骸の王編
第11話 骸の王編 Prologue ーある街の終わりー
―――――― フシューラ星 ―――――――
このフシューラ星には大小合わせて7つの国家が存在しており、その中の一つ、北部に領土を持つ大国コルネスは古き建築物や風習の保護に力を入れている為、多くの星で見られるビルが建ち並ぶ現代的な風景とは違い、歴史を感じさせる街並みを今でも残す数少ない国の一つである
そんなコルネスは他国の侵攻から自国の領土を守るために、国を囲むように広がる山々に複数の城壁都市を建造していた
そして視点はその複数の城壁都市の内の一つで、低山の上に広がるように建つ城壁都市メートリールの防衛を任せられたメートリール防衛隊の兵士達へと移る
天から注ぐ僅かな月明りとランプの光のみが煌めく巨大な城壁の上を歩く兵士の内の一人で、手にランプを持った男が口を開く
「そういえばバリー、もうすぐ二人目の子供が生まれるんだってな」
静かなせいか良く響く大声で隣を歩く兵士に話しかけた者の名はジーン・オーネス、鼻から下を覆いつくす程の髭が特徴の巨漢の男だった
そのジーンから名を呼ばれた兵士の名はバリー・トルネリカ、この実力者揃いのメートリール防衛隊内であっても突き抜けた実力を持つ強者だった
そんなバリーは、近くで大声を出されたせいで耳鳴りのする片耳を抑えながら返答する
「ええ、予定ですけど、来月中には生まれるようです」
「おお、そうか。それは楽しみだな。いやーしかし、一人目の子育てで慌てふためいて奥さんに叱られてたあのバリーに二人目か。分からないもんだな」
そう言って過去の事を思い出しているのか何やら楽しそうにゲラゲラと笑うジーンに対してバリーは、今年で4歳になる長女が生まれた当時の自分のあまりの慌てふためきようを思い出して顔を落とした
「まぁ、あの節は色々と助かりました。本当に」
「ま、あれだ。今回もなんかあったら言ってくれ俺も含めて子持ち兵士一同全員が前みたいに助けるからよ。それとウチのが多分、何も言わなくても前みたいにお節介搔きに行くと思うからそん時はよろしくな」
「了解です。今日帰ったら妻にも言っておきます」
「で、ちょっと話は変わるんだがよ――――――」
そして大きく話題を変えた彼らは、他愛もない話を続けながらもとても手慣れた様子でいつも通りの見回りを行う
外壁の外側、木が無数に生い茂り視界が通りにくい場所をランプの明かりで隅々まで照らしていく
「こっちは異状なかったが、そっちはどうだ?」
「いえ、ありません」
「おう、そうか。なら俺達の仕事は終わりだな」
そして今日の彼らの見回りの時間、その間で異常が無いことを確認した二人は次の見回り係との交代を行う為に外壁の見張り台へと歩を進めた
その時だった
外壁の傍の一角、兵舎や訓練場などの軍事関連の施設が集まる区画で巨大な爆炎が吹き上る
「何だ!?」
「ジーン、軍事区画だ。軍事区画で爆発が起こっている」
「まさかレルドアラの襲撃か?」
目前で起こった爆発に二人はここ数年関係が悪化している
だがそんな彼らの想像を否定する存在が上空から舞い降りた
「ドラゴ、ン?」
それは全長300mはあるであろう巨体を持つ赤いドラゴンだった
「あれは、
流星の
そんな御伽噺の存在が現れた事に驚愕する二人であったが、その御伽噺の存在の姿を観察するように見ていたバリーが流星の
「ジーン!! 奴の身体をよく見ろ、あれは死体だ!!」
その言葉を聞いてジーンは今まで全体を見るように散らしていた視線を流星の
そしてジーンも目撃する。胸にぽっかりと開いた穴と精気のない乾いた瞳を
本来動くはずない死体、だがソレが動いている状況を目撃して一瞬困惑するジーンであったがすぐに冷静になった頭で回答を導き出した
「どういう事だ、どうしてあんな体で動いているんだ………。っ!! そうか、死霊魔法か!! だとするとまずいぞバリー、早くこの情報を「ジーン!!」――――――!?」
焦る気持ちを抑えながら次の一手を打とうとしたジーンであったが自身の名を呼ぶバリーの声に気が付かされる
「囲まれてるぞ………………」
自分達だけではなく、この街そのものが数えきれない程の数の骸に囲まれていることに
――――――――――――――――――――――――――――
いきなり外壁を這いあがって来た者たちの姿を見た二人は、視界内に入るだけも2000体は居る敵の数に焦りを覚える
だが湧き上がった焦りを飲み込んで即座に抜刀した二人は、今まで行ってきた訓練の意味を証明するように動き出す
「バリー、街まで抜けるぞ!!」
「ああ!!」
まず二人は近場居た骸骨やゾンビと言った人型の骸たちを簡単に切り伏せていく
そして群がった骸たちとの戦闘開始から30秒で約300体を片付けると、今度は中型の飛竜の骸が数十体も上空から襲い掛かって来た
飛竜、それも中型となると討伐するのに十数名の軍人が必要だと言われる程であり、そんな怪物の襲撃に僅か二人の軍人ではどうすることもできない
「精霊よ―――――、我が未来に風の道標を」
「精霊よ―――――、我が肉体に荒々しき猛獣を」
それが普通の軍人だったのならば
だがこの場に居るのはメートリール防衛隊の実力者二人である
精霊術、それはフシューラ星を含めて多くの星で崇められる精霊に詞と共に魔力を捧げ、その見返りとして一時的に加護を受け取る術である
そしてその精霊術によって加護を受け取った二人は上空から襲い掛かる飛竜の骸に向けて力を振るった
「オォォォォォォ!!」
最初に動いたのは風の加護を身に受けたジーンだった
ジーンは風が纏った剣を飛竜の骸たちへと振り抜いた
すると剣に纏っていた風が竜巻のように放たれ、その風の斬撃に巻き込まれた飛竜の骸たちの大半が一瞬にして粉々に裁断される
そしてバリーもジーンの一撃に合わせて走り出すと、風の斬撃から逃れた飛竜たちに向けて剣を振るった
「シィッッ!!」
飛竜の外殻は非常に強固であり、やすやすと剣を通すことはない
だがバリーが身に受けた加護は強化の加護であり、肉体そして剣に宿った加護の後押しが乗った一撃によって飛竜の外殻をいともたやすく両断していった
そして先程の人型との戦闘と同じ様に飛竜の骸との戦闘も接敵から僅か十数秒で終わらせた二人は、そのままの勢いで街に向けて移動しようとした
だがそれが叶うことはなかった
「ガァ………ッ…………、あ?」
突然、ジーンが吐血して倒れ伏した
「!? ジーン!!」
背後で血を噴き出しながら倒れたジーンの姿に目を見開いたバリーは、慌てて駆け寄る
そこでバリーが目撃したのは胴体にぽっかりと空いた穴とその穴から溢れ出して地面に出来上がった血だまり、そして瞳から光を失い完全に動かなくなったジーンの姿だった
「何が………」
真後ろに居たはずのジーンの死、それもどうやって死んだのかすら分からない状況にバリーの顔には焦りの色が浮かぶ
だがすぐにジーンを死に追いやった相手と相対した
「あれは………」
バリーの視界の端、ひしめき合う無数の骸の背後で青い光が突然浮かび上がっていく
その数はバリーの視点から見えるだけでも約30個ほど
ゆらゆらと僅かに揺れる姿は幻想的ですらあった
だがそれだけの光源が出現したおかげか、その青い光を発した者の姿がぼんやりと暗闇に浮かび上がる
それは王冠を乗せた無数の頭蓋骨が組み合わさった歪な頭部、そしてそんな頭部とは真逆とも言える貴族のような服と煌びやかな装飾品の数々を身に着けた異形の怪物であった
その姿を視界に捉えたバリーは即座に理解した
(奴がジーンの仇。そしてこの惨劇を引き起こした元凶か!!)
そして目前に立つあの異形の怪物が全ての元凶だと分かった時点でバリーが行う事は決まった
それは対象の殺害である
(相打ちで良い。この国とこの国住む全ての人を守るためには此処で仕留めなきゃならない)
バリーは剣へ魔力を注ぎ込みながらその切っ先を異形の怪物へと向けると、僅かに恐怖で震える身体を低く沈めて跳び出す準備に入った
そして剣が琥珀色に輝くのと同時に地面を蹴った
(奴との力の差など分かっている、だがこの剣に宿った力なら可能際はある)
バリーの剣はこの世界でも希少性が高い精霊剣と呼ばれる物であり、その精霊剣には特殊な能力が込められていた
その剣に込められた力ならあの異形の怪物を滅ぼせると信じてバリーは進む
(目標は一点、奴の頭蓋を消滅させる!!)
そして異形の怪物との距離が半分ほどまで縮まった時、今まで虚空のような頭蓋の穴で揺らめくだけだった青い光に感情が灯って輝きを増す
それは鬼気迫る表情で突き進むバリーへ向けられたものであり
(!! 今、奴は嗤ったのか?)
明確に彼を嘲笑う感情が込められていた
しかし当てられた嗤笑の感情に対してバリーは冷静に対応する
(そのまま俺の事を馬鹿にして嘲笑っていてくれ。その方が殺しやすくて助かる)
そして高速で地面を滑るように移動したバリーは異形の怪物まで約5m程の位置にたどり着いた
その瞬間、バリーは精霊剣に向けて言葉を紡いだ
(この距離、やれる!!「形成しろ、精霊剣エレクバール!!!!」
精霊剣の名、それは精霊剣に秘められた力を解放する為に必要な儀式であり
その儀式を完了した精霊剣はバリーの手元で今まで一番の光を放ち琥珀色に輝く
(奴に動きはない、これなら行ける)
異形の怪物はいまだにバリーに視線を送るのみで何も行動する様子は見られない
そしてバリーは今が最大のチャンスだとその精霊剣の刀身に集まった力を目前に立つ異形の怪物に向けて撃ち放とうとした
だがしかしバリーは異常な集中力と強化の加護によって鋭敏になった聴覚で捉えてしまった
自身の挙動、自身の一手よりも遙かに高速で唱えられた詠唱に
「【totyos[mish]mi】【totohyos[misn]mi=hatmi】【hatryosrfutottokfu,hatryosrkokofu1nanayossmisy-hatyosi】」
「!? っ――――――――――――、くそがっ!!」
そして焦るバリーを中心に盛り上がった地面から彼の挙動を上回る速度で無数の鋭利な骨が突如として飛び出し、剣を突き出そうとしたバリーの胴体を串刺しにした
「ゴッ――――――ハ、――――ォ――――――ァ」
周囲に飛び散った鮮血と鋭利な骨が剣山のように広がった光景はまるで呪いの儀式の様だった
そしてバリーはその中心で体中を串刺しにされ、捧げられた生贄のように掲げられていた
だがバリーはそんな姿になってもまだ僅かに息をしていた
しかし彼の命は風前の灯火と言えるほどに弱弱しい
(こんな、ところで………………死んで、たまるか)
それでも彼は諦めようとせずに地面へと落ちた精霊剣へと手を伸ばそうとした
「―――――――ぁ」
だがその腕は精霊剣へと届くことなく虚空を切った
それは掴み損ねたのではなく、ただ精霊剣を必要とする者の鼓動が停止したからだった
――――――――――――――――――――――――――――
そして時間は城壁都市メートリール襲撃の数分前まで遡り、視点はメートリール内の居住区にある一軒家へと移った
「お母さーん」
凍えるような冷気が吹き街のいたるところに霜が降りる外とは違い、暖炉の熱で暖められたリビングに幼い少女の声が響く
それはこの家に住むトルネリア家の長女であるサニー・トルネリアの声だった
彼女は美しい金髪を纏めたポニーテールを揺らしながら大きなソファーに腰を下ろして休むお腹が膨らんだ母の下へと駆け寄った
そして近寄って来たサニーに優しく微笑みながら向き合った彼女はサニーの母であり、名をリサ・トルネリアと言った
リサはまだまだお転婆な娘の頭を撫でながら「どうしたの?」と声をかけた
すると撫でられて機嫌を良くしたのか表情を緩めた顔をしながらサニーは口を開く
「お父さんはまだ帰ってこないの?」
父親であるバリーが仕事で家を空ける日には必ず彼女の口から出るその質問に、リサもいつも通りの返答を返す
「お父さんならそろそろ帰って来ますよ。ほらサニー、お父さんの仕事は時計の針がどこまで行ったら終わりか覚えてる?」
「うん、あそこ」
「そう、正解よ。だからもう少し待てるかな?」
「う~ん。どうしよっかな~」
母からの問いにサニーは考え事をするような素振りをしながら、ソファーに座る母のお腹に視線を送る
そしてまた母に頭を撫でられた時のように顔を綻ばせた後、小さい声で少し恥ずかしそうにしながら話し出す
「でも、お姉ちゃんになるからね…………仕方ないよね。お姉ちゃんだからね、サニーは待てるよ」
「ふふ、そうね。お姉ちゃんだもんね」
妹が出来ることが嬉しいのか、どんな時も枕詞にお姉ちゃんだからと付ける娘の姿をリサは微笑ましく見守っていた
―――――だがそんな平和なひと時を過ごす彼女らへ日常を壊すようにその時突然、いつも通り平穏だった街全体をサイレンの音が包んだ
(!? この音は)
リサは元々メートリール防衛隊に魔術師として所属していたからこそ、即座にこの音が敵襲時に鳴らされるサイレンの音だと気が付いた
「お母さん、怖い」
「大丈夫よ、お母さんが付いてるから」
リサはサイレンの音に怖がる娘を宥めながら思考する
(他国の侵攻? いえ、魔物の襲撃かも。でも今はどちらでも構わない、敵がどうであれ
「サニー、すぐにここを離れるから扉の横に置いてある茶色の鞄を取ってきてくれる?」
「う、うん」
リサは落ち着いた娘に非常時の為に用意していた鞄を取りに行かせると、すぐに詠唱を始める
「軽く、軽く、器を浮かべて『
彼女はお腹に子供がいる為、無理に動かすと身体に大きな負担を掛けてしまう
それを回避するために彼女は軽量化の魔法を自身の身体に発動し軽くした
そして彼女はすぐに鞄を取り入った娘を呼んで家を出てから、街の中心部にある避難所に向かおうとして立ち上がった
だが立ち上がって娘の居る扉へと視線を移した彼女の視界に最悪な光景が映り込んだ
「おとう………さ………ん?」
それは娘のすぐそばで開かれた扉の前に立つ、血だらけで精気の無くなった
リサはそのバリーの姿を見てすぐにバリーが
そしてそれと同時に動く死体の近く居る娘の危機を察知して叫んだ
「サニーーーー、逃げてぇ!!!!」
「ぇ?」
しかし彼女願いは遅く、叫び声と同時に振るわれた琥珀色の剣がサニーの首を刎ね飛ばした
そしてゴロゴロと床に落ちて転がった首を彩るように、周囲に金色の髪と赤い鮮血が飛び散った
「あ、あ、ぁぁぁぁぁ」
あまりにも酷過ぎるその光景にリサは涙を零して倒れ込んだ
そして表情を絶望に歪めた彼女も、目前まで近づいて来た愛する男が振るう剣をその身に受けて娘と同じ様に絶命したのだった
――――――――――――――――――――――――――――
そしてその光景を見ていた者が一人
「父親に目の前で娘を殺された時の母の顔、これもまた素晴らしい!!」
悲劇であり人の尊厳を踏み潰していったその家族の死に、ソレはまるで劇を見に来ていた客のように拍手を行い、更に感激の声を上げる
そしてその発言から数分後、ソレの腕に一羽の黒鳥が止まった
その黒鳥は街を上空から監視するために飛んでいたものであり、その黒鳥が監視を止めて戻って来た事が意味するのは一つ
「おお、そうか、もう終いか。それは残念じゃの」
それは城壁都市メートリールの陥落の知らせだった
最初の襲撃から10分と47秒、僅かこれだけの時間で総人口11万人の城壁都市メートリールは一人の生存者も無く陥落した
そしてそんな古き良き街並みと温かみのある住民たち、その命と絶望が捧げられたこの襲撃を引き起こしたソレは、今よりも遥か昔の文献にすらその姿を見せる不死身の怪物であり、扱う魔法と無数の頭蓋を顔とする歪な姿からこう呼ばれた『骸の王』と
「しかし今回はとても愉快なものが多く見られて、儂は満足であった。ああ、次はどんなものが見れるのか、本当に愉しみで仕方がないわ。カカ、カカカカカカ!!」
骸は嗤う、愉快な物語を求めて死体と共に
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