第2話 炎の男

 二人の男が跨る赤いバイクが、高速道路を走っていた

 そのうちの一人は浅井であり、先程の一件により全身に複数の傷を負って白い制服に血が滲んでいた

 未だに奔る強烈な痛みに僅かに顔を歪めながらも浅井は、目前でバイクを運転する男に向けて口を開く


 「助けていただき、ありがとうございます。私は浅井宗孝あざいむねたかと言います。それでいきなりで申し訳ないのですが、貴方は一体何者ですか?」


 まず浅井は感謝、次に基本の名乗り、そして謎の男の素性を確認するための質問を、赤い服の男へ投げかける

 すると赤い服の男はミラー越しに、サングラスの向こう側にある赤い瞳で浅井を一瞥してから口を開いた


 「おう俺か? 俺は名をデオス・フォッサマグマ、巷ではそこそこ名の知れた傭兵をやってるもんだ」


 そうデオスはキランと白い歯を煌めかせ親指を立てながら自己紹介をした後、続けて言葉を紡いだ


 「で、ムネタカ? 何でさっきのトカゲに追われてたんだ?」


 いきなり名前呼びという凄まじい距離の詰め方をしてきたデオスの疑問に、浅井は困惑した顔を浮かべながら返答する


 「いえ、それが私にもサッパリで………、というか巨大トカゲだけではなく今置かれている状況全てが意味不明でして。………その、信じて頂けるかどうか分からないのですか私は恐らくどこか別の世界から飛ばされてきたのではないかと」


 今までの摩訶不思議な経験から浅井は自身が置かれている状況を転移のような何かで、別の星にでも飛ばされたのではないかと結論付けていた

 そしてその現代人が聞けば可笑しくなったとでも思われそうな話をデオスは、一瞬考える素振りを見せた以外に一切の変化を見せず「おう、そうか」と答える

 そのまるで聞きなれているかのような態度に浅井は疑問を覚える


 「その感じ、まさか私と同じような体験をした方が他にも?」


 「ん? ………ああ、まぁ現れるようになったのはここ4、5000年くらいの事だが、数百年ごとに1人か2人くらいはそういう奴が現れるよ。俺も知り合いに一人いたしな」

 

 「その言い方だと、その方は………」


 「死んだよ。まぁ、3000年も前の事だがな」


 そう話すデオスは先程までの燃え滾る炎のような暑苦しさと明るさを潜めており、どこか悲し気な雰囲気を帯びていた


 「―――っと、世間話はここまでだ」


 しかしそんな姿も背後から鳴り響いた咆哮と爆発音を聞き、即座に元通りに戻っていた

 そして背後で起こった爆発音の正体である巨大なトカゲは、その体躯に似合わない俊敏さで二人の事をビル間を跳び交いながら追いかけて来ており、浅井達から見て後300m程の距離まで迫っていた


 (そりゃあ諦めませんよね。もう少しその異世界人の事を聞きたかったのですが仕方ない)


 「ハハ! しかし、凄まじいものだ。ムネタカは余程の恨みを買ってるな」

 

 異常とも言える執念を見せる巨大なトカゲの姿にデオスは楽しそうな笑いを溢す


 「そのようで」


 「だが、このままにしていても鬱陶しいしやるか」


 「やるとは?」


 「殺す」


 「出来るのですか?」


 「おう、見ていろムネタカ」


 そう言って口角を上げたデオスの顔は凄まじく凶悪なものに変わっていた

 そして突如、バイクはその場で急旋回し


 「まさか!?」


 「ああ、そのまさかだ」


 巨大なトカゲへ向かって突撃を敢行した

 対し巨大なトカゲは今まで逃げに一手であった獲物の突如の行動とは対照的に急停止し、地面へと前足に付いた巨大な爪を突き刺す

 そして今まで閉じていたエリマキトカゲのエリマキに似た器官を開き、唸り声と共にそこにエネルギーを溜め始める

 

 「ムネタカ、運転席に移れ」


 その行動を視界に捉えたデオスは、バイクのカウルへ跳び移る


 「デオスさん!?」

 

 浅井は一瞬驚き固まるも、すぐに指示通りバイク運転席に移りハンドルを握る

 

 「一体何を?」


 「俺を信用してそのまま突っ込め」


 「何が何だか分かりませんが、………了解しました」


 そして短い付き合いであるがこうなっては託すしかないと浅井が覚悟を決めたその瞬間、正面に鎮座する巨大なトカゲが顎を開く

 すると鋭い牙だらけの口内から炎が溢れ、デオス達目掛けて馬鹿げた大きさの火球が撃ち放たれた

 その威力は頑丈に作られているはずの道路を一瞬して破壊し蹂躙する

 そして全てを飲み込みながら進む火球は遂にデオス達に衝突し

 

 ――――飛び散るように掻き消える


 「!?」


 突如として拡散し消えた火球の姿に驚愕する浅井、しかし彼にはそれよりももっと驚愕する事実があった

 それは目前に立つデオスの身体から炎が上がっていた事である

 しかも本来ならとっくのとうに黒焦げになって焼死しててもおかしくない筈なのに、デオスは無傷の姿で楽しそうに笑っていた


 「ハハハハハ!!」


 ではその炎は先程の火球が燃え移ったものなのか

 否、炎はデオス・フォッサマグマの肉体から噴き上がったものだった

 そしてその炎を纏ったデオスの姿を見て、対峙する巨大なトカゲも浅井と同じく戸惑い固まっていた

 しかし本能で巨大なトカゲは攻撃態勢に入り、先程以上の速度でエネルギーを貯めると、再度デオス達に目掛けて火球を放とうとする

 だが――――


 「遅い、火葬絶拳かそうぜっけん!!」

 

 それよりも先に巨大なトカゲの眼前に現れたデオスが放った炎の拳が、分厚い鱗に覆われたトカゲの顔面に撃ち込まれ


 「ギギャァ――――――――――――――――――!」

 

 一瞬だけ漏れる悲鳴

 しかしそれをかき消すように拳が巨大なトカゲの顔面を破壊し、そしてそのままの勢いで胴体すらも貫通して行き

 遂にデオス達が乗るバイクは、尾をぶち抜いて反対側へと跳び出すのだった

 

 そしてぽっかりと大穴を開けた巨大なトカゲを背後に停車したバイクから飛び降りたデオスは、乱れた髪を掻き上げながら浅井に向けて口を開き


 「な? 殺れただろ」


 そう笑うのだった

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