第8話 フラグをたてる魔王
テストの日の朝、というのはあまり嬉しいものではない。
昨日の学食で、粥に野菜をいれたものを食べてからぼくらは試験会場に向かう。
試験は、第一校舎の22講義室ということだったが、受験者が100名を超えてもまだ席に余裕がある。
教官は「落とすための試験」では無いと、言っていた。ということは、この人数の試験をしょっちゅうやっていたら、学校の在校生徒数は、四千程度じゃきかないだろう。
ということは、入学後のふるい落としが、ある。ということだ。
「油断するなよ」
という、目配せをしたがリウに無視された。
講義室の後ろの方で、わりと身なりの良い1団が、こちらはいかにもな女の子に絡んでいるのに気を取られていたのだ。
どうも内容は席のことらしい。
彼らは、自分たちのチームでまとまって座りたがっていたのだが、それには彼女が、邪魔だったのだ。
「ここは、マシューさまがお座りになるんだ。」
上半身の筋肉を誇示するように、両袖のない貫頭衣だけを身につけた男が、少女を覗き込む。
「で、でも」
「言うことが聞けないのか? 耳が悪いんならそんな耳はいらねえよなっ!」
男は、少女の耳たぶをつかんで立ち上がらせた。
相当な激痛だろう。少女の目に涙が浮かぶ。
「まあまあ、手荒なことはおやめなさい。」
髪を長く伸ばした優男がこのグループのリーダーのようだった。
「彼女もどうしてもここに座りたいのかもしれません。
アルバート子爵家になんとかコネを作りたいと言うものが、後をたたなくて、まったく困ります。」
「そ、そんな!」
ようやく手を離してもらった少女は涙目ながらも抗議する。
「席順はもう決まってるんです!
勝手に座ったら失格になります。」
その通り。
ぼくらは受験番号をわたされ、それには受験日と受験場所、座る席順まで明記されている。
間違った場所に座ったら、即失格かどうかはわからないけど、ふつうは言われた場所に座るだろう。
現に、世の常識なぞ歯牙にも掛けないぼくの仲間たちは、それぞれの席にきちんと腰をおろしている。
唯一の例外がリウで、彼は席を立って、まっすぐに少女のもとに歩んで行った。
「とっとと、席を移動しろ。」
やせぎすの女がかなきり声で喚いた。
「マシュー坊ちゃんにこれ以上、不快を与えるとわたしの魔法でヒキガエルにするよ。」
「まあまあ、ドロシー。そこまでしなくてもよい。」
衆人の前でぼっちゃんと呼ばれたのはさすがに恥ずかしかったのか、ぼっちゃんは、女魔道士を止めた。
「さあ、試験の開始まではあまり時間がなさそうだ。
自分の足で移動するか、少々手荒に移動させられるか、慈悲深いわたしはきみに選ばせてやること
ゲロゲロ、ゲロゲロ、グッグッゲゲゲゲゲ」
周りのものたちが、ギョッとして主を見つめたのに気づかず、ぼっちゃんは、楽しげにゲロゲロと鳴き続けた。
「周りのものに不快を与えるものをヒキガエルにするというのは、新しい発想だ。」
リウは少女を庇うように、その前に立ちはだかった。
ほれぼれするような主人公っぷりだった。
「グッグ、ゲッゲゲロ、ゲロゲロ?」
ぼっちゃんが、鳴いた。
「だが、結局、存在が不快なことにはかわりないのではないか?
むしろ、うるさいし。」
「て、ってめえ、マシューさまに何をしやがった!」
筋肉男が、リウの胸ぐらをつかもうとして、すべった。
そのまま階段を転げ落ちるのを胸ぐらをつかんで止めてやる。
いったん、止めてやってから手を離したのは、勢いがつきつぎていると大怪我をする、という配慮なのだろう。さすがはリウ。
筋肉男は、尻でバウンドしながら階段を五、六段落ちた。
尻をおさえて、痛みをうったえているが、これなら治癒魔法も必要ないだろう。
「アルバート子爵家にたてつく愚かものが!」
魔道士が杖を構えた。
「あんた、名前は?」
「ドロシー・ハート・・・言っておくけど、ぼっちゃま一筋だからね!
誘惑しても無駄よっ」
「ゲロゲロゲロゲロ」
マシューがカエルの言葉で満足気になにか言った。
「ところで、この魔法は一時間もすれば、とけるのだが・・・・」
「そ、それで・・・・」
「オレになにかあると一生このままになる。」
「ひ、ひきょうなっ!」
ドロシーはキッとリウを睨んだ。
「こ、これではおまえをこうげきできないでわ、ないか。」
「そういうことだな。
さて、そろそろ、席につかないとテスト開始の時間だぞ。」
ドロシーはマシューを振り返り、なにやらあれこれと話している。
マシューの言葉はあいかわらず、ゲロゲロとしか聞こえてこないが、ドロシーの言うことは、ある程度は影響力があるのだろう、しぶしぶとマシューは、自分の席へ、残りの取り巻きもそれぞれの席へと散っていった。
腰を打った筋肉男は、リウを睨みながら、取り巻きの肩を借りて、自分の席へと向かっていった。
「あ、あの・・・・」
少女が去ろうとするリウを呼び止めた。
よく見るとけっこうかわいい。
「ありがとうございます。わたしエミリアっていいます。14歳です。ゴルソの出身で、村では教会で回復魔法を習ってました。」
「西域の地名はよくわからない。」
髪をかきあげながら、ぶっきらぼうにリウは言った。
十代半ばながら、すごいカッコいいわ。きゃあきゃあ。
「オレはリウ。北のグランダから、冒険者になるためにランゴバルドに来た。」
「わ、わたしも冒険者を目指してるんです。」
エミリアの目がキラキラしている。
「よろしくお願いします。いっしょに冒険者を目指しましょう!」
ああ、リアモンドとロウの生暖かい視線。
講義室のドアが開き、教官が入ってきた。
冒険者の学校だから、冒険者上がりばかり、というわけではないらしい。
眼鏡をかけた、少しくたびれた、まあ、王立学院でもよくいるタイプの講師だ。
「全員、指定された席に着席するように。
これから問題用紙を配る。わかっていると思うが、これはきみたちの学力を判断するものだ。
名前がきちんと書けて、カンニングなど余分なことをしない限りは、失格はない。
今回は、このあと、魔法と実技のテストもあるので、回答が終わってもそのまま、ここに残るように。
なにか、質問はあるか?
・・・・では、用紙を配るぞ。」
テスト開始のベルをきいてから、ぼくは問題を見た。
めまいがした。
やばいっ!
常識問題だ!
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