機炎異界

山吹晴朝

トリプル・ヘッド・ドッグ組編

第1話 転移

 何の変哲もない街、その一角で同じ黒い制服を来た37人の不良がたった1人の男を囲い込んでいた

 そして中心に立つ白い制服の男を逃がすまいとじりじりと囲いを狭めていた黒い制服の男達の1人が、餌を前に我慢が出来なくなった犬のように血走った目でナイフを振り上げながら襲い掛かった


 「仲間の仇だ死ねぇ! 浅井あざい!!」


 迫力のある怒声と共にナイフが浅井と呼ばれた男、その首元へ迫る

 まともに当たれば一撃でお陀仏になるであろうその一振りを、浅井と呼ばれた男は一切顔色を変えることなく僅かな動作で躱して見せる

 

 「なっ!? ゴファッ!」


 そしてすぐさま呆気にとられた不良Aの顔面を殴りつけると、砕けた歯と血を口から吐き出して倒れ伏した不良Aから視線を背後から迫る3人の不良へ移し

 

 「よくもッゴヘ!?」


 「テメぇってボヘェ!?」


 「何、ギャ!?」


 流れ作業のように3人の意識を一撃で刈り取った

 あまりにも綺麗なその一連の動作に三人に続いて浅井に襲いかかろうとしていた周囲の不良は一瞬目を奪われ立ちつくすが、すぐに仲間が倒れ込んだ音で怒りと恨みの感情を思い出し襲撃を再開するも――――――


 二分すら超えずに勝負は決した

 その内容は余りも一方的であった為に割愛するが、不良たち33人は1人残らず顔面に拳がめり込んだ跡を残して倒れ伏していた

 そしてそんな1対37というリンチにしかならないはずの勝負を終えた浅井という男の顔には、完勝という結果に相応しい勝者の笑みが浮かんでいるかと思いきや

 

 「不味い――――――!!」


 絶望が混じった何とも言えない顔をしていた

 なぜ浅井がそのような顔しているのか、もちろんこの世終わりを目撃したわけではない

 今は何時かと取り出した、携帯の画面に映った8時20分という時刻を目撃してしまっていたからだ

 この8時20分とは、浅井の高校のSHRが始まる時間の5分前を現していた

 そうこの男、染めた白髪に喧嘩三昧のせいで白い制服の裾に染み付いた血痕の跡というザ・不良の見た目から想像が付かないだろうが、色々と理由があるとはいえ意外にも無遅刻無欠席に拘っているのだった


 (どうすれば間に合うでしょうか? っと、まずは落ち着きましょう。それに此処で考えてるだけ無駄です、とりあえず走ってから考えましょう!!)

 

 浅井は焦りながらも、即座に高校へ向けて全力疾走を始める

 そして浅井は何度も襲い掛かる曲がり角と赤信号という先程戦った不良たちを遥かに上回る障害を越えて4分後、ようやく学校へ続く最後の曲がり角に辿り着く

 浅井はその曲がり角をまるで車のドリフトのように曲がり、高校の正門を視界に捉える


 (ここから正門までの距離、それに対して現在の私の速度であれば間違いなく間に合います)

 

 「勝っ――――タガッッ!?」


 そう勝利を確信した瞬間、浅井は突然顔面に、いや正確に言うと勝ったと口にしようとして開けた口内に入って来た謎の物体の衝突によって発生した衝撃を受けて身体を大きく仰け反った


 (一体何が?)


 混乱する浅井の脳内、そこに更なる混乱が訪れる

 彼の口内に入っていた何かが、まるで突っかかりなど何もないかのようにするりと喉を滑って体内へ落ちていく

 浅井はその時の不快感を胸に感じながらも何とか思考を取り戻し一旦、地面へ倒れ込もうとしている身体の体勢を直そうとして地面を向くが

 そこには地面など無く、ポッカリと開いた空いた直径5m程の穴だけが存在した

 

 (………はい?)

 

 そして浅井は驚く隙なく、まるで星々が無数の輝く宇宙のような闇へと無抵抗で落ちて行くのだった



    ――――――――――――――――――――――――――――


 

 「い、つっ………。って此処は―――――」

 

 感覚にして僅か5秒の宇宙旅行、正確には宇宙のような景色の世界を抜けた先で高速道路ような場所に降り立った浅井の視界に入ったのは、天まで伸びる何百もの高層ビル建ち並ぶ巨大都市だった

 一目で先程まで居た日本とは違う異界へ迷い込んだと確信できるその風景に、浅井は驚愕し声を失った

 しかし衝撃に次ぐ衝撃、混乱に次ぐ混乱の中に居る彼をまだ休ませる気は無いと更なる問題が発生する

 それは前方から鳴り響く無数のエンジン音だった

 

 「今度は何が」

 

 すぐ音を聞き立ち上がった浅井の視界の先、数百メートルも無い距離に数十台の車とバイクが迫り来ていたが、その見た目は現代ではあり得ない姿をしており、大半は地面から僅かに浮かんでいて、地に付いているものですらSFに出てくるような奇抜な外見をしていた

 更にその運転席に乗るのは羽を生やした人間から動物頭の人型や西洋の鎧姿の者など多種多様で、まるでハロウィンや百鬼夜行の祭りの出席者のような姿の者ばかりであった

 化け物のパレードという言葉が正しいような集団ではあったが、そんな彼らから少しでも情報を取ろうと浅井は道路の端へ寄りつつ手を振ってその集団へ声を上げた


 「すみません。緊急事態が発生しまして、どなたか止まって頂けないですか?」


 しかし次の瞬間、全ての車やバイクが一切速度を緩めることなく、それどころか浅井を轢き殺す勢いで目の前を通り過ぎていく

 

 (おっと、一台も止まってくれないとは。さて、どうしますかね。………しかし何ぜ皆さんは、あんなにも怯えた顔を?)

 

 全ての車から無視され一切情報収取が出来なかった浅井であったが、そんなことよりも気になったのは運転手達の怯えた顔であった

 一体何がと考える浅井であったが、その答えはすぐに解明されることになる

 

 「おや、また来ましたか。すみません、そこのどなたか止まって頂けませんか?」


 先程の一団から遅れて十数秒、また走って来た十数台の車へと呼びかけた瞬間だった

 突如、道路が爆発を起こし、一番後ろを走っていた車がその爆発に巻き込まれて上空へと吹き飛ばされる

 そして火を噴きながら凄まじい速度で落下してきた車は浅井の背後、反対側の対向車線の壁に叩きつけられ大爆発を起こした

 

 「はい?」


 呆気に取られた浅井であったがここまで何度も異常事態を体験した事で耐性が付いたのか、即座に振り向き先程吹き飛んで来た車を確認する

 車は爆発の熱と炎で黒焦げになっており、更に上空から叩きつけられた衝撃で原型が無くなり車であった証明すらできなくなっていた

 そして再度、車の方へ向き直した浅井は爆発の正体を目撃する

 それは十数メートルはあろう巨大なトカゲの姿だった

 巨大なトカゲは遅れる車やバイクを噛み砕き踏みつぶしながら、浅井が居る方角へと突き進んで行く


 「怯えていた理由はアレですか!!」


 浅井は先程の一団の運転手たちが怯えた顔をしていた理由に何度か納得の頷きを見せると、渋い顔で巨大なトカゲを背に走り出した

 今日、二度目の全力疾走

 それも背後から巨大な怪物が迫っている事実に久しぶりの命の危機を感じて、流石の浅井も焦りを隠し切れずいた

 しかしそれでも頭の中に冷静な思考能力を維持し続ける彼は、即座に生存の可能性を高める為に反対車線に移る

 そして目前にある合流地点から別の道へと駆け込むのだった


 (先程に一団には悪いですが、囮になってもらいましょう)


 浅井は自身の選択に心が痛むが、現状対抗手段無くただみっともなく逃げるしかない自身に出来ることなど無いと納得して、息を整えてから生き残るためにまた走り出す

 

 (さて、逃げきれたとはいえ、この辺りに居るとまた巻き込まれかねませんから、早く非常出口を見つけて此処から降りましょう)


 そして非常口を探そうと視線を振ったその時、浅井の背後で全身を揺さぶるような衝撃と爆音が響いた

 

 (――――――まさか)


 脚は止めずに悪い予感と共に振り向いた浅井の視界の先に居たのは、想像通り先程の巨大なトカゲであった


 (いったいなぜ? 狩りやすさ? いやアレからしたら微々たる差でしかない筈、それに腹が減っているなら尚更数の多い向こうに行くはずです。ならばどうして………?)


 浅井は疑問で頭が一杯になるが、勢い余って壁に何度も衝突し体に傷を付けながらも一切その速度を弱める事なく、己の下へ一直線に向かってくる巨大なトカゲの姿を見てその何故に答えを出す


 「ああ、最初から私狙いですか」


 絶望的な真実に辿り着いた浅井であったが、しかしその顔には僅かに笑みが浮かんでいた

 だが決して絶望や諦めから浮かべたものでは無く、過去にした大切な約束を守る為に覚悟を決めたからこそ浮かべたものだった

 

 「でしたら、やってやりましょう」


 そう言葉を吐き捨た浅井は、視界の先に見えた非常口へ向かって地面を力一杯前へと蹴り出した 

 そして一気に加速した浅井を追って、巨大なトカゲもその巨体に似合わぬ動きで進みだした


 「ッゥ!」


 背後の気配に気を付けながら浅井は最短距離で非常口へ駆けていくも、巨大なトカゲが動くたびに打ち上げられた瓦礫が空から降り注ぎその行く手を阻む

 瓦礫は大きければトラック程度の大きさがあり、当たれば一発でミンチになることは確実であった

 だがそれだけに注目していると今度は無数に降り注ぐ礫で傷を負いかねず、更にその拳ほどの粒ですらも当たり所が悪ければ致命傷になりかねない

 その事を分かっているからこそ、浅井も異常な集中力で致命傷だけは避けるように立ち回る

 しかしそれでは傷は増え続け動きは鈍り、更に最短距離で走れもしない為に巨大なトカゲとの差は埋まりつつあった

 だがそれでもどうにか瓦礫と瓦礫の間を縫うように進んだ浅井は数秒後、ようやく目的の非常口のドアノブへと手をかけようとしていた

 しかしその瞬間、浅井の身体は背面に奔った衝撃によって吹き飛ばされ、非常口を遥かに通り越した地面に叩きつけられる

 しかし空中で咄嗟に受け身を取った浅井は、何とか戦闘不能になる傷を負うことなく無様ながらも起き上った


 「グゥ………ッ」


 そして浅井は口から僅かに垂れる血を袖口で拭い、掠れた視界で巨大なトカゲと周囲の有り様を映す

 動きを止めた巨大なトカゲとその近くで崩壊した側壁、更に先程まで手の届く位置に在った非常口を中心に、周囲の壁や地面を陥没させた無数の人ほどのサイズの瓦礫や拳だいの瓦礫の姿

 視界に移る光景から浅井はすぐに、巨大なトカゲが砕いた側壁の瓦礫を自身に向けて弾いたことに気付く

 そして更に未だ体中に奔る痛みで動けずにいた浅井へと、強い殺気が向けられる

 それは先程の瓦礫攻撃が、再度振るわれようとしているという合図でもあった


 「っ!!」


 目前に迫った死を回避する為、気力を振り絞り動き出す浅井

 しかしそれより早く、分厚いトカゲの前足が地面へと叩きつけられた

 轟音と衝撃が奔る

 高速道路どころか周囲のビルを揺らす程の衝撃を発生させたその一撃により、まるで巨大な杭のように砕けた道路の破片が、散弾銃のような凶悪さを持って飛んだ

 

 (これは避けれ――――)


 迫る瓦礫の散弾、その凶弾に対して浅井は回避することも叶わず、その肉体を裂かれ18年の生涯を閉じるはずだった――――――



 「!?」


 「大丈夫だったか、少年!!」


 だがその直前に浅井は、突如としてバイクに乗った真っ赤なスーツを着た赤髪の大男に担がれて、死地から一時脱するのだった

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