第14話 エミリアと古竜と魔王と神獣と

「やらせるさ。」


そう言ってリウは、惚れ惚れするような笑みを浮かべた。

いや、なんにも言ってないぞ。

それと、あんまりぼくと以心伝心の会話はしないでほしい。

一度、彼には本気で口説かれたことがあって、それ以来、なんとなく警戒心がとけないのだ。


「心配じゃない?」

「あのバカトカゲも殺す気まではないだろうし。」


とうとうリウにまで蜥蜴よばわりされたラウレスはそうとも知らず、片手に木剣をさげて、エミリアを手招きした。


「実力で勝る相手との戦いはできるだけ、体験しておくべきだ。」


「そうかな?」


「貴重な体験だぞ。自分が最強になってしまえば二度と経験できなくなる。」


それは、あんただから言えるセリフだろ。と、心の中で悪態をつきながら、ぼくは勇敢な少女と、バカ蜥蜴との戦いを見守る。


エミリアの服装は、聖職者によく見られる白を基調にした貫頭衣だ。それを裾をつめ、ところどころをベルトで締めて、動きやすくしている。

手にしたのは、木の棒で、構えからして棒術の心得はありそうだった。


「どこからでもかかってくるがいい。」


そうラウレスが言った瞬間に、するり、とその懐にすべりこむ。


うまい!


「あれは、おまえの動きだな。」


いつの間にかそばによっていたロウがささやいた。

間合いの取り方は、棒術と体術の違いはあれ、似たところはあるのだろう。

ラウレスは、慌てた。


力も、反射神経も、はるかに勝る。そして竜鱗による絶対防御。

慌てる必要はなにもなかったにもかかわらず。ラウレスは慌てた。

自分の予想以外の行動を相手がおこした。ただそれだけのことで。


狼狽したラウレスは、力を誇示することにした。

目の前につきつけたれたエミリアの棒を掴んで、おそらくはへし折ろうとしたのだろう。

その手が、空をきった。


ひょい。

ひょい。


と棒の先端とラウレスの追いかけっこが続く。ラウレスの目がだんだん怖くなってくる。


「小物だな。」

「小物だ。」

「小物蜥蜴だな。」


そんな名前の蜥蜴っていたような。

ギムリウスがアリの巣を見つけたようだ。


「ちょこまかと逃げるな!」

ラウレスが喚いた。力任せの一撃をエミリアが棒で受け流した。

「逃げるなあっ・・・あ・・・」


体制を崩しながらも叫ぶラウレスの、口腔にエミリアの棒が突き刺さる。


「わ・・・」

「えぐ・・・」


残った受験生が、試験官がざわめいた。

棒は、ラウレスの喉元まで突き刺さっている。


「七度野に吹き抜ける風の精霊ゼルニウスの名において、ここに我、雷を召喚す。その大いなる力持ちて、かの敵を打ち据えよ。」


エミリアの声がりんと響く。


青白い炎が、ラウレスの全身を包み、小柄な体が痙攣した。


「口の中から電撃魔法。いい技だな。」

リウの笑みは野太い。

いや、アモンやロウが若干ひいてるのだが、さすがリウ。


「ごがああああああっ」


煙を吐き出しながら、ラウレスが荒れ狂う。

力まかせにエミリアを突き飛ばし、棒を吐き出して、地面をのたうち回った。


・・・これは、もう・・・エミリアの勝ち・・・でいいよね。


「ご、ごむずめがぁあああ。」


焼けた喉から、声ともうなりともつかぬ音を発しながら、ラウレスが立ち上がった。

目は血走り、口内からはまだ煙があがっている。髪は、通電のせいかてんでに逆立ち、その手は。


やば。


手の爪は人間ではありえない歪曲した鉤爪となっていた。

それが横殴りにエミリアを襲う。


それは、とっさにエミリアとの間に割って入ったリウの顔を切り裂いていた。


竜爪、と呼ばれる特殊能力だ。

竜人でも使えるのは百に一人。ブレスなどと比べても希少な能力には違いない。

でも、ラウレスは「竜人」じゃなくてほんとは「竜」だからな。


「リウさん!!」


よろめいたリウにエミリアが抱きついて、回復魔法をかけようと・・・した。


「え?」


「え、じゃない。ちゃんと赤くなってるだろ?」


確かに。リウの頬にはうっすらとラウレスの爪のあとが、ミミズ腫れのように残っていて・・・

まあ、それだけだった。


ああ、祝福された鋼鉄でも切り裂く竜の爪を顔面にくらってそれだけか。


「き、きさ・・・・」


「一撃いれたら報奨をくれるんだっけな。たしかそう言ってたが?」


「・・・・・」


ラウレスは、たしかにバカ蜥蜴だ。そう言われて、やっといま自分が試験官で、冒険者学校の入試における実技試験をしていることを思い出したようだった。


「いまのエミリアの攻撃はどうだ? 立派に一撃はいったんじゃないか?」


「だ、ダメージがないから。」


嘘つけ。まあ、たしかに急速に回復しつつはあるが、転げ回って苦しんでいたのを全員が目の当たりにしている。

自分で言っててさすがに無理だと思ったのか、ラウレスは、しぶしぶ銀貨を取り出して、エミリアに与えた。


「おまえはなかなか筋が良い。」


偉そうにそう抜かすので、受験生やほかの試験官たちから失笑が漏れる。

それを睨みつけながら、ラウレスはぐいと顎をそびやかした。


「よし、次だ。」


リウがその肩をぽんぽんと叩いた。


「これで、二発入ったってことでいいね。」


「ふざ」


けるな、だろうね。言い終わる前にリウがワンパンいれちゃってるけどね。

竜鱗の防御は間に合ったのだろうか。竜人ではできない竜鱗の常時展開は、人化した古竜ならやってのけるらしい。

間に合ったなら良いな。

竜鱗もなしに、リウのパンチを胃にくらうなんて、想像しただけで戻しそう。


ラウレスはしばらく、げえげえ言いながら、またも倒れてのたうち回っていたが、なんとか体を起こして、銀貨を差し出した。


「お、おまえは見どころがある・・・これからも精進するように・・・」


「はい、では次はギムリウスいきますね! よろしくおねがいします!」


ラウレスがギムリウスの顔を見て、その虹彩がくるくると回転する瞳を見て、絶望的な顔をした。


「ひ、ひょっとしてあなたさまは・・・・・」


「まあ、そのセリフは次のわたしのとこまでとっておいてほしかったけど。」


アモンが手を振ってアピールした。ラウレスの顎ががくんと堕ちた。


「あ、あなたさまはリア・・・・」


「その名前を言ったら手加減できなくなるから、言わないように。わたしはアモン。OK?」


「は、はいアモンさま・・・・」


「じゃあ、はじめますね。わたしは自分の剣を使ってよいのかな?」

ギムリウスが白い骨剣を取り出した。


「そ、それって・・・」


「呪剣グリムだよ。あなたもなにか武器はもたなくていいの?」


対するラウレスの防御はまったく見事としか言いようのないものだった。

財布からありったけのお金をぶちまけて、土下座。


いや。


でもまだあとに、アモンとぼくとロウが残ってるんだけどね。ああ、収納にもうちょっとお金を隠してるとかかな?


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