第2部 学長戦線異常なし

第16話 おちるな! ドロシー

と、言ってもドロシーは簡単におちた。

試験のあと、ふたりきりで夕食に誘われた。生あたたかな笑いを浮かべたリウたちに見送られたぼくは、学食の隅で、泣きじゃくるドロシーの打ち明け話を半刻近く聞くハメになったのだ。

言うまでもなく、学食ではほぼ全員の(学生だけかと思ったら教職員もだった)食事の場である。

そこでそんなことをしたら、もう否応無しにあの二人は「付き合ってる」ことになるのは、明らかだ。


このタイミングでなければ、もう少し相談にふさわしい場所と時間を指定できたかもしれない。でもここに着いたのが昨日の夜で、今日が試験日。寮と学食しかわからない。

ドロシーだって、似たような状況のはずで、それでも話したかったのだから、聞いてやるしかない。


「わかるでしょ。アレはもうだめなのよっ!」


それは実はそう思っていた。

どこの子爵家が、自分の子を無料の冒険者学校にぶち込むだろうか。


ドロシーや筋肉男は、子爵家の家人の子弟だという。子爵家内の権勢争いに負けて、その罰のように、マシュー坊っちゃん付きを命じられた。


もともと、マシューの幼なじみでもあったらしい。本当に小さい頃は仲良かったのは事実らしいが、学校に通うようになってからは、疎遠になった。通う学校もそもそも違うし、子爵家の名を語って、威張り散らして、家中からも学校でも嫌われ者になっていたマシューのことは、正直に言って、もう忘れていた。

そろそろ、どこかの格下の貴族に入り婿に出されるか、いっそ廃嫡か。

そんな噂も流れ始めていたが、自分には関係のないことだと思っていた。


父親は、子爵家の傘下にある商会で、番頭を努めていたが、ある晩、ドロシーを呼んで深々と頭を下げたという。

このままだと、自分はクビになる。一家を路頭に迷わせないために、マシュー坊っちゃんの冒険者学校行きに付き合ってくれ!


ドロシーは、もともとランゴバルドの上級魔道学院に通っていた。そこを退学させられて、マシュー坊っちゃんとともに、冒険者学校への入学を命じられたのだという。


十年ぶりに再会したマシューは、噂以上に酷いことになっていた。言動は支離滅裂。魔法もダメなら剣もダメ、学業は初等学校のレベルで素行はさらに悪かった。

それでもその顔に、幼い日の面影を見出し、なんとか冒険者学校の試験を受けるところまでたどりついたのだ。

無事に卒業すれば、そのままマシューは冒険者に。ドロシーたちはそのパーティに入るように言われている。どんな罰ゲームかと思われたが、それでもドロシーはやり遂げるつもりでいた。

だが、マシューは、自分をちやほやしてくれる筋肉男たちには、いい顔をみせても口うるさいドロシーのことは毛嫌いして、ろくに言うことをきかない。

そんな中、ぼくだけがドロシーの判断を褒めて、その行動を認めてくれた。


「ま、また話をきいてくれるかな。」


学食がしまる時間まで話を付き合い、別れたあと寮の部屋に戻ったぼくをリウが迎えてくれた。


「聞いてやって、それでどうする?」


「なんとかする。」


「なんでおまえがなんとかするんだ?」


「なんとかできるから。」


「はっきり言うとおまえのやってることは馬鹿だと思う。」

リウは笑った。

「そういうところは、嫌いじゃない。」




「おい!全員同じクラスだぞっ!」


筋肉男が、ぼくの背中を叩いて笑った。


「よかった! おまえやリウと・・・とにかく一人前の冒険者になれるように頑張るぜ。」


ええと、悪いやつではなさそうだし、いい加減に名前を覚えてやろう。クロウドだったかな。


とは言っても、

同じクラスになったのは当たり前なのだ。

もともとはクラスわけをするつもりだったのだろうが、ラウレスの大活躍のおかげで受験生の大半は病院送り。残った生徒ではひとクラス分ちょうどだった、ということらしい。


リウ、ギムリウス、アモン、ロウと同じクラスになるという、難しい目標のひとつはこうして達成できた。


教室の扉がひらき、相変わらずのボロボロをまとった、吸血鬼が入ってきた。

褐色の肌に緑の瞳が印象的な女吸血鬼。


先日、教官室であったネイアだった。

素肌にボロ布を巻き付けたファションもかなり衝撃的であったが、入るなり、ロウに向かって土下座して、全員をドン引かせた。


「至高なる御方さま。この度、担任を努めさせていただくことになりましたネイアにございます。どうかわたしくめのことは犬とお呼びください。」


どうするのかと、思っていたら、ロウは悠然とうなずいてみせた。


「おまえはわたしの犬か。

なら、名前をつけてやる。おまえは今から『ネイア先生』だ。わかったな。」


「は?」


「ネイア先生?」


「はい・・・・ええ、ネイア先生、です。」


「よろしい。皆のものもそう呼ぶように。」


初日の授業なので、カリキュラムの説明があった。同じクラスと言っても、学力をはじめとする各人の能力に応じて、補講が組まれる。自由に選択できる科目も将来的にはあるが、「一般常識」にかける、と判定されたぼくらは、「歴史」や「地理」、そのほかそのものずばりの「一般常識」のクラスを受講するよう指示された。


ぼくら。そうギムリウスもリウもアモンもロウも、「ぼく」もだ。

千年引きこもりのリウや、生体兵器工場の神獣ギムリウスと同程度の「常識」しかないと判定されるとは、一周回って名誉なことかもしれない。


そのあと、自己紹介の時間があった。


マシュー一派もここは、それぞれ個性を発揮しつつ、無難に行った。

ドロシーが「よろしく」と言ったときにぼくをガン見していたのが気になるが。


意外にもやらかしたのはリウだった。


「北のグランダから来た。冒険者登録はしてあったんだが、こっちでは通じないらしい。

冒険者資格の取り直しにきた。名前はバズス=リウという。よろしくな。」


「すげえな! 魔族戦争のときの魔王と同じ名前かよっ!」

クロウドが叫んだ。

「じゃあ、おまえのあだ名は『魔王』に決定な!」



かくして、魔王は魔王と呼ばれることになったのである。



一限目がおわって、ネイア先生が教室を出るときに、ぼくを呼んだ。


「放課後、ルールス先生の教官室に来てくれる? 話があるそうよ。」

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