第19話 吸血鬼の従者

「リウのあれは王の器だ。」

と、ルールス先生は断言した。


「まったくです。」

ぼくも大賛成だった。


だが、考えてほしい。人の世に王の器をもって生まれるものは、それなりに、いる。

問題は「王のポスト」がそんなにないことなのだ。

王の器を持たない王は、気の毒ではあるが、そこは家臣たちがなんとかすればいい。


「お主は、お目付役というところか。能力重視で亜人で組んだパーティでは、軋轢も起こりやすいだろうと、クローディア公あたりがつけた人材か。」


「王」でもないのに「王の器」を持ってる方が、社会に迷惑だったりする。


ぼくは何も答えずに笑って見せた。


「もし、そうならば頼みがある。」


「学長戦の話でしたら、ぼくらには無理です。」


「票読みと買収の話を、手伝えといっている訳ではないぞ。」


ルールス先生は、再びデスクに腰を下ろすと、頬杖をついた。

外見だけ見れば、20代の女性に見える。異様な輝きを放つ「真実の瞳」を除けば、けっこうかわいらしい顔立ちであることに気がついた。


「なら、幟と看板を持って校内を練り歩きましょうか。

『ルールス教官を学長に! 清き一票をお願いいたします。』」


「おまえたち、王制の国に育ったものが、共和制をとる国に対する偏見があるのはわかる。

確かに、選挙という制度はそれだけで、社会に負担をかける。

たかだか、学長選挙でこの有り様だ。これを国全体でやったとしたら。」

「もっともうまく行っている直接民主主義は、古竜たちですよ。

あれは、すべての個体が知性を獲得していて、しかも個体数が少ないから使える。」


「しかもひとつひとつの個体が強力だし、な。

人間は、あまりにも弱い。買収だってあるが、それ以上に暴力や脅迫には簡単に屈してしまう。

わたしの頼みは今のところはひとつ、だ。


現学長ジャンガ=グローブ派からの依頼があっても断ってほしい。」


「向こうは、学長戦に勝ってるんですよね。今さらなにを?」


「学長戦に勝つために、やつらはやり過ぎた。その後ろ暗いところの証拠をわたしが握っている、と思ってる。」


「実際には?」


「持っておったら、とっとと、奴らを学校から叩き出しておるわっ!」


ルールス先生は、手の甲でデスクをリズミカルに叩き出した。

これが、彼女のイライラの表現なのだろう。


「向こうは、わたしを物理的な意味で抹殺するつもりでおる。わたしはほとんどここに閉じこもりっぱなしだ。ネイアは、空いている時間、すべてわたしの護衛についていてくれて。

おかげで、生き永らえてる。


ネイアは強力な吸血鬼で、な。奴らが何を雇おうがおいそれと仕掛けることもできん。


だが、それが一昨日で、ガラリと変わってしまった。」


「あれ、ぼくらなんかやっちゃいましたかぁ?」


「テンプレのセリフはやめろ!

おまえのところのロウ=リンドという真祖の存在だ。あいつには、ネイアでは勝てん。と言うよりは戦うことすら出来ん。


あの女が一言『何もするな』と命じれば、ネイアは目の前でわたしの首が捻じ切られても、身動きひとつできなくなる。」


「それは、ロウとネイア先生が主従になっていれば、でしょう?

実際には、そうじゃありませんよ。」


「だが、ネイアはそうなることを望んでいる。全身で望んでいる。

だから、もしおまえが、ジャンガ=グローブ派に組みするようなことがあれば。」


「わかりました。ぼくらは別に冒険者資格をとってここを出ていくのが目的で、学長が誰になるかについては、関心がない。

そのジャンガジャンガ派から、声がかかってもキッパリ断りますよ。」


「そうか! ありがたい。」


ルールス先生の喜ぶ顔は、子どものようで、少なくとも彼女が悪い人間ではない、と思えた。

そのぼくの肩を背後から、ネイア、ががっちりと掴んだ。

動けるものではない。

吸血鬼のもつ怪力は、ぼくの体なんてバラバラに引き裂ける。

吸血鬼特有の冷たい吐息が首筋にかかった。


「苦痛はないそうだ。」

ルールス先生は本気で済まなそうだった。


「どういうこと、ですか、これ?」


「きみにネイアの僕になってもらう。ロウはネイアに命令でき、きみはロウに命令でき、そして、これによってネイアはきみに命令できる。

動きようのない三すくみの関係だ。


どうかな。血を吸われるのは。恐怖と痛み。

あとは快感も得られるらしい。きみはどっちだろう?」


最初にあの魔法の話しをしておけばよかった。

と、ぼくは後悔していた。


ネイア、は上手い。


首筋にはネイアの発達した犬歯がすべりこんでいるはずなのだが、痛みはまったく、ない。

ただそこから、体温が溢れていく。体が冷えていく。

じんじんと伝わるぼくを虜にする感覚は、快感なのか。ぼくには分からない。

ただ、ネイアへの愛情が込み上げてくる。このひとのモノになりたい。

自分の全てをこのひとに献げたい。


ネイアは牙を放すときだけ、チクリと痛みが走った。


一人では立っていられないぼくの体をネイアが支えてくれた。


「今宵はここまで。

ネイア、少年を寮まで送ってやりなさい。当分は毎晩、訪れることになるが、くれぐれもリウには気づかれんようにな。」



教官室のある棟をでると、もうすっかり日は暮れていた。



「ネイアさま」

途中木立があったので、ぼくは、身体をもたれるようにして、ネイアに縋りついた。

「見られたくないから、障壁をはって。もう少し続きを。」


ネイアは言われた通りにしてくれた。


「さて、」


ネイアが硬直するのがわかった。


「ルールス先生の『真実の目』は目の前の対象物の正体を見抜くもの…です。

遠くのものを察知する力はありません。」


「とは言え、それ以外の魔法も使うだろ? だから目隠しを張ってもらった。今なら、ぼくがさっきの続きをしてもらってるだけだと思うだろうからね。」


「そ、それはそうです。デス!?

いったいこれは、なにが。」


「簡単な魔法だよ。ぼくはネイアに血を与えた。その対価にネイアはぼくに仕えることになったんだ。」


「そ、」


魔術的な考え方としては、あり、なだけにネイアは一瞬、混乱し、ぼくを見て、もう一度噛もうとし、「おすわり!」の一声でそこにしゃがみ込んだ自分に呆然としていた。


ぼくは、首筋の傷に手を当てた。

ネイアは、上手かった、がそれでも傷口はうじゃけている。

ルールス先生を騙しておくには、しばらくは治せない。


ぼくの脳裏に浮かぶのはロウの怒る顔だ。


「なんであんな従属種に! わたしにも吸わせろ!」


きっとそう言う。ああ、モテるなあ。人外に。


「しばらくは、ルールス先生にはぼくが、ネイアに従属したと思わせておく。」


「はい…え、えっと、ご主人さま。」


「ルトでいい!

まったく。」


初日からこれ、か。

西域はさすがに先進国だ。物事の進み具合の早いこと!



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