第29話 決戦前夜 ロウ=リンドとルトの場合

裸のドロシーは、なんというか。

ほんとに。

たまらなく痛々しい。


歳は17だからぼくよりは上のはずだが、とても痩せている。筋肉もあまりついていない。

両手で胸と股間を隠すようにして震えている。


魔王に亜人たちは平然としたものだが、エミリアは顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「ロウ=リンド。」

ぼくは、笑っていた。ロウがびくりと肩を震わせた。いや、変だな。笑っただけだぞ、ぼくは。

「なんの訓練なのかきいておこうかな。殴る前に。」


「よくぞきいてくれた! 彼女の魔法の構築の速さ、正確さはなかなかのものだ! しかし、冒険者としてこれからひとりで階層主と戦ったり、古竜の首をあげたりするにはあまりにも非力だとわたしはふんだのだな!」


ごが。


鈍い音がして、ロウがすわりこんだ。


「いた・・・・い。」


「さすがに我が将来の伴侶は、思慮深く、我慢強い。」

リウが褒めてくれた。

「フィオリナならまず、ぶん殴っている。」


それはそうだが、将来の伴侶? まだ諦めてないのか、魔王どのは。


「それで、裸にした理由は!」

「筋肉の付き方をみたかったの! 別に処女だからちょっとつまみ食いしようとか、ぜんぜん思ってません・・・あ、すいません、ちょっとだけ思いました!」


諦めがついたのか、ドロシーは、手を降ろし、ロウの指示にしたがって、パンチやキック、みたいなことをし始めた。

録画されてるとわかったらしないだろうなあ。すまない、ドロシー、記録は記憶とともに抹消させる!


すでに何日も同じ訓練をしてたのだろう。動きは見る間にスムースになっていった。

身を沈めたり、回転したりしながら、拳、ひじを使った顔への攻撃、高い蹴りは撃てないみたいだったが、本人曰く、まったくのインドアで魔法の勉強ばっかりの日々だったそうだから、そんなものだろう。

それでも、胸の膨らみは見えてしまうし、あと股間の陰りも。


「なぐるなっ!」


なぜわかったんだ、ヘタレ吸血鬼のくせに。


ロウは必死に画面を指さした。

ドロシーの肘打ちは。けっこう様になって。

いや、その肘から氷で出来た刃がはえていた。


氷はほぼ透明で視認しずらい。もし、肘をかわそうとしたり、ブロックしたりしようものなら。


ロウが喉を指で掻き切る仕草をした。なるほど。


拳を炎でつつんでからのパンチ。

後ろ回し蹴りは、一緒に地面から土の槍が飛んできた。(いや、角度的にもとってもやばかったのでぼくはそれどころではなかったのだが)


魔力の出力不足を補うために、武術と組み合わせたのか。しかし、それでも全裸の理由がわからないぞ。


「まさか、と思うけど、全裸に気を取られてるスキにとかいう作戦じゃないだろうね?」


「怖い、ルト。怖い!」


真祖は泣き叫んだ。


「このままじゃ、防御がめちゃめちゃダメだし、再生に回せる魔力もないから。

一発なぐられたら即死だから、防御用のスーツを作らせたんだよ!

動きにあわせてトレースできるように筋肉のうごきまでちゃんと見とかないと、着てる人間の肌のほうがずたずたになる。」



「はい」

とギムリウスが手をあげた。

「わたしの糸を提供しました。」


蜘蛛の神獣の糸、か。少なくとも彼女が生み出した眷属の変異体の糸でさえ、ヨウィスの鋼糸と互角にわたりあっていた。


「で、これがそのスーツをきたバージョンです。」


画面のドロシーは、銀を基調にしたボディスーツを身にまとっていた。


体の線をまったく隠していないので、それでも恥ずかしそうだったが、それを言ったら、アモンよりもだいぶ露出は少ない。

これなら、魔力攻撃や斬撃にもある程度、効果があるだろう。けどさ。

(あとボディスーツにメガネっていうのもよい)


「最初っからこっちだけ見せればいいだろっ!」


「さ、サービスのつもりだったんだよお。」




「さて」

リウが楽しそうに、もみ手をする。

「ルトは、どんなふうに仕上げたのかな?」


ぼくは、鏡を開く。


鏡の中にはマシュー。

薄暗い部屋のすみに、じっと立ったまま。身じろぎすらしない。

手を前にたらして、少し猫背だ。顔は前髪に隠れて見えない。


ときおり、ゆうらゆうら、と体が揺れる。



しばし・・・無言の時間が続いた。


「なにこれ?」

エミリアがひきつった笑い声をたてた。

「見たら死ぬタイプの呪いのなんとか?」


くっ


くっくっくっ


リウが喉の奥で笑っていた。


「そうか。そういう・・・」



ロウがサングラスをはずした。深い藍色の目が目一杯見開かれていた。


「これって。」


吸血鬼が唖然とするところは、ぼくもフィオリナも見たことがあるのだが、そもそも吸血鬼が唖然とすることがあることはなかなか信じてもらえない。

でも吸血鬼だって唖然とするのだ。こういうふうに。


「映像は一昨日だ。やっぱり慣らし、は必要だからね。いまはぐっすり眠っている。明日の惨劇に備えてね。」


「ルト。」

リウがポンとぼくの肩を叩いた。


「なにさ。」


「魔王の座はおまえに譲るわ。」

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