第24話 たったひとつの冴えたやりかたなんて、絶対言わせない

ぼくらは、そのまま夕食を食べて(今日のメインはローストチキンだった)さあて、と腰をあげたが、マシューとは寮も同室だ。

さすがに、思い出話はおなかいっぱいだったのでどうしたものかと悩んでいると、ネイア先生が呼びに来た。


「ルールス先生がお話しがあるそうだ。」


「毎晩、教官室に呼び出しもどうなんだか。」


「先生は、あそこからは出にくい。文句を言わずに来るんだ。」


学食を出て、人影のない廊下に入ったところで、ネイアは体を擦り寄せてきた。


「申し訳ありません、ルトさま。級友の目がある所ではあまり、あらたまって話すのもよくないかと思い」

「ち、ちょっと」


あまりベタベタされても、まずい。あんた教官でしょ。

押しのけようとしたヒジが柔らかいものにふれる。


ネイアの緑の瞳がささやいた。



うふふ、どう? もっと好きにしてもいいのよ!


言葉も念話も使わずに意思の伝達ってこんなにカンタンにできるんだあ。


あらたな魔道の真髄に達したような気がする。

そもそも、ぼくの構築したこの魔法は「血を吸った」吸血鬼を「吸われた方」の従属下におくもので、ぼくはある種、魔物をテイムするような効果を発揮するものだと思っていた。

だが、これではベタベタである。


まるで自分がたちの悪いジゴロにでもなったような気がして落ち込んだ。


「まずは、ルールス先生の話しをきこう。」


かなり、容赦なく体を擦り寄せながら、なんとなく、首筋をアピールするネイア。

噛んで欲しいのかもしれないが、ぼくの歯並びには牙は備わっていない。



「リウはなにをやっているのだ?」


部屋に入るなり、挨拶もなく、ルールス先生は、そう、聞いてきた。

ぼくが、少々あっけにとられて、黙っていると、ネイアに、ルトをしゃべらせろと指示した。


なるほど、ぼくがネイアに隷属したと思ってるから、この態度か。


「ルールス先生にお話しするような方向でよろしく。」


むちゃくちゃ不自然なフリをうけて、果たして普通にしゃべっていいのだろうか。


「なるべく自然に話すように。」


なおさら、話しにくいわっ!



「『神竜騎士団』とか言うやつらに、学食で絡まれました。」

横にたつネイアをちらりと見る。

「ネイア先生...ネイアさまに助けていただきましたが、ルールス先生にはつくな、と念をおされました。」


ネイアさまと呼ばれてネイアは居心地悪そうだった。ざまあ。


「それでリウが怒った、ということか?」


「食べかけの朝ごはんにお茶をかけられ、台無しにされましたが、本当に怒ってたのは、アモンです。」


「アモンが?」


「彼女は竜人で、リアモンド、その、リアモンドを信仰してますので。」


「神竜妃リアモンドをか。ああ、それであの刺繍に。」


合点がいったという風にルールス先生は頷いた。


「宗教がらみの怒りは、遺恨を残しがちだ。決闘という形式にもっていったリウの判断は間違ってはおらん。

だが、なぜリウやアモンが自ら戦わないのだ?」


「アモンが怒りに任せてやりすぎる危険があります。」


「ふうむ。竜鱗とブレスを操る竜人、か。」

ルールス先生は、背もたれに体重をかけて天井を見上げた。ぎいっ背もたれがきしむ。

「それはそれで、『神竜騎士団』と良い勝負になるような気もするが。まさか古竜なみの力をもっているわけでもあるまいに。」


「かの黄金級冒険者ラウレスのことを、アモンが『育ちすぎの蜥蜴』呼ばわりしてたのをお話ししたと思いますが」


ルールス先生は、たぶん「目を丸くした」のだと思う。そういう表情だった。だが、目はサングラスの奥だ。


「要するにそういうことです。」


ルールス先生は、ネイアを睨んだ。


「ネイア! ルトに支配は効いていおるのか!?」


「そ、それはもう!」

吸血鬼が冷や汗をかくのは、ぼくやフィオリナにとっては当たり前のことなのだけれど、どうもあまり知られていない現象らしい。

「一周回って、もうわたしの方が支配されちゃってるかなあ、なんてくらいに支配しております。」


「ならいいが。」

ルールス先生は再び、ソファーに身体を沈めた。よく見れば顔に疲労の色も濃い。

学長戦からずっと閉じこもっているのなら、半幽閉生活は数ヶ月におよぶはずだ。


「逆に入れ込みすぎて、ルトを本当に吸血鬼化させたりするなよ。

もし本人がそんなことを口走っても、いったんすべての影響を排除した上で、わたしの立ち合いのもと、決める。」


「吸血鬼化するには、わたしの血を与える必要があります。隷属下に置くのとはまったく違うプロセスなので。

ただ、あまりに連続して吸血すると、肉体的精神的にわたしへの依存が恒久的なものとして固定されてしまう恐れがあります。


吸血鬼にならないまでも、その僕として、常人超える怪力や回復力を発揮できますが、それは依存度と比例しますので。」



「ふむ。

いまのルトの依存度はどの程度なのか?」


「ええっと」


緑の瞳が助けてくれと訴えたが、ぼくは無視した。


「ぜ、ゼロ…」


「はあ!?」


「一周回ってゼロくらいにぞっこんなのです。」


どっちがどっちに。

は言わぬが花、か。


「よくわからん。」

ルールス先生は匙を投げた。

「判断はおまえに任せる。ただ、あのロウ=リンドという真祖がわたしの生命線だということはよく理解しておけ。」



この夜はこのまま、解放された。


また例の木立に差し掛かったとき、ぼくはネイアにそっとささやいた。


「右の針葉樹の影にひとり、見てる奴がいるから、眠らせて。そのあと障壁を。」


ネイアの深い緑の瞳が、紗光を放つ。


「おまえはわたしたちを見失った。しかたないので帰ってそのまま寝た。」


「仰せのままに。」


人影はうつろな目のまま、ゆっくりと立ち去った。


「魔法科の職員だ。」ネイアは吐き捨てるように言った。「『神竜騎士団』のご意向は教職員にも及んでいるということです。」



ネイアは指で印を結ぶ。音も映像も漏らさない障壁が立ち上がった。

魔術も腕は悪くない。

悪くはないが、襟首をひろげて潤んだ目をするのはやめろ。


「お願いします、マスター。わたしをあなたさまのものにしてください。」


「そっちがその気でも、別にぼくはあなたに噛み付いたから、ぼくのものしたとかいう感覚は全然ないんだけど。

野生動物のマーキングじゃあるまいし。」


「そんなあっ!」


「そんなことより」


「『そんなこと』扱いにされたあ!」


「頼みがあるんだけど。」


「頼み?」


ぼくがネイアにお願いしたいことを話した。

吸血鬼が青ざめるってことは、ぼくやフィオリナはけっこう見かけることはあったのだが、あまり知られていない現象らしい。


やや、間をおいて、ネイアは頷いた。


「できるはず、です。やったことはないけど。よくそんなこと思いつきますね。」




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