第32話 蹂躙

エミリアは覚悟をきめた。

全員を。全員をわたしひとりで叩く。


それだけの力が、ある。わたしには。


囲まれるとさすがにマズイ。

まずは、あの先頭の鎖帷子のやつを。


一歩踏み出した時、太ももに激痛が走った。

なにかが、そこを食いちぎっていったのだ。吹き出た鮮血が、膝を濡らしていく。


太い血管をやられた。治癒魔法を発動。出血だけでも止めないと。


気がついたときには、目の前に、鎖帷子の剣士が迫っていた。

打ち下ろした剣の一撃は、地面に転がって避けた。


転がりながら、膝を狙う。リウから習った、死にものぐるいで習得した魔法と棒術を応用した技ではない。実戦で身につけた泥臭い技だ。


だが、有効だ。

したたかに、膝を打たれた剣士が顔をしかめて後退する。


「棒術使いか。ならばオレが相手をしよう。」

エミリアと同様の木の棒を携えた男が歩み出る。


エミリアも構える。


その肩口から再び鮮血。

いや、かわしたのだ。「なにか」に気がついてかわしたのだ。

かわさなければ、首を食いちぎられていた。


男の棒がするりと伸びて、エミリアは腹部を突かれた。

軽い一撃であったが、みぞおちに入った。息がつまり、目の前が暗くなる。

耐久力は人並みなのだ。そのまま、地面に崩れ落ちる。



クロウドが吠えた。

彼が先頭で走り出せばまた展開も違っただろう。

だが、出遅れた。それはこれから挽回する。


体内の魔力が循環する。それは螺旋を描き、増幅し、体を強化し、それは魔力を増幅させる。増幅した魔力は、さらに身体能力を強化し・・・


走りだしたクロウドの目の前に、仮面の女が立ちはだかった。

半分しかない口元が笑みの形につり上がっている。


女であっても容赦しない。というか、この10日間、ぼこぼこにされていたのはアモンという女だ。


雄叫びをあげて、女に躍りかかろうとしたクロウドのこめかみを、なにか固いものが強打した。

魔力で肥大したクロウドの体が、横転して地面に叩きつけられた。




ファイユは、刀をぬいたまま呆然と立ち尽くしていた。

なにが起こったのか。なにが起きているのか。

理解が追いついていない。


ドロシーが、いきなり走り出したと思ったら、あっという間に斬り伏せられた。

自信たっぷりだったエミリアは、相手の棒術使いになすすべもなく、倒され、そしていま、クロウドも地に倒れている。


みんな死んではいないとは思う・・・いや、ドロシーはわからない。遠目ではっきりとはわからなかったが、剣で袈裟懸けに斬り伏せられていた。


あれは致命傷になったはずだ。


相手は全員が無傷。後ろにひかえたマシューは、相変わらず、ぼうっと立ったまま。

戦いに参加しようとすらしない。


わたしが抜かれれば、もうこの戦いは終わり。


いったい、わたしたちはどうされるのだろう。

「神竜騎士団」になにを要求されるのだろうか。


若い女性として、ファイユは最悪のことを想像して身震いした。


ファイユの刀を握る手に力が入る。その力が。

彼女の持ち味であったはずの、なめらかな身体の動きを奪っていた。


目の前に迫った戦士が、丸い盾を振りかざす。

足は。


動かなかった。

ギムリウス先生とあれだけ練習したのに。


構えた刀ごと、ファイユは打ち倒された。




「よしっ」

ルトはちいさくつぶやいて、ガッツポースをとった。


真祖と神獣と古竜が、人外の化け物を見る目で、ルトを見ている。


「いや、みんなが怪我したのはね、もちろん、あれなんだけど。

でも、ここまでは概ね計算通りなんじゃないか、と。」


「でもみんなやられちゃいましたよ。」


ギムリウスが、困ったように言った。


「これは負けちゃうってことでしょう?」


「いや、最初にルールで決まってる。こっちはマシュー、むこうは、気獣使いのおっさんが倒されない限り、勝敗は決まらない。」


「でも、みんな倒されてます。これはもう、ものすごく不利なのでは?」


「そ、そうだ。で、マシューは、あの・・・・」真祖は口ごもった。「あ、でも・・・」


「皆さん、マシューは一撃で沈むと思ってらっしゃる。」


ルトは詐欺師のようなうさんくさい笑顔を浮かべて、一同を見回した。


「だから、誰にも倒した相手に、止めをささずに、マシューに向かっている。


でもみんな、ちょっと倒れただけです。痛みは回復するし、気絶は醒めます。」


「その間・・・」

アモンが呆れたようにいった。

「マシューは持つのか?」


「ああ、たぶん大丈夫だ。」

ロウは、頭をがりがりと掻きむしった。

品位の、かけらもないが、髪の短い少年っぽい顔立ちのロウにはそんな動作も似合っていた。

「たぶん。たぶんなんだけど。まあ、ネイアの腕前次第なんだけど!」


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