第10話 辛勝

 タイタスとの戦闘で沖に出てしまっていた浅井は、今出せる最大の速度で港へと舞い戻ろうとしていた

 そしてエネルギー残量を気にかけながら夜空を駆けていた浅井の視界が、突如眩いほどの輝きに包まれる

 港から僅かに逸れた位置で発光し、浅井の視界を染めた輝きの正体それは天に向けて巻き上がった巨大な炎の柱であった

 そしてその炎の柱の正体を確認するために、ヘルメット内のモニター映像を拡大した浅井の目に映ったのは、炎に包まれ跡形もなく崩壊した港の姿だった

 

  (一体何があればこんな光景に…………)


 更に状況を詳しく知ろうと周囲へ視線を送った浅井は、真っ赤に染まった港の中心に空いた深く行き先の見えない大穴のすぐ真横に、燃え盛る炎を纏った悪魔が佇んでいるを目撃する


 (あれは………、まさかデオスさん!? それに向かいに居るケルベロスの様な姿の怪物は一体?)

 

 浅井は自身の知る姿とは大きくかけ離れた姿のデオスと、その向かいに立つ神話上のケルベロスに酷似した怪物の姿の存在に、一瞬だけ驚きと疑問の混ざった顔を見せる

 しかしすぐに脳をフル稼働させ、今できる事を探そうとする


 「現状把握を急ぎたいので、しろがねさん。まずはデオスさんとあの怪物の分析をお願いします」


 「分かりました、すぐに」


 しろがねはそう言うと即座に分析に入る

 そして分析が進んでいるのかモニターに映る数字が忙しく動く中、浅井は一気に高度を落としながらデオスの下へと近づいて行く

 風を切りながら進み目的の地まで後5㎞程まで接近した時、解析を終えたしろがねから浅井へ声が掛けられた

 

 「ムネタカ様、分析が終わりました。まずあの白い炎を纏った悪魔はデオス様で間違いありません。そして目前の状況を作り上げたのもその痕跡から、デオス様とあの三首の獣で間違いないと思われます」


 「そうですか………」

 

 (あれが、あの姿がデオスさんの本気………)


 ドラゴンとの戦闘でもオークション会場での戦闘でも見せる事のなかったデオスの力の全貌、そしてその超常的な力と同等以上の怪物を目の当たりにした浅井の指先が僅かに震え出す

 

 (恐怖ですか………………)


 それは生物としての本能からくる警告であり、生物の格が違う、お前ごときの力ではあの場に行けば死ぬぞと浅井の脳内へ煩いくらいに反響する

 それを浅井は指先の震えと共に握り潰す


 (何を恐れているんですが、今更でしょう死地に赴くなんて)


 浅井は揺らがぬ覚悟を持ってデオスの待つ戦場へ進もうとした

 その瞬間、まだ遠く離れた戦場に立っていた二体の怪物に急激な変化が起こる

 三首の怪物は腕を肥大化させると雄叫びと共に飛び出し、構えを取ったデオスの背後には白い炎で形作られた光輪が浮かぶ

 そして瞬きの間に衝突した


 「―――ッゥ!」


 衝突の余波は巨大な砂嵐として、ようやく海から地上へたどり着いた浅井の下まで到達する

 浅井はその衝撃を実体化させた大剣で受け流しつつ、荒れ狂う砂嵐の中に突入する


 「しろがねさん!! 状況はどうなっていますか、デオスさんは!!」


 視界が不明瞭な中、浅井は現状唯一この場の状況把握が可能であるしろがねに呼びかける

 僅かに焦りが籠ったその呼びかけに応えるように、即座に返ってきたしろがねの報告は浅井にとって最悪と言えるものであった

 

 「まだ両者の力は拮抗しています。ですがあのままでは、もしデオス様が押し勝っても肉体を焼失して死にます」


 「………………………しろがねさん、デオスさんの肉体は私たちの到着まで持ちますか?」


 「いえ、いまのエネルギー残量では間に合いません。間に合う速度では到着前にエネルギーが底を尽きます」 


 その情報を聞いた浅井は、即座に思考の海へと潜る

 

 (………………………………一体、どうすれば現状を………………)


 そして逡巡の後、浅井は一つの可能性に辿り着く


 「今からあの怪物に向けて剣を投擲します! 残りエネルギー全て使って構いません、だから計算してください。どの地点なら届きますか!!」


 方法は投擲

 自身が間に合わないのなら、間に合うものを用意すればいい

 ただそれだけではあるが、今この場で最もデオスを救える唯一と言っていい可能性であった

 

 (これが不可能であれば私にできる事はもうありません。ですのでどうか)



 頼みますと、そう願う浅井の下にしろがねの声が届く

 それは――――――


 「計算終了。ムネタカ様、ここから300m先のあの瓦礫が積み重なっている場所に降り立ってください。あの場所なら届きます」


 浅井の願いが届いた瞬間だった






 そしてビルであったものたちの瓦礫が積み重なって出来た丘へと降り立った浅井は即座に大剣をやり投げのように構え、しろがねからの合図を待つ

 

 「――――――エネルギー残量計算、角度調整」


 ヘルメット内にしろがねの声が響く中、浅井は大きく深呼吸をして息を整える


 「風による抵抗予測完了――――――。ムネタカ様、今です!!」


 そして全ての計算が終了した瞬間、浅井は届けられた合図の言葉と共に、視界の先の怪物目掛けて大剣を全力で投擲した


 「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 手から大剣が離れた瞬間に全てのエネルギーを使い切り、浅井の身体に纏わっていた鎧が消失する

 生身で放り出された浅井は、強い風を受けて倒れ込みながらも叫んだ


 「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 その後どうにか近くの瓦礫に掴まり、吹き荒れる風に対抗しながら顔を上げた浅井の目に映ったのは、砂嵐を裂いて青い光を描きながら突き進んだ大剣が、三首の怪物の胴体へと突き刺さった瞬間だった





   ――――――――――――――――――――――――――――――――



 炎が荒れ狂う

 地面は融解し、吹き荒れた衝撃波が嵐となって全て覆う


 「ウォォォォォォォォォォ!! 白炎火葬・日輪絶拳はくえんかそう・にちりんぜっけん!!!!」

 

 「「「ガァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」」」


 そんな地獄のような状況は、たった2体の怪物が引き起こしていた

 片方は炎の悪魔・白炎のデオス

 もう片方は三首の怪物で地獄の顎を持つジョエル・モスコール

 命をすり減らしながら衝突した2体、その殺し合いの決着はもうすぐ着こうとしていた

 そしてそんな一瞬の判断が勝負を分けかねない状況で、デオスは僅か数時間前に出会った男の事を思う


 (ムネタカは大丈夫なのか………………)


 浅井宗孝、僅かな時間を共に旅したその異世界から来た旅人の為に彼は、デオス・フォッサマグマは命を削っていた

 他の者から見れば狂気とも言える行いを行った理由、それは過去の後悔だった

 ただ一度、だが彼の心に残ったたった一つの傷が彼を今、死地へと突き動かしていた


 (ムネタカが俺の前に現れたあの日に俺は運命なのだと悟った。そういう運命なのだと。だから俺はもう二度とあの時ように後悔をしたくなかった

 だから俺はムネタカが元の世界に帰れるまで手を貸そうと、そう思った)


 「―――だから!! 負けられねんだよ!!」


 デオスは叫ぶ

 今、ジョエルを殺したとしても己が己の発する熱に耐えきれず焼け死ぬと、そう身体が叫んでいようとも

 その現実を超える為に

 腕が拳が焼け落ちていこうとも、己の全てを捻出し続ける

 

 「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 だがその炎と対決する三首の怪物も、この世界屈指の強者である事を証明するように更に力を増していく


「「「ガァァァァァァァァァァァァ!!」」」


 肉体も命も燃料として捧げられた事で闇のようにどす黒く変化していく炎を纏う拳と、流動し過剰な再生力を餌として何倍にも膨張してく異形の拳

 その衝突が始まってから数十秒


 「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 「「「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」


 遂にこの殺し合いは決着を迎える

 その決着の決め手になったのは、異世界人浅井宗孝が放った渾身の一撃だった


 「「「!?!?!?!?!?」」」


 噴水のように鮮血が飛び散る

 その鮮血を捉えて驚愕と混乱に落とされたのはジョエルだった

 ジョエルは目前の男に全ての意識を割いていたからこそ、その存在に気が付くことが出来なかった


 「「「大剣だと…………?」」」


 ジョエルは自身の胴へと、深々と突き刺さった大剣が飛んで来た方へと瞳を向けた


 (((あれ、は……………)))

 

 そこには雄叫びを上げながら、天高く拳を突き上げた若い黒髪の男の姿があった

 そして僅かな時間とはいえジョエルは浅井へと大きく意識を割いてしまった


 ――――――瞬間、ジョエルの目前で炎が強く輝いた




 

 僅かな隙、いや正確には大剣が突き刺さったその時には勝負は決していたが、その隙を逃すデオスではなかった

 デオスの記憶には無いジョエルを襲った大剣の存在、だがそれが誰の物かそして誰が行ったのかをデオスは一度も視線を向ける事なく理解していた


 (ムネタカ、助かった)


 僅かな笑みと共にデオスは、一歩前に踏み込んだ

 そしてその一歩と共に押し込まれた灼熱の拳に対して、もはや意識の外からの一撃を受けたジョエルには対抗する力は無く、その瞬間が訪れる事も無かった


 「終わりだジョエルゥゥゥゥゥ!!」


 膨張した異形の腕を融解しながら突き進むそのデオスの一撃によって、ジョエルは腕ごと胴体を両断されて吹き飛ばされた

 そして足首と頭のみを残して胴体全てを消し飛ばされたジョエルの飛び散った三首からは血潮と共に「「「見事」」」と、自身を打ち破った男達を称賛する言葉が零れた

 

 

 そしてデオスもジョエル討伐とほぼ同時に、その場に仰向けに倒れた

 大の字になったその身体から吹き出ていた炎は一瞬にして消え去り、そこ残ったのは四肢の大部分が焼け消え、全身を炭のように黒く焼け焦げた焼死体のような姿に変わったデオスだけだった

 




   ――――――――――――――――――――――――――――――――




 「はぁ、はぁ、はぁ、はあ」


 デオスの雄姿を見届けた浅井は、疲労が溜まった身体を気合で動かしながら走っていた

 投擲を行った地点からデオスが戦っていた場は離れており、約3㎞のマラソンをした浅井は息を切らしながらも戦闘の跡へと到達した

 戦闘終了後に天気は大きく変わり視界を阻むほどの強い雨が降り注ぐ中で、浅井は大の字に倒れ込んだ人影を発見する

 浅井はこの場所で戦っていたのはデオスとあの化け物のみだった為に、その人影デオスだと確信して駆け寄って行く


 「デオスさん!! 大丈夫ですか!!」


 そして声を上げながらその人影へ駆け寄った浅井が見たのは、焼死体のように黒焦げになったデオスの姿だった

 そのあまりにも変わり果てた姿に浅井は、最悪の場合を想定しながら声をかける


 「デオスさん!! 聞こえますか!!」


 しかし返答は続かず、浅井が顔を落としたその時、雨音に掻き消されかねない程に小さな声が浅井の耳に届く

 それは焼けた喉から絞り出されたデオスの声だった

 

 「ムネタカか………………、怪我は、無いか?」

 

 「ええ、私は見ての通り無傷です。デオスさんの方こそ大丈夫ですか?」


 「ああ、心配するな。俺は頑丈だからこれくらいじゃ、死なない、さ」


 「なら………………、良かったです。本当に」


 「ああそうだ、しろがねは?」


 「しろがねでしたら、今はエネルギー不足で眠っています」


 「そうか。………良し、全員の安全が確認できたな。………………それならさっさと、ここから、離れる、ぞ」


 その言葉と共に突然、デオスが弱々しい力ながらもボロボロの四肢で起き上がろうとする

 それを浅井は焦ったように近づいて支えると、傷ついた体のまま動き出そうとしたデオスを止めようとした

 

 「そんな体で動いてはいけません、デオスさん」


 しかしその声に被せるにデオスは話を始める


 「確かに休みたいのはやまやまなんだが、そうも言ってはられない。これだけ派手に戦闘を行ったんだ、そろそろ異変に気が付いた国軍がこの場所に向かって来ててもおかしくない。めんどくさいのに絡まれる前に逃げるぞ

 だから、ほら肩貸してくれ。流石に俺も一人だと歩くの辛いからな」


 その言葉に浅井は諦めたように頷くと


 「はぁ、分かりました。行きましょう」


 デオスの腕を肩にかけて歩き出した


 「ああ、そうだ、ムネタカ」


 「何でしょうか?」


 「最後の攻撃、助かった」


 「いえ、約束でしたから手助けすると」


 「………………そうだったな」


 その会話を最後に二人は、背後から聞こえたサイレンの音から逃れるようにこの場を後にする

 そしてようやく、浅井宗孝にとって激動とも言える異世界での一日が終わるのだった







                   1章  トリプル・ヘッド・ドッグ編 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る