第20話 朝食戦線異常なし

「ギムリウス! それは手紙と言って食べるものではない。」

「そうなのですか。でも植物の繊維でできているようです。こっちの酢漬けにしたお魚とよく合います。」


ギムリウスもアモンもロウも、一応はこの学校の制服に身を包んでいる。

アモンは、勝手に制服の腕を引きちぎって腕をむき出しにしている。胸が苦しいのか、ボタンをふたつみっつ、よっつ、いつつ谷間が見えるところまであけていた。


ロウは、そこにいくと無難である。サングラスとストールは手放せないが、まわりを見ても制服、もしくはその残骸を体のどこかにまとっていれば、服装の規定はそううるさくはなさそうだ。


ギムリウスは、スカートではなくパンツを選んでいる。彼女がヒトガタを何歳くらいをモデルに作ったのかはきいていないが、まだそんなに凹凸のない少女の体つきだ。

ジャケットとパンツだと男女の区別がつかない。もともとギムリウスに性別などないのだから、これでちょうどいいのだろう。


問題は、パニエだ。あれは衣装ではなく、ギムリウスの脚を変化させたものである。どこに締まっているのかと思ったら、人体部分の「足」にそって折りたたんでいるそうだ。なんとも便利なパニエである。


「ギムリウス、その手紙はたぶんラブレターといって、おまえとの個人的な付き合いを要求するものだ。」

リウがなんとも複雑奇怪な言い回しをしたが、このくらいでないとギムリウスには理解できないだろう。


「ちゃんと読みました。個人的なお付き合いの意味はわかりませんが、ルトやフィオリナのような関係を望んでいるのだと判断しました。」

かわいい口が、もしゃもしゃと手紙と酢漬けを咀嚼する。

「力をつけたら“試し”を行おうかと思います。いまやったら、マシュー坊っちゃんが死んじゃうので。」

「相手はマシュー坊っちゃんかいっ!

それにしても美味しいのか、それ。」


「インクの香りが微妙にアクセントになって美味しいです。読み終わったら食べてはいけないものですか?

教室とかに貼り出したほうがよかった?」


わあ、いじめだ。神獣のいじめ。


クラスが別になることも多くなるだろうし、なんとなく、リウとアモンとロウはそれぞれの取り巻きが確立しつつあるようだった。

寮も亜人さんたちとは、別部屋だし、朝ごはんくらいはいっしょに取ろうということになって、ぼくらはいま、学食の隅っこに陣取っている。


ロウがずずずずぅっと品の悪い音をたてて、野菜ジュースをストローで吸った。

機嫌が悪い。

もちろん、ぼくのせいである。

ぼくの首筋の噛み跡を見たロウは、ちょっとパニックになり、そのまま傷口に噛みつこうとして、朝の食堂を騒がせたのだ。


噛み傷をひと目見て、ロウは、それがネイアのものだと気がついたらしい。

ロウがとっさにやろうとしたのは、噛み傷の上から噛みつくことで、「主」となる相手を変革する。「双主変」という高位の吸血鬼にしかない技だそうなのだが、ぼくがネイアの主になったことを告げると顔色を悪くした。

「・・・・まさか、ほんとにあったのか、その魔法。」

「フィオリナから聞いてたよね?」


それでも不満げに食べ物をろくに口にいれずに、ジュースだけをとり、ストローでぶくぶくしたり、音を立てて吸ってみたりしていじいじしてるので、隣の席に移った。


「まだ、なんか気になるの?」

「・・・わたしたちが吸血するのは、食事じゃない。もっと・・・その、人間でいうところの性交渉となんらかわらない。」


そういえばそんなことは前にもきいたような気がする。

「原種」と呼ばれる吸血鬼が滅んだ理由がそれだとされている。性交渉をしないでお互いの血をすってばかりいたら、さすがに吸血ではこどもができないので、不老不死の彼らも個体数が徐々に減り、消滅したのだと。


「ルトはアレか。フィオリナに気を使って、リウやわたしの誘いは断るくせに出会った翌日に格下の吸血鬼には、身を任せるのか!」


「いや、その言い方はアレだよ。だってぼくはそういうつもりはないんだし。」


「それは、言い訳だ! さきっぽだけだから浮気じゃないとかそういうたぐいの言い訳だ!」


まわりで食事をしていた学生がギョッとしたような顔でこっちを見ている。

あのさあ。まわりはほとんど十代。ランゴバルドの道徳観念がどの程度かしらないけど、たぶん半分以上は未経験だよ?

朝食の会場で、真祖がさきっぽとか口走るかなあ、しかもけっこうな美人なんだ、ロウは。


どうん!

重い音をたててテーブルが揺れた。

リウの目の前に叩きつけられたこぶしがその犯人である。


「どいてもらおうか?ひよっこども。」


冒険者は、そう言ってにやあ、と笑った。


「ここは、オレたち『神竜騎士団』の指定席に決まってるんだ。」

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