第51話 怪物の森へ
門が開き、出入りを封鎖していた騎士たちの何人かが城壁の中に消えた。
おそらくはフォシアの仕業だ。騒ぎを起こし、騎士たちをおびき寄せてくれているのだろう。
「ミーラ」
闇にひそみ、俺は小声でミーラを呼んだ。
「グネヴァン帝国にむかう道はわかるかい?」
「はい」
ミーラはうなずいた。
「街道を使えば。けれど」
ミーラは声を途切れさせた。叛乱騎士たちがおさえているに違いないからだ。
もしかするとキラピカの兵が動いているかもしれなかった。そうであれば街道を使っての脱出は不可能だ。
女三人をつれていて騎士たちを突破するのはフォシアの力を借りていても難しい。乱戦にでもなり、誰かを人質にでもとられたらもう戦うことはできないだろう。
「別の道はないのかい?」
「裏街道もありますが……」
「やはりおさえられているか……」
俺は途方に暮れた。脱出路がないからだ。
「ミーラ。モスナ公国とグネヴァン帝国との関係はどうなの?」
「関係?」
「ああ。友好国であるとか、同盟を結んでいるとかいう意味なんだけど」
「同盟は結んでいません。それと特に友好というわけでは。敵対しているということもありませんが」
「そうか」
俺はため息混じりの声でこたえた。
同盟を結ばず、さらに友好国でもない以上、グネヴァン帝国が叛乱鎮圧に動くことはないだろう。キラピカを牽制することはあるかもしれないが、それで積極的に軍を動かすことはない。つまりはグネヴァン帝国からの援軍は見込めないということだ。
「他国への脱出路はその街道だけかい?」
「もう一つあります」
「もう一つある!?」
俺は期待に胸をおどらせた。もしかするとそちらから脱出できるかもしれない。
「それもグネヴァン帝国に通じているのかい?」
「いいえ。エーハート王国です」
「エーハート王国?」
俺は一つのことを思い出した。モスナ公国が接しているのはグネヴァン帝国だけではないことを。
「エーハート王国とは同盟を結んでいるのかい?」
俺は確認した。するとミーラは首を横にふった。
「いいえ。エーハート王国とも同盟は結んでいません。エーハート王国とグネヴァン帝国は仲が良くありませんから。どちらかと同盟を結んでしまうと、他方の国とは自然と敵対関係になったしまうので」
「そうか」
俺は二つの強国にはさまれた弱小国の悲哀を悟った。よほど上手くたちまわらなければどちらかに組み込まれるか、分割されてしまう恐れがある。
「じゃあ、その道も無理か」
「おそらくその道に叛乱騎士はいません」
ミーラがいった。きっぱりと。確信のある声音だった。
怪訝に思って俺は訊いた。
「どうしてその道に叛乱騎士がいないと言い切れるんだい?」
「怪物がいるからです」
「怪物?」
俺は首を傾げた。
ムヴァモートはファンタジー世界だ。日本と違って怪物が跳梁跋扈している。
が、場所が場所だ。国と国を結ぶ道を怪物がふさいでいたとして、それを国が放っておくだろうか。
国には騎士がいる。当然騎士を送り込み、怪物を退治するだろう。騎士でなくてもバンサーもいるのだ。
その疑問を口にすらと、ミーラは深刻な表情でうなずいた。
「送り込んだのです。モスナ公国とエーハート王国も。騎士を。さらにはバンサーも。けれど怪物を退治することはできなかったのです」
「ええっ!」
驚いて、俺は思わず声をもらした。
二国が騎士やバンサーを送り込みながら退治できなかった怪物。それは一体どのような怪物なのだろうか。
「その怪物について、ミーラは何か知っているのかい?」
「詳しくは知りません。毛むくじゃらのヌマのような怪物らしいのですが」
ミーラはこたえた。ヌマというのは熊に似た動物らしい。
「ヌマのような怪物……か。それがわかっているということは、目撃者が……つまりは生き残っている者がいるということなのかい?」
「はい。退治にむかった騎士もバンサーも全員生き残っていると聞いています」
「全員!?」
俺は耳を疑った。二国が送り込んだ騎士やバンサー集団が撃退されながら誰も殺されていないとはどういうことなのか。
モスナ公国やエーハート王国の騎士に聞けば詳しいことがわかるだろうが、今はそれも無理だった。情報が是非とも欲しいところだが、仕方ない。
「どうするか?」
俺は迷った。脱出路を街道にするか、その森にするかについてである。
街道をえらんだ場合、多数の騎士と戦わなければならなくなる可能性があった。森なら騎士たちを撃退した強力な怪物が相手となる。
突破するだけなら、おそらく街道だろう。フォシアの力強さが生きている今なら困難だが突破できないことはないと思う。
けれど、それは単独であった場合だ。ミーラたちがいる以上、多数を相手取るのはまずかった。人質をとられた場合、どうしようもなくなくなる。
ミーラたちのことを考えるのなら、やはり森を選ぶしかなかった。
強力な怪物にとれほど対抗できるかわからない。けれど怪物は一体だ。俺が戦っている間、ミーラたちに危害は及ばないだろう。最悪、俺が足止めしている間に逃がすという方法もあった。
「よし。森を抜けよう」
俺は決断した。
ニポラテの森。
鬱蒼と木々が茂る深い森だ。砕かれた月の光も地表には届かない。
濃い闇の中、俺のもつ松明の炎が当たりに光を投げかけていた。その光に浮かび上がっているのはミーラたミカナ、ポリメシアの三人だ。
意識を取り戻したポリメシアは一人で歩いていた。顔からは表情が抜け落ち、黙々と足を運んでいるのが不気味である。松明の火はポリメシアがつけたのだった。
先頭をいく俺の足取りに迷いはなかった。草に隠されてはいるが、一筋の道が続いているからだ。夜目のきく俺が見通すことは造作なかった。
「少し休もうか?」
足をとめると、俺は振り返った。ミーラは荒い息をついている。
「わたしは大丈夫です」
「わたしも」
ミカナがうなずいた。ポリメシアは黙したままうつむいている。
声をかけようとして俺はやめた。かけられる声などなかったからだ。
ポリメシアはバレートことが好きだった。そのバレートが死んでしまったのだ。その気持ちは察するにあまりある。
慰める言葉などなかった。今はそっとしておくしかない。
「じゃあ、いこうか」
促すと、俺は歩き始めた。
俺が足をとめたのは、それからしばらくしてからのことだ。眼前に黒い影が立ちはだかったのである。
「帰れ」
影はくぐもった声で命じた。
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