第20話 大切な思い出

 「これで、どうですか!! 結界術・三層!!」


 雛美の声と共に、レイニールの周囲を囲むように結界が出現する

 分厚く強力で強固な三重結界

 瞬きの間に張られたそれを、レイニールは短剣の一振りで軽々と粉砕する

 そして続けざまに雛美に向かって跳び込むと、上段から短剣を振るった


 「ハァ――――――!!」


 雛美は目前から迫る速度の乗った上段からの刃を、仕込み杖をから抜いた刀の刃を合わせて受け止める

 腕を痺れさせる程に重い一撃ではあったが何とか防ぎ切った雛美は、即座に短剣を押し返し、空中で体勢を崩したレイニールへと刀を向ける

 狙いは肩口、そして放たれた日本刀によく似た片刃が最速で迫り、当たるかと思われた

 しかしその刃は、直前で割って入ったレイニールの持つ円盾に弾かれる

 

 「ッ!!」


 刃に勢いを付けていたからこそ、それを弾かれた雛美は体勢を仰け反るように大きく崩し、地面に倒れ込んだ

 そして尻餅をついた雛美の首元に、レイニールの短剣の刃先が付きつけられた時、二人の戦いに割って入るように声が響いた


 「そこまでよ!!」


 それは二人の訓練を見守っていたズイズの声であり、彼女は息を切らして座り込む雛美の下に近づいて行った

  

 「良い立ち回りだったわ、ヒナミ」


 「あ、ありがとうございます、ズイズちゃん」


 「でも、もう少し結界魔法を戦いの中に組み込みなさい。その方が相手を撹乱出来るし、強力なんだから」


 「はい、分かりました」


 雛美へとアドバイスを送ったズイズは、自身の近くで武器の手入れをしていたレイニールに声をかける


 「それじゃあ、レイニールからは何かある?」


 「僕ですか?」


 「何でも良いわ」


 レイニールはズイズの言葉に悩んだ素振りを見せた後、すぐに何か思いついたような顔をしてから、口を開く

 

 「だったら、実戦をさせるべきかと思います。この先、予言の何某かと相対するなら、一度は命の取り合いを経験しとかないと足を掬われます」


 「確かにそれはそうかもしれないわね。………………それでどう? 出来る?」


 「………………元の世界に帰るには、私が予言をどうにかしないといけないですよね?」


 「ええ、そうね」


 「だったら、やりますよ。元の世界の事もそうですが、この世界の人たちの事も私、守りたいですから」


 「ありがとうヒナミ」


 その後、雛美はレイニールの提案に従い魔獣たち相手の訓練を始めることになった

 始めは訓練とは違う実戦の迫力に押され上手い事行かなかった雛美であったが、ズイズたちの支援のお陰か徐々に実戦に慣れ始めていた


 そして実戦訓練開始から2週間後、雛美は殺意ばら撒く魔獣を翻弄していた


 「ガグギャァァァァァ!!」


 咆哮を上げる犬に似た魔獣は、前足に付いた鋭い爪を振り回す

 しかしその爪は雛美の機敏な動きで透かされ、更に大振りの攻撃のせいでがら空きになった胴体に、雛美が仕込み杖に隠した刃を抜き放つ

 

 「キャウン!」


 悲鳴と共に刃に切り裂かれた魔獣の胴体から、紫色の血飛沫が吹き上がる

 その血によって紫に染まりながら倒れ込んだ魔獣であったが、まだその瞳の火は消えていなかった

 魔獣は伏せ込んだ体勢で口を開くと、そこから肉の刃が跳び出した

 奇襲とも言えるその一撃に相対した雛美の表情は冷静であった

 そして肉の刃が迫る中、雛美はここまでの実戦の成果である成長した結界魔法を発動した


 「結界術・断罪の刃!!」


 断罪の刃、その呪文と共に地面から出現した結界が肉の刃を切断する

 紫の血を噴き出しながら切り飛ばされた肉の刃は、勢いを失い力なく落下する

 そして続けて雛美は魔法を発動する


 「結界術・八層縮壁!!」


 狙いは未だ倒れ伏す魔獣

 その周囲を囲むように八層の結界が発生する

 そして結界は中心に向かって圧縮し始めたのだが、その動きは途中で止まってしまう


 「ッ!!」


 このまま結界を圧縮すれば魔獣との戦闘を終えれるはずなのに雛美が止まった理由、それは命を取る事への抵抗感だった

 今まででも訓練の中で魔獣の命を取ることはあったが、それでも慣れない感覚に雛美は立ち止まってしまう

 そしてその躊躇が危険を招いた

 結界内部から魔獣が決壊を割って這い出てきてしまった


 「ギギャギャガァァァァァァァァ!!」


 そして結界から脱出した魔獣は、これまでの恨みを返すために怯んだ雛美ヘ向けて跳びかかった

 迫る脅威、スローモーションに変わる景色

 その中で雛美は覚悟を強いられる

 

 「ッ――――――!! やら、ないと」


 色々な思いが雛美の頭を駆け巡る

 そして1秒にも満たない思考の末、雛美は覚悟を決めて魔法を発動しようとした

 

 ――――だが、彼女が魔法を発動させる直前に、魔獣は空から降ってきた炎の塊によって消し炭にされるのだった


 「へっ!?」


 突然の出来事に驚き固まる雛美

 そして彼女が驚く原因になった空から降ってきた炎の塊、その正体はオールバックの赤髪に真っ赤なスーツを着込んだ長身の男であった 

 真っ赤な男はゆっくりと立ち上がると、目前に立つ雛美に笑顔を向けながら声をかけてきた


 「大丈夫だったか、嬢ちゃん!!」


 そしてこれが雛美たちとデオスの出会いであった


    ――――――――――――――――――――――――――――

 

 「はは、そんな出会い方だったんですね」


 話の中で突然出てきたデオス

 その登場の仕方に浅井は笑みを浮かべた


 「ああ、確かに今にして思えば、そんな出会いあるかって出会い方だよな」


 「本当にそうよ。――――――それで、続き話してもいいかしら?」

 

 「すみません、また止めてしまって」


 「良いわ、じゃあ続き「なぁ、ズイズ」


 「何よ」


 ズイズの言葉を遮ったデオスは、一つ提案を飛ばした


 「此処からは俺が話しても良いか?」


 「はぁ、良いわよ。じゃあ後は宜しく」


 「おう、じゃあ先程の続きから再開するぞ」


 

    ――――――――――――――――――――――――――――



 目前に立つ真っ赤なスーツ男、その2mを超える体躯に圧倒された雛美は、怯えながらも振り絞るように言葉を放つ


 「は、はい、大丈夫です」


 「それは良かったが、嬢ちゃんはここで何をしてたんだ?」


 デオスは雛美に疑問を飛ばす

 だがその疑問に答えたのはズイズであった

 木の陰に隠れていたズイズは、眉を顰めながら木の陰から跳び出すとデオスに近づく

 そして腕を組んで立つデオスに苦言を言い放った


 「貴方ねぇ!! これは彼女の訓練だったのよ、それなのに邪魔してくれて!! どう責任取るのよ!! てか貴方誰よ!! グルルルルル!!」


 犬のように唸るズイズを、宥めるように手の平を前に出しながらデオスが返事をする


 「落ち着け、落ち着け。分かったから落ち着け」


 「それで、貴方は誰、なの!!」


 「デオス、デオス・フォッサマグマだ。傭兵をやっている」


 「傭兵? レイニール、知ってる?」


 その言葉にズイズの背後に居たレイニールが反応する


 「いえ、僕は全く」


 「ふーん。それで傭兵の貴方が何でここに居るの?」


 怪しさ抜群のデオスに対し、ズイズは警戒を露わにする

 その警戒を何とか解こうとデオスは、前日まで行っていた傭兵業の話をし始めた


 「数日間の商会の護衛が終り、アノトラに向かう途中だったんだ。で、その移動時に空からあのお嬢さんが襲われているのが見えたから、助太刀に入っただけだ」

 

 「疑わしいけど、まぁそれで良いわ。誤解だっとはいえ今回は彼女を助けてくれて、ありがとう。じゃあ、これで」

 

 そう言ってズイズは雛美たちを連れて立ち去ろうとしたのだが、回り込んだデオスが制止させる


 「まぁ待て、話は終わってないだろ」


 「そうだったかしら?」


 「ほら最初に言っていただろう。どう責任取るんだってな」


 「言ってたかしら、そんなこと?」


 「言ってましたよ、ズイズさん」


 「レイニール!!」


 これ以上デオスという不審者と関わらない為に、すっとぼけて立ち去ろとしていたズイズであったが、そんなこととは露知らないレイニールに邪魔される 


 「だから責任取って俺も、そこの嬢ちゃんの訓練を手を貸すってのでどうだい?」


 「はぁ? 貴方が?」


 「おう、駄目か?」

 

 「そりゃ、駄目に「良いのではないでしょうか? いい人そうですし」」


 今度は雛美に邪魔されるズイズであった


 「決定だな!! それじゃあよろしく!! ガハハハ!!」


 「はい、朝倉雛美です。これからもよろしくお願いします、デオスさん」


 「あ、僕はレイニール・ルルファです」


 「おう、よろしく頼む、ヒナミ、レイニール。それで、あんたは?」


 「はぁ、ズイズ・メルテーシアよ」


 「そうか、よろしく頼むズイズ!!」


 そしてデオスのごり押しもあって、デオスの同行が決まってしまうのだった

 

 

     ――――――――――――――――――――――――――――


 その後、デオスを加えた彼女ら一行は、雛美の訓練と思い出作りの為に海上都市アノトラを出立して国内を旅し始めた

 まず一行が立ち寄ったのは、アノトラから70㎞程の位置にあるファブサーランという都市であった

 ファブサーランはゼノカ・マルケレス王国一の食の都市であり、国内だけでなく世界各地の多種多様な料理が集まっていた

 

 「これ、美味しいです!!」


 「僕、こんなに美味しいもの食べるの初めてです!!」


 「ガハハハ!! 美味いな、このステーキ!!」


 「王国一の食の街なんだから、当たり前でしょ。あ、このカブトドラゴンの心臓のステーキ5人前追加で」


 そのファブサーランで彼女らは、都市で三本指に入る高級店全てを巡り

 次の都市であるカルテテンでは、地下に延びる巨大迷宮で戦闘訓練を行った


 「ヒナミさん、そちらに行きました!!」


 「任せてください、結界術・二十一層縮壁!!」


 レイニールに追われて跳び出した巨大な蜘蛛を、雛美は結界で押し潰して討伐し、続いてデオスが追い立てた巨大な熊と、ズイズが吹き飛ばしてきた巨大な牛を相手にする


 「ハハハハハ! そちらに行ったぞ!!」


 「そいつもついでに倒しなさい」


 「はい!! 結界術・絶剣!!」


 呪文と共に出現した巨大な結界が剣の形を模り、雛美に襲い掛かって来た熊と牛を貫き絶命させた

 

 「や、やりました皆さん!!」


 「じゃあ、次は下の階層に行くわよ」


 「ええ、まだ行くんですか!?」


 雛美はこの後も続けられたスパルタな訓練を超え、また一歩成長するのだった

 そして訓練のために立ち寄った迷宮都市カルテテンの次に向かったのは、温泉街アブトロッケであった

 ズイズ一行は温泉街アブトロッケに入ると、街でも一番高級な宿を取り、名物である露天風呂に向う


 「良いお湯ですね」


 「ん~~~~~、本当ね」

 

 ズイズと雛美は美肌の湯として有名な女神の湯に浸かり、男湯に入ったデオスとレイニールは、他の客が居ないことを良い事にボディタオルを振り回して戦っていた

 

 「ハハハハハ! このタオル捌きを止められるかな!!」


 「負けませんよ!!」


 そして風呂で疲れを落とした彼女たちはこの後、雛美を狙っていきなり襲いかかって来た合成獣を倒し

 翌日、最後の街に向けて出発する

 険しい山を進んで二日、工場都市バレオラに到着した彼女らは、予言の日に向けて傷ついた装備の修理をすることにした

 修理依頼を出したのはズイズ行きつけの鍛冶場であり、この街一の腕を持つ鍛冶師に装備を預けた4人はその後、多くの雑貨屋が集まる場所へ向かった

 そして3時間ほどかけて雑貨屋街を回った4人は、丘の上に建つホテルにチェックインする

 その後、ホテルで夕食を済ませ部屋に戻ろうとした3人を、雛美が呼び止めた

 

 「皆さん、少し良いですか?」


 「ん? 良いけど、どうしたの?」


 3人は立ち止まって雛美の言葉を待つ

 緊張しているのか俯いていた雛美は、意を決して口を開いく


 「あの、皆さんにプレゼントがあるんです。受け取ってもらえませんか」


 その言葉と共に出された手には、ラッピングされた袋が3つ握られていた 

 綺麗にラッピングされた袋を見た3人は、驚きと嬉しさが混じった顔をしていた


 「良いのか、ヒナミ?」


 「はい!!」


 そして3人は雛美から貰った袋を開封し始める

 リボンを解き最初に中身に触れたのはズイズであり、その手には綺麗な宝石が填めこまれた髪留めが握られていた

 

 「ありがとうヒナミ、大事にするわ」


 キラキラとした髪留めを貰ったズイズは、嬉し泣きしながら雛美に抱き着いた

 そして次にプレゼントを確認したのはレイニールだった

 緊張からか震える手で中身を取り出す

 そして引き上げた手には、黒を基調としたマフラーが握られていた


 「これは、マフラーですか?」


 「はい、レイニールくんよく寒がっていたから、良いかなと思いまして………。あの、もしかして要りませんでしたか?」


 不安そうな雛美に対して、レイニールは焦るように首を振る


 「そんなことない、要る、要ります!! というかもう返しません!!」


 「ふふ、それなら良かったです」


 そして最後にプレゼントを取り出したのはデオスだった

 デオスも他の二人の同じように嬉しさを押し込めながら、手に取ったプレゼントを見る

 視線の先、そこには赤い華が彫られた木のキーホルダーがあった

 

 「デオスさんはバイクを持っているらしいので、そのバイクの鍵に着けて貰えたらと思ってキーホルダーを買いました。その、どうですか?」


 「ああ、ありがとうヒナミ。とっても、とっても嬉しいよ」


 雛美の言葉にデオスは涙を堪えながらそう返答する

 そして彼女たちの間に更に強い絆が結ばれたこの夜から3日後、バレオラを出た4人はゼノカ・マルケレス王国の首都マゼレカで予言の日を迎えることになった

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