第28話 決戦前夜 リウとギムリウスとアモンの場合
ロウ=リンドの部屋は別棟の2階だった。
寝室とリビングが別!
ちゃんとソファまである!
寝室を覗かせてもらったが、普通のベット以外になんだか棺桶までおいてあった。
吸血鬼のなかには、生まれた土地の土をひいた棺で眠るのが、いちばん健康にいいのだと主張する一派がいて、それ用だと、いうことだが、我らの真祖様にはまったく不要のシロモノだった。
ここに長くいることになるなら、衣装箱にしようと思ってる。
真祖は、そんな俗なことを言いながら、ぼくたちに座るようにすすめた。
「さて」
と、リウが言った。
「まずは、仕上がり具合を見せてもらおうか。
エミリア?」
「はい! リウ。」
神官服の少女が、威勢よく立ち上がる。
そう。
エミリアは、この会合に参加している。
ロウが「#踊る道化師__・__#は集合」と言ったにもかかわらず、だ。
なにかモヤモヤするものをぼくは押し殺した。
「踊る道化師」はぼくが立ち上げたパーティだが、ぼくの所有物ではない。
そして、前にもリウと話したが、メンバーを固定するつもりもない。
目的別にパーティ編成を変えてもいいし、だいたい最有力候補のフィオリナの到着はいつになることやら。
なにしろ、グランダの冒険者ギルドのグランドマスターの座が絡んでいるので、ある意味これは、現当主がしっかりしているクローディア公爵家の後継者問題よりも厄介なのだ。
それにしても、実質こうしてパーティメンバー扱いにするんなら、ひとことくらいくれても。
「棒術と魔術を組み合わせて戦うのが、エミリアに向いているスタイルだと考えた。
エミリア!」
はいっ
と元気よく返事をしたその手の中に、がっしりした木の棒が現れた。長さは両手をいっぱいに広げたほど。つまりかなり長い。
“収納”から取り出した様子ない。
となると。身体の陰に隠し持っていた?
と、したらその技量はすでに達人クラスだ。
リウの右手から数十の光の球が浮き上がる。
「突」
棒がぶれたように見えた。すべての光の球はほぼ同時に消失。一個の突き逃しもなく、無駄打ちもなく。
リウが天井を見上げると、なにもない空間から無数の木の葉が舞い落ちる。
「斬」
棒が旋回した。少女の体を中心に竜巻が起こったようだった。
鋭い刃物で両断されたように、真っ二つになった木の葉が舞い散る。
木の葉の雨は止まない。棒の旋回もまた止まず。
エミリアの足首までが、切り裂かれた木の葉で埋まって、はじめてリウは木の葉を降らすのをやめた。
「乱」
エミリアの棒の旋回は風を呼び、積もった木の葉を再び舞いあげた。
「衝」
棒から走った衝撃波が、木の葉を微塵砕く。
「炎」
棒の両端に灯った炎がそれを一斉に燃え上がらせた。
「滅」
燃え上がり、灰となった木の葉が、彼女がくるりと回した軌跡の描く暗黒円に飲み込まれていった。
「すごいな。」
ぼくは、素直に賞賛した。技そのもの、ではない。
完成度の高さだ。
けっこう広めとはいえ、寮の室内で身長ほどもある棒を振り回し、さらに衝撃波を飛ばし、木の葉を燃やした。
だが、部屋の調度品に被害はゼロ。そばに座るぼくらにも微風ひとつ感じられない。
「えへへ。
ルトにそう言ってもらえてうれしい。」
かなりの時間、あれだけの技を繰り出したにも関わらず、エミリアはわずかに頬を紅潮させただけだった。
「あらためましてよろしくね! リーダー!」
来るなあ。ぐいぐい来るなあ。
しかもかわいい。
「断っておくがエミリアを口説くのは、当面禁止だ。」
リウがやや冷たい口調で言った。
エミリアが、エヘっと笑って隣に立つ。
「もう、リウったら。」
「エミリアの力は神の加護による、かなり、発動条件の厳しいものばかりだ。
かなりワガママな神さまらしく、なにが加護に値するのかが、さっぱり分からない。
当面、吸血もふくめた肉体的接触はさけること。」
そう言われながらも、エミリアは、リウの胸に顔をくっつけようとする。
相手が、成人男性で身長差があればうまくできたのだろうが、ほぼ同じ背丈のリウがあいてでは、エミリアが少ししゃがむ感じになってあまりしっくりきていなかった。
「今の基本技をベースに、組み合わせで18通りの技をしこんでいる。」
リウは、エミリアのスキンシップを積極的には避けようとせず、その、髪を撫でてやっていた。
「自動治癒のレベルは低い。できれば打たれずに打つ、で戦いたいな。」
「リウは指導も上手いのです!」
ギムリウスは、黒い手鏡を、取り出した。縁のほとんどない長方形のガラス片だった。
数日前、ぼくもリウから渡されている。
動く映像や音声を記憶できるという、ウィルニア特製の「鏡」だった。
「わたしはどうも、ダメなのです。」
神獣少女はしょげたように小さな声で言った。
目の前にいるのは、あくまで人間によせて作られたヒトガタだ。
だが、感情表現などは、ギムリウスなりにかなり正確に理解していて、不自然なところはない。
つまり、表情通りにギムリウスはしょげていたのだ。
鏡に手をかざすと真っ暗だった画面に、映像が映る。
肩当てに心臓部分だけを覆う簡素な革鎧の少女。
名はファイユ。
背は小柄な方だ。あるいは15歳という冒険者学校への入学推奨年齢よりもひとつふたつ、下かもしれない。
剣は、二刀。反りのある片刃の剣は東粋のそれを思わせるが、柄や鍔の拵えは、西域風だ。
ラウレスに挑んだときは木刀一本だったのだが、こちらが彼女の本来のスタイルなのだろう。
構えはとらない。
ゆるやかに歩く。前後に。左右に。ときに円を描き、体の向きをかえながら、あくまでもゆるやかに。
ぼくは舌をまいた。
彼女の動きがよめないのだ。
ある程度の体術、剣術を極めれば、相手の筋肉の緊張、力のかかり具合、体重の移動から、相手の次の動作がよめるようになる。
ぼくの歩法などもその裏をかくことで成立している技なのだが・・・・
それは歩くというよりも、まるで水面をすべるようだった。
北のクローディアで、凍った湖面を、歯の付いた靴ですべって遊んだことがある。スケートという。
彼女の動きはどこかそれに似ていた。
「とお」
ギムリウスの掛け声は下手くそである。まるで気合がはいっておらず、きいてるほうの気が抜ける。
ただ、突き出された白い剣は、彼女の魔剣グリム。
呪詛を流し込む目的でつくられた、世にもたちの悪い魔剣である。年を経た蜘蛛の神獣の骨格から作られる伝説級の代物なのだが。
ああ、そうだ。ギムリウスはいくらでも作り出せるのだ。
かすり傷でも容易に死に至らしめる。
回復魔法も極めて効きにくい。解呪の呪文?
グリムの傷のもたらす激痛の中で、魔法を構築するのは不可能だ、とされている。
それが、ファイユの小柄な体めがけて突き出された。避けようもないタイミングで。
だが、切っ先がふれた瞬間、それにおされたかのように彼女の体が、ふわりと移動する。
「やあ」「えい」「とおとお」「うぇい」
ギムリウス。
掛け声のしかたはちゃんと習おう。
しかし、切ろうが突こうが。ファイユの体は、その方向に「押される」だけだ。まったく傷をうけることはない。
まったく?
そうまったく。
呪剣グリムのもたらす傷の痛みを知らないな。かすり傷でもとんでもなく痛いんだぞ。
「初日に、うっかりファイユを真っ二つにしてしまいました。」
ギムリウスは悲しそうに言った。
「治せたのですが、それ以来傷つくことを異常に怖がるようになってしまいました。
なので、それからは傷つかないためのお稽古ばっかりです。
ほんとはこの移動は、足が二本しかない人間には、不向きなのですが。」
なるほど。人間の足に加えてパニエの骨組みを脚に使える(というか脚なのだが)ギムリウスの歩法を短期間で、ここまで再現できたのだから、ファイユの才能は並大抵のものじゃない。
「よくがんばった、ギムリウス。」
とぼくが褒めると、ギムリウスはうれしそうに笑った。いかん、ちょっとかわいいとか思ってしまう。
動く城塞のごとき本体を知ってるのに。
「次はわたしだな。」
アモンが、鏡をひらいたとたん。
すさまじい爆音が鳴り響いた。
部屋の調度におかれた棚の壺がゆれたのだから、音、というよりは衝撃波、だ。
「爆発系の破壊魔法か?」
「なにを言う。」
アモンは笑った。
「これは拳の打撃音だぞ。」
画面の中は巻き上がる土砂、砂埃で正直なにも見えない。
「どこで、なんの訓練をしてたんだ?」
「うむ。歪曲結界をはって、終わった後に『巻き戻し』をかけておいたから、支障はないはずだ。校内の適当に空いてる闘技場を使ったがな。」
「で。なにをしてるの? これ。」
「鍛錬というのはだ、な。」
牙をむき出して古竜が笑う。
「実戦あるのみ、なのだ。」
そういう考え方もあるか。でも、竜を相手に?
「わたしが、それなりに手加減してやれば、問題はあるまい。けっこういい感じに仕上がったぞ。」
土煙の中から、クロウドが突進してきた。
雄叫びをあげながら、突き出した拳が画面いっぱいに広がったところで映像は終わった。
「な、いい動きだろ。わたしに一発いれたんだぞ?」
「・・・・で、どうなったのかきいていい?」
「うん。中指と薬指を骨折だ。それはサービスで治癒魔法で治してやったから、明日は完璧だ。」
よし。
古竜になにを言っても無駄だ。
「次はわたしだな。ちょっと、ルトには刺激が強いかもしれないが・・・・」
ロウが、鏡に指をすべらす。
鏡の中ドロシーは。
全裸に剥かれていた。
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