第18話 ありそうな勘違い

「元学長だそうですね。」


入学をおめでとう、冒険者学校はきみたちを心から、歓迎する。

いえ、こちらこそありがとうございます。よい冒険者になれるように、がんばります。


心ここにあらずの儀礼的な会話を二言三言つづけたあと、ぼくはそんなふうに切り出した。


ネイアは、そんなぼくをじろりと、睨む。

真祖の権威は、同じパーティメンバーには通じないものらしい。


「前、だな。去年の学長選挙でしてやられた。」


燻製肉に酢漬けの野菜をはさんだサンドイッチと暖かいお茶をいただきながら、話は、そんなふうに始まる。

「美味しいです。どこで調達したんです? ネイア先生。」


「学食のパンに惣菜をはさんだ。」


つまりは、ネイアの手作りか!

「美味しいから、ロウにも食べさせてやりたい。」

と、言うと面白いように、顔にパパァと光が指した。

「ほ、ほんとにそう思うか!

なら、もう一度、学食に行って作ってくるっ!」

「お主は話の腰を折ることの天才か!」


ルールス先生に怒られた。


「さて、時間がおしい。

グランダの出身だったな。

情報が欲しい。あそこは今どうなっている?」


「知ってることならなんでもお話します。

まず、確認なんですが、こちらにはどう伝わってます?」


「王位継承をかけて、『魔王宮』の封印を解除。結果、王は退位。第二王子のエルマートがあとを継いだ。」

「それであってます。何も付け加えることがないくらい。」


ルールス先生は、メガネをずらした。

目玉のあるところに、目はなく、輝く球体が埋め込まれている。

「それだけでは何もわからん。」


「真実の瞳。」ぼくはつぶやいた。「おお怖!」


「魔王宮は、どうなったのだ。どこまで攻略されている?」

「ランゴバルドの冒険者学校がそれを聞きますか?

グランダの冒険者レベルが低すぎて、実質、魔王宮の攻略にあたっているのは、西域、なかでもランゴバルドの冒険者が中心になっている、とか。」


「銀級冒険者のクリュークの一派が魔王宮攻略に助力するため、グランダから招かれたことは知っておる。

そして、魔王宮の変貌によってそれがいったん頓挫したことまでは、情報がはいっている。」


「それで完璧です。あとは、なんやかんやあって、エルマート新王が誕生していまに至ると、いうわけです。」


「その『なんやかんや』の部分が知りたいのだが。」


「一介の冒険者にそんなことがわかりますか。」


ルールス先生は、魔女の笑みを浮かべた。別にいやらしい意味はない。好敵手を見つけた、と言わんばかりの戦意に満ち溢れた笑い。

「質問をかえよう。お主たち『踊る道化師』は、迷宮内で知り合い結成したと言っていたそうだな。迷宮にもぐる前は、なんというパーティに属していた。」


「ぼくは、つい先月冒険者登録したばかりの駆け出し冒険者で。」


「無理な設定はやめろ。魔力量だけみてもお主もリウもまともではないわっ!」


「わかりました。魔王宮に最初にもぐったのは、『フェンリルの咆哮』というパーティの一員としてです。」

ルールス先生の反応がないのでつけたした。

「もともとは『彷徨えるフェンリル』って名前で活動していたそうです。」


パキッという乾いた音がした。ネイアが手にしたカップを握りつぶした音だった。;

「不死身のザックか。」

「死にたがりのザック。」

「大酒飲みの」「女たらしの」「へぼ剣士」「とりあえず生き残る『だけ』のザック」


「ネイア先生とはいろいろあったようですね。」

ぼくはなおも様々なあだ名でザックを呼び続けるネイアを、哀惜の念を持って見つめた。

「まあ、ちょっといろいろな。」

ルールス先生が、つぶやいた。

「おまえの知ってることを知っている範囲で話してくれ。魔王宮が変貌したのは本当か?

冒険者の目から見てそれは、どんなふうに。」


「魔王宮の開いたその日のことならお話できます。実際その場にいましたから。」


こうして、ぼくはかつての物語を語る。魔王宮が半世紀ぶりの封印を解かれた日の物語を。




「・・・・で、迷宮奥に『交換転移』されてそれから、いろいろあって戻ってきたと。」

「ええ、いろいろありまして。途中で、勇者チームと合流できたのが大きかったです。」


「・・・ふん、聖帝国め。クロノの出奔はまことかい。あわててラウレスと竜兵どもを送り出し、それも失敗し、ラウレスを解任し・・・」

面白そうに、ルールス先生はぼくをチラリと見た。

「この名前に反応せんのか?」


「昨日、入学試験に乱入した冒険者ですか?」

「それだけか?」

「彼が、そのグランダに聖帝国が送り出した竜人部隊の指揮官だった・・・と?」

「なぜ、疑問形?」

「あれは竜人じゃありませんから。」

「面白いことを言う。プライドの高い竜人だけで構成される聖竜師団の指揮官が竜人以外に務まると思うか?」


「うちのアモンは、彼を育ち過ぎの蜥蜴と言ってましたが。」


ルールス先生の顔色がゆっくりと変わっていく。


「それって、竜に対する蔑称でしたね。察するにあれは古竜? 竜が知性をもち、人化した存在?」


「そこまで、察するか。」

ルールス先生は、大きなため息をついた。

なるほど、ここからが本題か。情報収集などというのも前置きにすぎなかったわけ、か。


「しばらく、わたしの思うところを聞いてほしい。答える必要はない。」


ルールス先生は、立ち上がると部屋を歩き始めた。


「もともと、グランダの王太子はハルトという。学生でありながら、超一流の冒険者として活躍していた。

特に魔術の才は、千年にひとりと言われた天才。学友からは魔王の生まれ変わりではないかとまで言われていたらしい。

情報の出どころを聞きたそうだな?

ギルド『不死鳥の冠』でギルドマスターをしていたフィリオペという男だ。」


なるほど。なるほど、そういう話し、か。


「王からは疎まれ、第二王子のエルマートを王太子にという動きがあったが、どうもハルトはそれでいい、と思っていたらしい。ハルトの婚約者というのが、かの白狼将軍クローディア公の一人娘だったそうだ。下手に動けば国が割れる。それを避けたいと考えていたそうだ。

なんとも立派な考えじゃないか。聖王国の俗物共に見習わせてやりたい。

『魔王宮』による後継者争いを中途半端な形で終わらせて、エルマート王子に王位継承権を譲り、一介の冒険者として西域を目指す・・・」


ルールス先生は、かがみ込んでまっすぐにぼくの顔を覗き込んだ。

「真実の眼」が本当のことだけを話せ、と輝く。


「なあ、リウの正体は、ハルト王子なんじゃないか?」



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