第43話 混沌のピリキカ
「奴らはどうした?」
辺りを見回し、バレートが訊いてきた。その手には獣皮紙が握られている。
「逃げたよ」
俺はこたえた。するとミカナが悲鳴をあげた。俺の胸の傷に気がついたのだ。
「ハルト。どうしたんですか、それ?」
聖魔術を施しながら、ミカナが訊いてきた。苦笑すると、俺はこたえた。
「ダークエルフにやられた」
「ハルトに傷をつけるとはな。さすがはダークエルフだぜ」
「変なとこに感心しないで」
ポリメシアがバレートを睨みつけた。俺は苦笑を深くすると、バレートに確認した。
「館の中はどうだった?」
「だれもいなかった。あるのは食い物と酒くらいだな。あと」
意味ありげにバレートは獣皮紙を掲げてみせた。
「これは……」
俺は眉をひそめた。獣皮紙に描かれているのが地図であったからだ。不逞の輩が所持しているのはおかしい。
「どういうことなんだろう?」
俺は地図の二点を指し示した。グネヴァン帝国とモスナ公国に記しがつけられている。
「グネヴァンとモスナ、か。俺も気になってたんだ」
バレートが首をひねった。俺は嫌な予感がした。
グネヴァン帝国とモスナ公国。両国とも、今関わっている国だった。偶然とはいえ、妙な因縁を俺は覚えた。
「他になにもなかった以上、この地図が何を示しているのかはわからない。ともかく、この地図を含めて手に入れたものを持って帰るしかないだろうな」
「そうだな。この地図だけでも手に入れたのは上出来かもしれない。さっさとこいつを渡して、仮の騎士見習いにしてもらおうぜ。きっとミーラが待ちかねてる。早くハルトと結婚したいってさ」
からかうようにバレートがニンマリと笑った。
「ふうむ」
ゼスヌムシル伯爵がうなった。その手には俺たちが手に入れた地図がある。
「彼らの中にはダークエルフがいたんだね?」
ゼスヌムシル伯爵が地図から目をあげ、俺たちを見た。
「はい。一人ですが。かなりの強敵でした」
俺はこたえた。するとゼスヌムシル伯爵はまた地図に視線をおとした。
その態度が気になって、俺は訊いた。
「それくらいしか手がかりはなかったんですが……。彼らについて、何か心当たりはあるんですか?」
「ピリキカ」
独語めいた声をゼスヌムシル伯爵がもらした。
「ピリキカ?」
聞いたことのない言葉だ。が、バレートたちは違った。動揺の波が伝わってきた。
「知ってるのか、ピリキカが何か?」
「あ、ああ」
バレートがうなずいた。
「混沌の国だ」
「混沌の国?」
わからない。するとゼスヌムシル伯爵が口を開いた。
「ピリキカはグネヴァン帝国とモスナ公国に接する大国だ。国教として暗黒神ガザグリガを信仰しており、それゆえ混沌の国とよばれている」
「暗黒神……」
俺は声を失った。
暗黒神。なんというおぞましい響きだろう。
が、俺は勘違いしていた。暗黒神は単なる邪神ではなかったのだ。
ゼスヌムシル伯爵の説明によると、ムヴァモートには有名なところで八柱の神がいるらしい。秩序を重んじる光の五柱と混沌自由を重んじる闇の三柱の神々だ。
ピリキカが信仰している主神は闇の三柱の一柱であるガザグリガであった。乱を司る神性である。
闇の神性を国教とするためか、闇に属する種族が存在しているのもピリキカの特徴の一つである。
たいていの国では忌み嫌われるダークエルフのほとんどはこの国に存在していた。さきほど相対したダークエルフもそのうちの一人だったのだろう。
「彼らがピリキカの者として、どうしてグネヴァン帝国にいたのでしょう?」
俺は訊いてみた。するとゼスヌムシル伯爵は地図の二点を指し示した。記しのあったグネヴァン帝国とモスナ公国だ。
「これが問題だな。もしかするとグネヴァン帝国とモスナ公国に何か仕掛けるつもりなのかもしれない」
「何か、とは?」
「さあて」
ゼスヌムシル伯爵が薄く笑った。ぞくりと背が粟立ちそうになる怖い笑みである。一瞬だが、俺はゼスヌムシル伯爵の本性を見たような気がした。
「あ、あの……それでハルトの騎士見習いの件は?」
おずおずとバレートが確認した。すると我に返ったようにゼスヌムシル伯爵はうなずいた。
「わかっているよ。騎士見習いであるという書面をつくろう。それを持参すればモスナ公国も相応の扱いをするだろう」
「ありがとうございます」
俺たちは揃って頭を下げた。
「確かにダークエルフだっのか?」
ゼスヌムシル伯爵が問うと、眼前に立つ男がうなずいた。先日ゼスヌムシル伯爵が呼んだ配下の男である。
「あの手練れ……おそらくはヴェネザはないかと」
「ヴェネザ?」
ゼスヌムシル伯爵が眉をひそめた。
「確かにヴェネザなのか?」
ゼスヌムシル伯爵が問うた。ヴェネザはピリキカの暗躍騎士である。ゼスヌムシル伯爵が知るほどの手練れであった。
「はい。一度ですが目にしたことがあります。しかし」
「しかし? なんだ?」
「確かにヴェネザであったのか、そうと言い切れる自信がなくなりまして。ヴェネザは伯爵もご存知のようにかなりの手練れ。グネヴァン帝国の暗躍部も手を焼いている敵であります。しかるに、あのハルトという少年が互角にわたりあっておりまして」
「互角!?」
ゼスヌムシル伯爵が瞠目した。
「それは確かなのか。ハルトがヴェネザと互角に渡り合ったというのは?」
「はい。確かにハルトがヴェネザらしきダークエルフと互角にわたりあって……いや、私の目にはハルトの方が圧倒しているとさえ見えました。だからこそ首を傾げざるを得ないのです。彼らがいうことが本当のことならば、ハルトは初級のバンサー。そのような者が互角に渡り合えるはずがないのです、ヴェネザというダークエルフは」
「だからこそおもしろいのだよ、あのハルトという少年は。おそらく異世界人だろう。もしかするとムヴァモートになんらかの影響を及ぼす存在になるかもしれん。なおさらに監視を続けなくてならなくなったようだ。必要ならソイアを妻とし、婚儀を結ばせることも視野においてな」
くくく、とゼスヌムシル伯爵は笑った。
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