第42話 強敵
「ダークエルフ?」
ポリメシアの異様な態度に驚いて、俺は訊いた。
「そうよ。エルフ族の亜種よ」
「エルフ族の……」
ポリメシアのこたえに、あらためて見てみると、確かに街中で時々見かけるエルフに似ていた。ただし肌の色は違うが。
「エルフの亜種なのに、あまり街中では見ないな」
「当たり前です」
ミカナが吐き捨てるようにいった。いつも優しい彼女にしては珍しいことである。
「当たり前?」
「はい。彼らは邪神の徒なのです。そのような者がムヴァモートで自由に歩くことなどはできません」
ミカナはいった。
かつて神々が光と闇の陣営に分かれて闘ったことがあったらしい。その際、あらゆる生き物が両陣営に別れて戦った。エルフもまた例外ではなかったらしい。
やがて戦いは終わった。光の神々の勝利で。
光の神々の陣営についたエルフは、陽光の下、森の妖精となった。
対して闇の陣営についたエルフは地下に追いやられた。長い地下暮らしで、彼らは闇の色の肌となったと伝承にはうたわれているらしい。
光の神々の信奉者であるミカナが嫌うのも無理からぬことではあった。
ともかくダークエルフは強い。俺はそう思った。
「俺とフォシアで二人を引きつけて迎撃する。その間にバレートたちは館に入ってくれ」
「俺たちが館の中に?」
納得いかないという顔をバレートは俺に近づけたきた。
「全員で二人にかかった方がよくないか?」
「館の中にまだ敵がいるかもしれない。もしそうなら不意打ちされる可能性がある。下手をしたら全滅だ。それを防ぐためにも館内部を確認した方が良い」
「それもそうだな」
バレートはすぐに納得した。
「よし。その作戦でいこう」
「じゃあ、合図したら俺たちがでる。館の入り口から離れたらバレートたちは突っ込んでくれ。いいか、いくぞ」
フォシアと視線を交わすと、俺は藪から飛び出した。フォシアもまた。
「なんだ、きさまら!」
ダークエルフが驚愕に目をむいた。ごつい方の男が剣を抜き放つ。
俺とフォシアは揃って後退った。二人の男を館から引き離すためだ。
「ドカー。二人とも殺すなよ。こいつらが何者か聞き出さんといけないからな」
「わかった、ヴェネザ。じゃあ男の方を殺そう」
ドカーと呼ばれたごつい男がニンマリした。すると、ドカーの前にフォシアが立ちはだかった。
「あなたの相手はわたしよ」
「はあ?」
ドカーが小馬鹿にしたように笑った。
「おまえが俺の相手? 馬鹿馬鹿しい。が、まあ、いい。適当に遊んでやるぜ」
「ドカー。わかってるだろうな。殺すなよ」
余裕の態度でヴェネザが抜剣した。そして冷たい目で俺を見据えた。
「けれど、おまえは殺す」
「やれるものならやってみろ!」
俺はあえて挑戦的な言葉を投げつけた。そしてさらに後退った。フォシアもまた。
「逃がさん」
ヴェネザが踏み込んできた。はじかれたように俺はさらに跳び退った。
その時、俺の目は館に忍び入るバレートたちの姿をとらえている。ヴェネザたちの注意をひくことには成功したようだ。
刹那だ。ドカーが戦斧を振った。無造作な一撃に見える。
するりとフォシアが身を躱した。戦斧の巻き起こした風に銀色の髪がなびく。
恐るべき破壊力を秘めたドカーの一撃だった。かすめただけで火膨れができてしまいそうだ。
「余所見しているとは余裕だな」
ヴェネザが剣を繰り出した。ひらめく刃は速く、鋭い。おそらく銅級バンサーでも躱せはしないだろう。
が、俺は銅級バンサーをたおした男だ。フォシアとキスした俺には通用しない。
ヴェネザの一閃を見切った俺は反撃した。ヴェネザのそれより速く、鋭い一撃だ。
やった。
そう思った瞬間、俺の眼前で火花が散った。ヴェネザが俺の剣を受け止めたのだ。
まさか、と俺は思った。剣速は明らかに俺の方が速いからだ。
「これならどうだ!」
俺は続けざまに剣を撃ち込んだ。無数に火花が散る。
俺の剣はヴェネザのそれより速かった。が、ヴェネザには届かない。俺の撃ち込みの悉くをヴェネザは防いでみせたのだ。
技だ。
俺は悟った。ヴェネザの強さを。
剣の速さではヴェネザは俺に追いつけない。が、読んでいるのだ。俺の剣の流れを。
「くそっ!」
俺はさらに剣速を速めた。おそらく常人には視認しきれないだろう。
「確かに速い。が、素直すぎる」
ヴェネザの口元に笑みがういた。
嘲笑。それが俺の怒りと焦りに火をつけた。
「うるさい!」
俺はなおも剣をふるった。さらに速く。
技術がなんだ。そんなもの、速さでふりきってやる。
俺は思った。
刹那だ。ぬっとヴェネザが俺に迫った。俺の懐に飛び込んできたのである。
「おまえの剣は速い。まるで旋風のように。が、渦の中心は凪いでいるものなんだよ」
ヴェネザの目がぎらりと光った。反射的に俺は跳び退った。
地に降り立った俺は胸に激痛を覚えた。ヴェネザの刃によって切り裂かれていたのだ。
「浅かったか」
ヴェネザがニヤリとした。俺の背にぞくりと戦慄がはしる。
危なかった。咄嗟に跳び退らなけれな胴を両断されていたところである。
「ほう」
感嘆の声がした。ドカーの声だ。どうやら俺がヴェネザの剣から逃れたことに感心しているらしい。
「やったわね」
フォシアがに俺を見やった。瞳がすうと細められる。
「介入はなるだけしないつもりなのだけれど、ハルトを傷つけることだけは許さない」
低い声でフォシアがつぶやいた。その声音に、魂すら凍りつくような恐怖につかまれたのは、おそらく俺だけではないだろう。
見えない手にはたかれたように、同時にヴェネザとドカーが跳んだ。そのまま駆け去っていく。手練れの二人は敏感に何かを感得したのだろう。
俺は二人を追わなかった。追ったとしても勝てる気がしなかったからだ。
さらに彼らの仲間のこともある。たった二人にあれほどてこずったのだ。あんなのが、さらに五人も増えたらどうしようもなくなるだろう。
その時だ。バレートたちが館から飛び出してきた。
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