第27話 真祖とはなにか

「至高なる御方様。」


ネイアがまた土下座している。


クラスの全員が、半笑いでそれを眺めていた。

周りがひくから、止めさせたいのだが、聞いてみたらそれを「しない」ことのストレスのほうがひどそうなので、もう、好きにして。


「おう、ネイア先生か。直答を許すぞ。ちこうよれ!」

「ははっ!ありがたき幸せ!恐悦至極にございまする。」


ぼくは一昨年、グランダで流行ってた「バカ殿」ものの、歌劇のワンシーンを思い出していた。

王立学院でははやばやと鑑賞禁止になったお色気コメディで毎回、乳が無駄にでかい侍女たちに殿、がいろいろとご無体なイタズラをするシーンが大人気だった。


ぼくは、フィオリナと観に言ったのだか、そのあといろいろと話しをして「無駄に乳の大きな女はその分頭も軽い。」という、結論に達した。というか無理やり達したことにさせられた。



無駄に、とは言わないが乳の大きなネイア先生は、もう少しスレンダーだが胸の形のいいロウの足元にすがりついている。


「なにとぞ、なにとぞ、午後の授業にご出席賜れませんでしょうか。至高なる真祖さま!」


靴を舐めさせてくださいっ!

とは言わなかった。言わずにもう舐めている。


クラスメイトが「真祖」の意味を間違えないか、心配だ。

「真祖」は断じて、バカ殿さまでもSM倶楽部の女王さまでもないのだ。


親吸血鬼の存在なく、自ら吸血鬼の因子を覚醒させ、吸血鬼となったものが真祖と呼ばれる。

親に作られた吸血鬼とは異なり、遺伝的な弱点はなく、不死身の体と強大な魔力。そして従属吸血鬼を作り出すことで吸血鬼軍団を作り出すこともできる。

真祖、は神祖ともあてる。


ではどんな感じが真祖に相応しいのか、そう問われるとたしかに困る。

イメージはあるのだが、さすがにぼくだって、真祖はロウとラウルくらいしか知り合いがいないのだ。

(ラウルはラウルでロウ以上に問題行動が多い。)




とにかく、ロウ。あなたは当代の西域における真祖の代表として行動しているのだから、もう、ちょっと、その、あれだ。


あの。


その。


もう、好きにしろ。


「心配しなくてよいぞ、ネイア。」

女王さ、ちがう、バカ殿、ちがう、真祖はやさしく微笑んだ。


「明日はいよいよ楽しい決闘の日だ。特訓は今日の午後で終わった。」

「はっありがとうございます。」


ありがとうかな。結局、リウたちのやりたいようにやっただけだが。


「よしっ!ではホームルームは終了だ。

『踊る道化師』のメンバーは夕食後わたしの部屋に集合。明日の打ち合わせを行う。参加メンバーは今日はゆっくり体を休めること。

以上だ!」

ロウが高らかにそう宣言してホームルームは終了。


担任が生徒の靴を舐めて終わるホームルームがどこにある!

クラスメイトのなかには「学校」がはじめてのやつもいるはずだし。

ギムリウスあたりがホームルームを間違って覚えないか心配だ。


「大丈夫です、ルト。」

ギムリウスが力強く言った。

「これは真祖吸血鬼ロウ=リンドがいるから起こった特殊な例です。

そして真祖の個体数が少ないことも理解しています。」



ギムリウスは「真祖」そのものを誤解した!


リウは、リウ組のものたちと。

ロウや、アモンはそれぞれの取り巻きと。


てんでに夕食を食べている。


ギムリウスは食事については気まぐれである。もともと定期的に食事をとる習慣がないのだろう。




ぼくは、ドロシーとご飯を食べた。


スープまで噛みしめるように、ゆっくりとドロシーは、スプーンを口に運ぶ。


「よかった。」


突然、スプーンを取り落として涙ぐんだ。


「もう、もう会えないかと思ってた。」


「そんなことはないでしょ。あれでロウは真祖の吸血鬼なんだからさ。」


「血を吸われたら、もうわたしはわたしじゃなくなるわけでしょう?


…わたしのところは、ランゴバルドでも保守的なうちなの。

聖光教だし。吸血鬼は怖いし、けっこう偏見もある。

そ、その吸血鬼ってし、し、しょ」


顔を真っ赤にしてスプーンで空に絵を描く。


言いたいことはわかったが、その絵がなにを意味するのかはわからない。


「ただの伝説じゃないか? ロウと一緒に旅してても一度もそんなもことは」


「え? それじゃ、ルト、も?」


大きなお世話だ。

ぼくにはそれはそれは恐ろしくて、愛しい婚約者がいるんだよ!


ドロシーは別れ際に、今夜一人で眠れるかなぁ、などと聞こえるような、独り言をつぶやいていた。


どういう意味かわからないほど、マジメではないが、ぼくはなにより「面倒なく生きる」ことを優先する主義なのだ。


何はともあれ、明日を生き残る。そのあとのことはそのとき考えよう。

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