第26話 ランゴバルドの闇
ランゴバルドの総人口は、100万を超える。
首都であるランゴバルドは、西域でも有数の大都市である。少なくとも市街地は、上水道、下水道があり、「電気」による明かりは隅々まで普及し、これは北の未開の王国からやってきた冒険者志願の者たちが見たら、夜でも昼間のようだとため息をついて感嘆するだろう。
実際に、この街、特に繁華街は不夜城と化している。通常の歩行のための街灯ばかりではなく、それぞれの店が看板や入り口に電飾を張り巡らせ、日が落ちても客足が途切れることはない。
通常の物販を扱う店だって、開いているが、やはり夜も更けてくるとにぎやかなのは酒を飲むところだ。
値段はピンキリ。
安い店は、なんだかわからない合成肉をさっとあぶったものに、酒精が強いだけの酒がついて、40ダラー。共和制をひく国のように「最低賃金」などという概念はもちろんないが、まともな仕事ならば、約1時間の労働でかせげる金額である。
この日、「神竜騎士団」のメイリュウが足を踏み入れたのは、「ピン」のほうだった。
豪華なシャンデリアが輝き、絨毯は、北のクローディア製の毛足の長い逸品で、朱を基調に華やかな模様が織り込まれている。
「いらっしゃいませ、メイリュウ団長。」
深々と礼をして、迎えた女性たちは、髪を高く結い上げ、衣装はそろいもそろって、採寸を間違えて、上半身分の生地が足りなくなったかのように、惜しげもなく肌をさらしたものばかりだった。
例えば、実直な北の国の冒険者志願の者が連れてこられたら、目を回すか、「ふしだらなっ」と怒りだしそうな。
そんなこぼれんばかりの乳房を左右から押し付けられるようにして、メイリュウは通路をすすむ。
男性ならば至福のひとときであるが、あいにくとメイリュウは女性だった。
奥まった一室のドアが開かれ、同じように両脇に美女をかかえた男たちが、メイリュウを迎えた。
「よう、遅かったな、メイリュウ。」
中央の真紅のソファに、腰を降ろした偉丈夫は、したたかに酔っていた。
手は、まわりの美女たちの胸や腰を這い回り、女達が嬌声をあげるのを、にやにや笑いながら眺めていた。
「いろいろと。」
メイリュウは、つぶやくように言って深々と頭をさげた。
「いろいろと手間取りまして。」
「まったくだな。」
隣のテーブル。膝の上に女を座らせた痩せぎすの男が、そう言って、メイリュウを睨んだ。
「たかだか、役職もなくなったババアのタマ、取るのにいったいいつまでかかってやがるんだ?」
「よせ、ボルガ。」
偉丈夫が止めた。
「メイリュウもきっと今日は良い知らせをもってきてくれたに違いない。まずは話をきこう。
座れ、メイリュウ。」
はい、と答えて、メイリュウは男の正面ソファに腰を降ろした。すかさず、彼女をここまで連れてきた美女たちが脇にすわる。
「ルールスは相変わらず、自室から外に出ようとしません。部屋、のみならず、屋敷全体がトラップだらけです。
加えて、ネイアがべったりと着いています。寝泊まりも同じ屋敷内でしているようです。」
「ん、なこたぁ、わかってんだよ!」
ボルガと呼ばれた痩せた男が怒鳴った。
「そっから、どうなった。なんか打開策は見つかったのかよ。」
「ネイアを排除できる方法がひとつ、ございます。」
メイリュウの表情は固い。緊張している、というより、この雰囲気が苦手なのだ。発達しすぎた乳も、厚化粧も、香水の匂いも。
「ほう? いまさらか。まあ、いい。聞かせてみろ。」
「先般、ギルドの受付に連れられて、北から冒険者志願のものたちがまいりました。」
「ふん、珍しくもないな。それで?」
「うちひとりが、『真祖』の吸血鬼なのです。」
「はあ?」
ボルガが素っ頓狂な声を出した。
「そんなもんが、このタイミングでほいほい現れるのかよ。間違いないのか?」
「ネイアが教室で彼女に跪いたそうです。」
「なるほど、な。真祖は吸血鬼の中でも別格の存在。真祖である、というだけで並の吸血鬼は、逆らうことはできねえ。
こいつは面白い。
で、その真祖をこっちに抱き込めそうなのかい?」
「それがいささか、難航しております。」
「ケッ」
ボルガが吐き捨てた。
「グリード、やっぱりこいつはダメだ。その貧相な胸でも押し付けて色仕掛けでもなんでもしてそいつをたらしこめ。」
「かのじょ、と言いました。」
「ああ、」ボルガは口をパクパクさせた。醉いのもあるのだろうが、相変わらずの無能の腰巾着。メイリュウは心の中で吐き捨てた。
さらに補足すれば、別にメイリュウの胸は貧相ではない。
「十人ばかりでつるんで、脅しをかけてみましたが、ネイアに邪魔をされました。裏で処女と童貞の見目のよいものを二十も食わせてやれば、こちらに抱き込めるかと思ったのですが。」
「二十でダメなら、三十でどうだ? 吸血鬼は生き血には目がないはずだろう?」
「どうも、真祖クラスはそういうものではなさそうです。
それに、なんの手を打つ間もなく、やつらから決闘を申し込まれました。」
「やつら?」
「やつのパーティメンバーです。竜人ひとりに見たこともない亜人がひとり。ガキ二人は十代の半ばにみえますが、腕のいい剣士のようです。」
「なるほど。」
偉丈夫は面白そうに言った。
「わかってやってるなら大したもんだ。決闘を申し込まれてしまうと、決闘日までやつらに接触できねえ。」
メイリュウは頭をさげた。ご明察。すくなくともボスは、酒にも女にも酔ってはいない。酔っているとしたら。
「で? そいつらを決闘で叩きのめして言うことをきかせる、とそういう筋書きかい?」
「やつらは、自分で決闘には出てこないのです。」
わけがわからん。という顔で偉丈夫は、メイリュウを見つめた。
乳房を掴む手に力を込めすぎたのだろう。左側の女が苦悶の声を上げたが、偉丈夫は気にも止めない。
「どうも、同じクラスになった新入生どもから選抜したメンバーを鍛えてるようです。」
「だったら、なおのこといいじゃねえか。そいつらをぶち殺して、やつらに責任を取らせろ。ネイアに動くな、と命じさせるだけなら、別にそいつらもルールスに義理はねえんだ。適当に利のひとつもぶら下げてやれば応じるだろう?」
「ひとを」
メイリュウは頭をさげた。
「ギルド『神竜の息吹』から腕利きをお借りできませんか?」
「いや、そのクラスメイトどもも、真祖に竜人なのか?」
「いえ・・・子爵家のボンボンにその取り巻き、あとは剣士と神官の女です。」
「・・・まあ、貸せと言うなら貸すが。高くつくぜ。1000万ダルだ。」
「承知いたしました。」
もう一度、メイリュウは頭をさげた。
この男が酔っているのは権力だ。くだらない。そんなものは命のやりとりにはなんの役にもたたないのに。
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