第31話 戦いの始まり
決闘の参加者以外、ルトたちも含め、全員は観覧席に戻された。
エミリアたちが、最後の装備のチェックをしているのを遠目に眺めながらも、ルトの表情があまりに暗いので、ロウはつい、声をかけてしまった。
ルトはホントは、怖いヤツなのだ。かつて、彼女の首を刎ねたことのあるフィオリナくらいには。
ルトは大きなため息をついた。
「なにかドロシーの選択に間違いでもあった?」
と、ロウがきくと、
うんにゃ。
と、ルトは機嫌の悪い猫のような声を立てた。
「あれで正解。
いちばん、強いやつはあれで後方に下がらざるを得なくなる。
戦力で劣るぼくらが有利に戦いを進められる、いい選択だ。」
そう言って、またため息をつくので、そうするとロウはこの少年に心を痛めるのだ。
吸血鬼が、誰かを心配して心痛めるなんてことはあるわけがない、と思われているが、ルトやフィオリナは、(以下略)
ルトは彼女たちとは違う。時代を超えて生きているわけではない。
勇者クロノや魔女ザザリのように転生前の記憶を持っているわけでもない。
ただ、異常なまでの魔力値を持って生まれてしまった「だけ」の、まだ16の少年。
体つきは小柄で実際の歳より二つは年下に見える。首も肩周りも細い。少女と見紛うような可憐な顔立ち。
「それじゃあ、なにが不満なの?
ひょっとして今になって、ドロシーが欲しくなった?」
そうロウが言うと、ルトは、びっくりしたように顔を上げた。
「なんでわかるの?」
言われたロウのほうがびっくりした。
「いやあ、細くて華奢で抱きしめたら折れそうで、真面目ぶってて、いやらしいことなんか全然興味ありませんよーって、フリのうまい女子が好みなのかと。
それと、昨日見せた映像が効いて、昨夜は悶々としてたのかと。」
「そう言うのとは少し違う。」
ルトは、膝を抱えて闘技場を見つめる。
視線の先には、ドロシーの姿がある。ようやくスーツにも慣れたのか、体を屈指させたり、大きく反り返ってみたりと、準備運動に余念がない。
「普段はそうでもないのに、追い詰めれば追い詰めるほど、いい判断をする。」
「意外に戦場の指揮をさせたらハマるかもなあ。」
リウが笑いを含んで、ルトの首を後ろから抱き抱えるように締めた。
「外交官でもいい。なあ、ルト。
人って面白いだろ、色んなやつをまわりに置きたくなるよなあ。」
「そこまで、割り切れない。」
ルトは、体を回してリウを見上げた。
「ぼくらと出会わなければそもそも、決闘騒ぎに巻き込まれることもなかったわけだし。」
「その代わり、冒険者学校の試験に落ちてたかもなあ。」
リウは可愛くてしょうがない、とでも言うようにルトが嫌がるにもかかわらず、髪をくしゃくしゃとかき回した。
「我々はやれる限りのことをした。あとは、運命がサイを振るのを見守るだけだ。」
ほんとかあ?と猜疑心の塊のような視線でリウを見上げるルト。
「・・・・まあ、気に食わない目が出れば、運命だってひっくり返すのだが、な。」
これでは勝てない。
エミリアは歯噛みしている。
原因はマシューだ。
他のものは、昨日の映像で大体の能力は、把握できた。本当はコンビネーションの一つも打ち合わせしたかったのだが、個々人の能力の底上げを優先した「踊る道化師」の先達たちの考えも理解できた。
だが、マシューがわからない。
相変わらず、コートを脱ごうともせず、一応、腰に剣は帯びていものの、構えようとはしない。
昨日、みせられた映像の続きのように、ぼんやりと突っ立ったまま、話しかけても意味のある返事は返ってこなかった。
あるいは。
マシューの映像を見た時のリウとロウの驚きようから察するに何かの薬物を投与されたのだろうか。
決闘の時間に合わせて、体力、魔力を一気に増幅するような。
エミリアはそんな薬に心当たりは、ある。
ただ、後遺症が残る。まともな日常生活が送れぬほどの後遺症が。
いや、そんなもの。
エミリアは自分の考えに首を振った。
そんな程度のことで、リウが、真相吸血鬼たるロウが驚くはずがない。
ルトは一体、マシューになにをしたのか。
わからないまま、それでも彼女たちはマシューを守って戦うしかないのだ。マシューが倒されれば自動的に敗北になってしまうのだから。
「おーい!」
神竜騎士団の陣営から、鎖帷子を着込んだ大男が歩み出て叫んだ
「いいことを教えてやる!
開始の合図と同時に、貴族の坊ちゃんをぶっ殺せ。
殺すのに抵抗あるなら、殴り倒して失神させるだけでいい。
そうすりゃあ、おまえらは無傷でここから、解放だ。
最初に、マシューに一発入れたヤツは、『神竜騎士団』の幹部候補生にしてやる。
どうせ、ここには3年はいるんだ。
いい思いができるぜ?
もちろん、卒業して冒険者になったあとも、だ。」
エミリアは言い返そうとして、言い淀んだ。
そういう考え方もありだ。
と、気がついたのだ。彼女自身はリウを裏切る気はないにせよ、ドロシーは?
さんざん、マシューにこき使われてきたはずだ。
あるいは、逆にこのチームに縁もゆかりも無いファイユはどうか。
彼女は失神していて、リウが黄金級冒険者を一撃で昏倒させたのを見ていない。
気がついたときには、ドロシーが歩き出していた。
銀に輝くボディスーツは、亜人の糸で織られたかなり、防御力の高いものらしい。
そして、突き蹴りに魔法をのせるユニークな攻撃方法を使う。。
それでも、彼女はぜんぜん、強そうに見えない。
細い体に密着したスーツも、どちらかというと加虐心をそそるだけで...
慌てて、後ろ姿を追いかけて耳元でささやく。
「おい! 先鋒はわたしがいく!
わたしの棒術なら、攻防一体だし、複数の相手でもそれなりの対処ができる。」
「だったら、そうしてよ!」
うつむき加減で発せられた声は小さい。
相手に聞き取られないような配慮だ。当然といえば当然であるが、生まれてはじめて戦闘を経験する少女に、これは上出来といえた。
「あなたが本当の先鋒になって!
わたしは、囮。」
「おい!」
「ギムリウスの糸の力を信じる。相手が仕掛けてきた瞬間に、後の先をとって!!」
そのまま、エミリアを引き離すように走り始める。
格好のいい走り方ではない。ばたばたと。
運動になれないものがする、フォームもなにもなっていない走り方だ。
慌てて、試合開始の銅鑼がなった。
さきほどの鎖帷子の剣士が、片手剣を抜いて歩みでる。
歩調は、ゆっくりと。
歩くのを見ただけで、手練と分かる。
そんな歩き方だった。
「やああああっ」
やみくもにコブシをふるうドロシーの動きは、完全に素人丸出し。
鎖帷子の剣士は、かわしもせずに、袈裟懸けの一撃を振るった。
ああ、ぁあっ
悲鳴をあげてドロシーが倒れた。
死んではいない。苦悶の声をあげて身をよじるが、立ち上がるどころではない。
「え、え、え、え??」
観覧席のロウが、立ち上がったり座ったり、赤くなったり、青くなったり。
隣に座るギムリウスの目の中で虹彩がくるくるとまわっている。
「なにがどうなって・・・ギムリウス!」
「わたしの糸は、あの程度の剣では、切断できないはずなのです。」訳がわからないといった顔でギムリウスがつぶやいた。「いったいなにが・・・・」
「痛いんだよ。」
ルトがポツリと言った。
「切れなくても、殴られたら痛いだろ?」
「いた・・・い?」
「たかが、そんなことで!」
狼狽する真祖と神獣をよそに、「神竜騎士団」が進撃を始めた。
鎖帷子の剣士を先頭に、丸い盾を持つ戦士、棒を構えた長身の男は、ゆったりとした服で防具は持たず。
顔の左半分を仮面で覆った女は、お手玉をするようにクリスタルの球をポンポンと弄んでいる。
後方からゆったりと歩んでくるのが、ドロシーが倒すべき総大将として指名したクリュエルなのだろう。
見たところ、なにを得意とするのかはわからない。武器と言えるのは、手にしたワンドだけなので魔法をよくするものなのだろうか。
服装は、その辺りの酒場で飲んだくれている職人と変わらない。
革の胴位に、薄よごれたシミだらけのシャツ。
無精髭の生えた顔は、よく言えば男臭く、悪く言えばむさ苦しい。
「おーい、お嬢ちゃん、お兄ちゃんたち。これからおいらの『気獣』がお前らを襲うからな!
つまんねえから、一撃では死んでくれるなよっ!」
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