けよう。」

背の高い男の棒がひゅるり、と旋回した。


ここに及んで、やっと。

やっと、マシューが剣をやっと抜いた。

のろのろと。


構えは、突きを主体にしたもの。

そのまま、何度かフォームを確かめるように、突きの動作を繰り返した。


一同に、冷笑が浮かんだ。


ギルド「神竜の息吹」所属の「黒色曲技団」は、鉄級の冒険者パーティであった。

銀級に上がらない(上がれない)のは、いわゆるクエストらしいクエストを消化せず、もっぱら対人戦闘に特化しているためだった。


高いクラスのパーティがそのまま、強いとは限らない。

迷宮探索にせよ、護衛にせよ、単純に「強い」だけではなりたたない。

そして、魔物に対する強さと、対人戦闘のつよさはイコールではない。


「黒色曲技団」の得意とするこの分野は、後暗い仕事も多く、その分実入りもいい。

それにしては、あまり身なりがよくないのは、「神竜の息吹」のピンハネがきついせいであった。


堅い木の棒は、男の意のままに突き、打ち、回る。

風を裂いた一撃は、マシューの首筋に吸い込まれ。


外れた。


マシューの体はふらふらとよろめいている。

そのせいで外したのだ。

当たれば、マシューを一撃で昏倒させていたはずの一撃であった。


「どうした? 昨日の酒が残っているのか?」


仲間の揶揄に、男の顔が紅潮する。


殺しはしない。

と、前もって仲間内では、話をしてあった。


腐っても子爵家の息子だ。


廃嫡同然に冒険者学校に放逐した息子であっても、気が変わって難癖をつけてくるかもしれない。


目的は、勝つこと。


勝利をもって、相手にこちらの要求を飲ませること。


だが、仲間に揶揄された怒りが、旋回する棒の迅さを倍にさせた。

首をへし折らんばかりの一撃が、狙い通りの場所に炸裂した。いや、これで折れない首があったら、その方がおかしい。


ぐらり。


とマシューの体が揺れる。


だが、倒れない。


剣をもっていない方の手が、首筋の棒を掴む。


棒を退こうとするが。



う、動かない。


棒術の男に焦りの色が浮かんだ。

マシューの体躯は、どちらかと言うとヒョロながく、腕も細い。

手も骨張ってはいるが、それほど握力をこめているようには、とても見えなかった。


ふー


ふー


ふー


俯いたマシューの息の音だけが聞こえる。


くそっ!


カシャ


と乾いた音がして、一本の棒は鎖で繋がれた棍へと変化した。


マシューが掴んだ部分以外が、ムチのようにしなり、マシューを打ち据える。



肩を頭を顔を。


いずれも一撃で、相手を昏倒させるに充分な力のこもった攻撃である。

顔に当たれば、鼻はつぶれ、歯は折れ。頭に当たっても肩口に当たっても、骨を陥没させ、砕くだろう。


十発以上の連撃でマシューがようやく手を離す。よろめいて後退したところを、盾の男が、突進した。


シールドバッシュ。と呼ばれる技である。

男の盾は、実は防御用のものではない。完全に打撃用の兵器である。


「ごがあっ!」


獣の叫びをあげて、マシューもまた突進しながら突きを放つ。


突きそのものは平凡だったが、突進の勢いが乗っていた。



盾が砕ける。


衝撃で飛ばされた男はぐるぐると回転して、地面に叩きつけられた。



「ちっ!」


思わぬマシューの抵抗に、鎖帷子の男が、剣を振りかざして襲いかかった。


迎えうとうとするマシューの剣は。




根本から折れていた。




「あちゃーーーっ」


ルトが頭を抱えている。


こんなに早く剣がダメになってしまうことは考えていなかったのだ。



「や、やばいんじゃ、ないか。」


ロウが焦ったように声をかけた。


そう。


ルトはうなずいた。


まさに。



ロウが考えているような意味でヤバい。




血飛沫が舞い上がる。


今までの比ではない。鎖帷子の剣士の逞しく盛りあがった首筋から肩にかけて。

そこは、鎖帷子で守られてはいなかったのだ。


そこに。


マシューが。


#噛みついていた__・__#。



「な、なんだこいつ!」


噛みつかれた鎖帷子の男が、マシューの体を必死に押し戻そうと試みる。


棒術の男の持つ九つに分かれた棍が、その背中を打ち据えるが、マシューは意に介さない。



ずる。


ずる。


ずる。


クチャ。クチャ。クチャ。



「血、血を啜ってやがる!」



「どいて!」


仮面の女の周りをクリスタル球が回転し始めた。


「破邪の光を我に与えたまえ!」


短縮詠唱による聖なる光。



それがマシューの背中を焼く。焦げた煙が上がるのは・・・・そう、マシューがマシューではなく、呪われた存在になったことの証し。



苦悶の声をあげて、ようやく鎖帷子の男から離れたマシューであったが、噛みつかれた剣士の首筋からはいまだに、血が噴き出している。



「くそっ! 止血・・・・いや、間に合わない。停滞魔法を使う。そいつこっちに近づけるな!」



吹き飛ばされた盾の男が、背中から予備の盾を取り出して、立ちあがる。


「なにがどうなって。」


まだ目眩がするのか、額を抑えていた。

そこに、気絶から覚醒したクロウドが突進する。


慌てて構える盾の上から、殴る。殴る。殴りつける。


予備の盾に強化の魔法はかかっていない。

それでも、人間の拳でどうにかなるものでは、ない。ないはずだ。どうにかなってしまうなら、それはもう盾ではない。


殴る拳も無事ではいない


クロウドの手は、皮が裂け血まみれだ。それでも攻撃をやめないクロウドに盾の男がずるずると後退する。


「どけ!」


鎖帷子の剣士が、治療をしようとする仮面の女を押し退けて立ち上がった。

大きく、抉れた肩の傷は、もう血が止まり、肉が盛り上がり始めている。かなり高度な自動治癒術式を持っている。


聖魔法で、背を焼かれたマシューもまた立ち上がる。


正面を向いた顔は、生気を失った死者のもの。品のよかった口元からは牙が生えていた。


「コロ・・・す。おまえは、ドロシーを傷つけた・・・傷つけた。」


全く感情のこもらぬ平坦な声だった。魔道の人形でさえ、もう少し滑らかに話すだろう。


「化け物が・・・・・」


剣士は、剣を握り直した。

不死身性では、おそらくは、彼の治癒術式より、相手が上だ。


なにしろ、こいつは人間ではない。




「吸血鬼にさせたのか。」


アモンの声に嫌悪も恐怖もない。

古竜の一員であるアモンには、人間だろうが、吸血鬼であろうが、似たような生き物の亜種にすぎない。

それでも人間文化に造詣の深い、彼女は、しみじみと言った。


「考えてみれば、たった10日ばかりで、なんの訓練もされていない、なんの才能もない素人を冒険者と渡り合えるようにするには、他に方法はない。


しかし、思い切ったな、ルトよ。」


「人聞きの悪い。」


少年は、手をパタパタと振って言った。


「あれは擬似吸血鬼。いわゆる、しもべというやつです。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る