第30話 決戦の日
ドロシーはフードのついた長いコートですっぽり身を隠していたが、ぼくを手招きするとコートの前を開いた。
昨夜、見たあの銀のボディスーツ。
「ど、どうかな。変かな。みっともなくないか、な。」
みっともなくはなかったが、似合ってはいない。そもそも体にピッタリしたボディスーツなんて、こんな機会でもなければもう一生着ない子なのだと思う。
リウの悪戯でこんな場所に引っ張り出されてしまったが、何がなんでも無事に帰してやらねば、と改めて思った。
まあ、真祖吸血鬼の特訓なんてうけさせられた時点で、「無事」ではないのだが。
「昨日、部屋の鍵、開けてた。来てくれないとは思ってたけど。」
俯いて涙をぽろぽろ流す。
「ルトのまわりってきれいな、すごくきれいな人ばっかりだもんね。
アモンさんとか、ロウさまとか。」
ロウのやつってば、自分を「さま」で呼ばせてたのか。後で文句を言おう。
「リウ君もすごっくきれいな子だよね。それともギムリウスちゃんかな、本命は。」
「パーティの仲間なんだって。」
「わたしは? わたしはなに? なんなの?」
うまくいくと、ドロシー嬢のこんな半裸に近い格好が見れるのも、こんな表情を向けてくれるのも今が最後になるはずだ。
十日ちょっとの付き合いだったが、お別れとなると名残惜しい。
「死なせないから。」
それだけ言って、ドロシーを見つめる。
「絶対に死なせないから、安心して。後のことは終わってから考えよう? いいね。」
ドロシーは、この言葉に何を感じただろう。望んだことからは物足りないのだろうけど。
涙を拭って、ドロシーはコートを脱いだ。
「行ってくるね。見ててね、ルト。わたしのこと。」
絶対死なせない、の中には魂だけ取り出してヒトガタに定着させるという手法も含まれていたのだが、それは言わないでおこう。「死」とあまり違わないような気がするから。
他の選抜メンバーもそれぞれ、用意は整った!
と、言えるのは、元気いっぱいのエミリアと、ひとまわりガタイのよくなったクロウドくらいのもので、ボディスーツに慣れないドロシーはあちこちを触ってみたり、なんとなく胸のあたりを特に見られたくないのか、姿勢が前かがみになっていてあまり、かっこよくは無い。
ファイユは、背と腰に二刀を履いて、ゆったりと歩いている。その物腰、まるで名のある剣豪のそれであって、ギムリウスの指導は決して間違いじゃあなかったとあとで言ってやろう。
ただ、目は死んでいる。
マシュー坊ちゃんは、ロウからもらった、コートで全身をつつみ、フードを、深くおろして俯いたままゆらゆら歩く。
「大丈夫ですか?」
と声をかけると
「ああ!もちろん、こんなに気分のいい日はないよ。、いままでで一番だ。」
と、ぼそぼそと呟いた。
闘技場は円形で、直径が約100メトルはあるだろう。
試験会場に使った時は感じなかったがかなり、広い。
周りは階段席が設けられ、それは八分くらいは埋まっていた。
もちろん、大半は学校生徒や職員だろうが、そうでないものもいる。
さっきから、『神竜騎士団』の団長と、なにやら打ち合わせ中の1団などはまさにそうだ。
風体からすると、羽振りのいいゴロツキかもしくは、景気のいい冒険者だ。
もちろん、この、二つを兼ね備えているってことも、ありうる。
話が終わった団長がこちらに歩いて来た。
リアモンドの刺繍の入った上着は相変わらずだが、その下には胴巻きと胸当てを付けている。
「勝利条件を決めていなかったな。」
噛みつきそうな笑顔で、メイリュウは言った。
「決闘を申し込まれた側の権利で、うちが、決める。
互いに指名したやつが、戦闘続行出来なくなったら、敗北。
これは降参、失神や、立てない程の重傷、もちろん」メイリュウは楽しそうに言った。「『死』も、含まれる。」
一呼吸おいて、続けた。
「我々『神竜騎士団』は、マシュー=アルバートを指名する。」
「そちらの参加メンバーを教えていただけますか?」
ドロシーがさっと前に出た。
やるべきことが見つかると、恥ずかしいとか怖いか関係なく、とそれに集中するタイプだ。
手回しよく、渡された紙を、メガネをくいっとあげて眺める。
「メイリュウさん、あなたのお名前がないようですが。」
「格下にベストメンバーは、さすがにイジメだろ?」
メイリュウがバカにしたように鼻を鳴らした。
「そっちもグランダから来た連中を出してないだろ?」
「でも、この人達は、『神竜騎士団』のメンバーじゃありませんね。」
メガネを光らせて相手を睨みつけるドロシーのかっこいいこと!
「それどころか、在学生ですらないんじゃないですか?」
「貧相な体つきの、お嬢ちゃん。」
メイリュウはせせら笑う。
「教えといてあげる。『神竜騎士団』は決闘において先輩方の助けを貰うことが公式に認められているんだ。」
「それはどうですかね?」
ぼくはめいっぱい嫌味ったらしく、前髪をかきあげながら(参考;マシュー=アルバート)ふたりの間にわってはいった。
「そもそも、痩せてるとかふくよかとか胸が大きいとか小さいとかは単なる個性。
それを好むかどうかは、当人同士の問題であって、他人がとやかくいう問題ではないと考えますが。」
「いや、そっちに抗議するのか・・・・・」
メイリュウの目が「困ったやつ」を見る目になっている。
よし、こっちのペースだ!
あとは、なんとか用意された外部の冒険者の情報を聞き出してやる。
だが、その時、飛び込んできた固まりがある。
メイリュウはその雑な体当たりを喰らうほど、緊張を解いてはいなかったので、軽々とかわし、マシューは無様に転倒した。
ロウがいやいや貸してくれたコートはけっこうボロの年代もので、地面に転げたからと言ってこれ以上ダメになることもないだろう。
マシューは顔を上げた。とは言ってもフードを深く下ろしているので表情はよくわからない。
声はうつろで、淡々としていた。
「ドロシーを悪く言うな!」
低くつぶやくような声で。
「これはこれは子爵家の坊ちゃん。」
メイリュウの嫌味たっぷりの笑いは見事だった。
「いらない家臣の子弟共々、我らの冒険者学校へようこそ。心より歓迎いたしますよ。
この戦いのあと、まだ命があったら、ですが。」
「いらない家臣なんかじゃない。わたしの大事な部下だ!」
「それにしては、この女に随分とひどい扱いをされていたようでは?
幼なじみなんですから、もうちょっと労ってあげればいいのに。」
「ドロシーにひどいことをしていいのは、わたしだけだからだ!」
もうすこし大きな声で男らしく宣言すれば、カッコよかったかもしれない。
実際には、やっと聴こえるような声で、呟いただけ。
すまないなあ、坊ちゃん。
今のあなたにはあまり人間的な喋り方はできないんだよ。
ドロシーは。
びっくりしたように、倒れたマシューを見つめていた。
言ってる内容は、ひどいものだったが。
それでもマシューが自分を特別な関係だと。そうはっきり言ったのだ。
「あなたが用意した
キリリとした顔も、いいね、ドロシー。
「答えたら、あなたはその人を外して指名するでしょう?」
メイリュウは、ドロシーを小馬鹿にしたような態度を崩さない。
「いいえ!」
ドロシーはきっぱりと言った。
「わたしたちはその人を指名します。」
唖然としたように、ドロシーを見つめてから、メイリュウはケタケタと笑った
「バカねえ。もう勝負を捨てたの?
いいわ、答えてあげましょう。
銀級冒険者『千変万化』のクリュエルが、たぶん最も腕が立つわね。」
じゃあ、それで。
と、ドロシーは定食屋の今日のおすすめサラダを頼むような冷淡さで答えた。
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