第44話 結婚狂想曲

「ほう」


 尊大なところのある小太りの男がじろりと睨めつけた。


 その眼前。ソファーで俺とミーラはかしこまって座っている。


「ハルト殿。そなたがゼスヌムシル伯爵家の騎士であることはわかった」


 小太りの男がいった。


 ミーラの父、モパー・マンヘマー子爵である。手にはゼスヌムシル伯爵が用意してくれた書類があった。


「で、私の娘──ミーラと男女の関係になったと。そういうことなのだな?」


「そ、そういうことです」


 かたまったまま、俺はうなずいた。


 俺はミーラを傷物にした。だから許婚との結婚は無理だ。


 それが俺たちの作戦だった。うまくいけばミーラの結婚をしばらくの間だけでも回避させることができるはずである。


「ふうむ」


 うなると、マンヘマー子爵はじろじろと俺たちを検分するように視線を這わせた。


 どうやら疑っているようである。嘘だと決めつけられないのは、俺がゼスヌムシル家の騎士だからだろう。


「本当にハルト殿とミーラはそのような関係にあるのか?」


「は、はい。それはもう」


「どうも信じられん。ハルト殿とミーラの間には距離があるようにしか思えんのだ」


「そんなことはありません」


 俺とミーラはすすすと身を近寄せ、くっついた。


「この通り。離れられない関係なんです」


「ほう。なら証拠を見せてくれ」


「しょ、証拠!?」


 愕然として俺とミーラは顔を見合わせた。まさか証拠を見せろなどといわれるとは思っていなかったのだ。


「証拠といわれましても」


 俺はいった。恋人になった証拠など示すことができるはずがない。


「寝室にいってもらおうか」


「し、寝室!?」


 俺は目をぱちくりさせた。なんかとんでもないことに話がすすんでいこうとしているような気がする。


「し、寝室にいってどうするんでしょうか?」


「睦み合うのだ」


「む、睦み合う?」


 俺は聞き返した。高校生の俺にはあまり聞き慣れない言葉だ。


「それはもしかして……」


「もしかしてもなにもない。そなたたちが睦み合っているところを見せろといっているのだ」


「だめ!」


 俺とミーラがいうより先に、叫ぶ声がした。


「だめ、だと?」


 訝しむ目をマンヘマー子爵は俺の背後にむけた。そこにはバレートたちが立っていた。


「そうです。そんなことをしてだめです」


「二人がそんなことをすることは許せない!」


 ミカナとフォシアを同時に叫んだ。するとマンヘマー子爵がますます怪訝の色を表情に濃くした。


「そなたたちには関係あるまい。これはハルト殿とミーラの問題なのだから」


「でも睦み合うというのは」


 俺がいいかけたが、すくにマンヘマー子爵が遮った。


「そなたちは、もうそういう関係にあるのだろう。なにを躊躇することがある?」


「躊躇します!」


 たまらずといった様子でミーラが立ち上がった。


「確かにわたしとハルト様はそういう関係にありますが、そ、そういうことをお父様にお見せすることはできません!」


「やはり嘘なのだな」


「嘘じゃありません!」


 いうなり、ミーラは俺に飛びついてきた。そして唇を押しつけてきた。


 驚きのあまり、俺は棒立ちになっていた。他の者たちも皆。


 どれほどキスの時間が続いたか。こほん、マンヘマー子爵がはらった咳払いで、ようやく俺たちは我に返った。慌ててミーラが身をなはす。


「……こ、これで信じてもらえましたか?」


 おずおずとミーラが問う。すると不承不承といった様子でマンヘマー子爵はうなずいた。


「まあ、よかろう」


 ため息をもらすと、疲れたようにマンヘマー子爵はソファーに背をもたせかけた。


「こうなった以上、事は早く進めたほうがいい。早速婚約し、結婚するのだ」


 当然だといった口振りでマンヘマー子爵はいった。


 苦い顔つきとは裏腹に、その口調には嫌悪の響きはなかった。もしかすると、もったいをつけていただけで、本心はゼスヌムシル家とつながりができることを喜んでいるのかもしれない。


「それでよろしいな、ハルト殿?」


「それは」


 俺は慌てた。ミーラを助けようとは思っていたが、結婚なんかするつもりはない。それはミーラも同じだろう。


 助けを求めて俺はミーラを見た。するとミーラは大きくうなずいた。


「わたしは、それでかまいません。ハルト様と結婚いたします」


 ミーラは宣言した。



「どうなってるんだよ!」


「どうなってるんですか!」


「どうなってるのよ!」


 俺とミカナ、フォシアが同時に叫んだ。俺たちに与えられた一室の中である。


「いや、あの」


 バレートは慌てていた。彼としてもこんなことになるとは思っていなかったのだろう。


「恋人であることを認めさせたら、あとはなんとでもなると思ったんだよ。まさかミーラまで結婚に賛成するなんて思わないだろ」



「どうすんだよ、これから?」


 俺はため息をもらした。このままじゃ結婚することになってしまう。


 ミーラは嫌いじゃない。けれど好きでもない。それで結婚なんかできない。


「いっそ逃げるか?」


「逃げる?」


 俺は思わず聞き返した。


「そんなことできるわけがないよ。ゼスヌムシル伯爵にたいして申し訳がたたないし、第一ミーラが可哀想だろ」


「だったら結婚するのかよ、ミーラと?」


「それはだめ!」


「だめです!」


 フォシアとミカナが同時に叫んだ。


「じゃあ、どうするんだよ。逃げるのもだめ、結婚するのもだめって」


「もう結婚しちゃえば」


 と、ポリメシア。面倒くさくなったようだ。


「ミーラはハルトのことが好きみたいだし、可愛いし、いいでしょ、結婚したって。公国の貴族になれるのよ」


「そうだ。うらやましいくらいだぜ」


 バレートが同調した。俺はむかついた。


「そんなにうらやましいなら、バレートが結婚すればいいだろ」


「したいさ、俺だって。できるものならな」


「ミーラと結婚したいの?」


 ポリメシアがきっとバレートを睨みつけた。


「そりゃあ、したいだろ。ムヴァモートの男なら当然でしょ。可愛いミーラだぜ、公国のお嬢様だぜ。結婚しようたって、そう簡単にできる相手じゃないんだ」


「ふうん。でも、あんたじゃ無理ね。弱っちくて、馬鹿だから」


「誰が馬鹿だ」


「あんたよ。あんた以外、馬鹿がどこにいるっていうの?」


 ポリメシアが辺りを見回した。バレートが悔しさのあまり地団駄をふむ。おれはうんざりして頭を抱えた。


 そして、そんな夜に異変は起こったのだった。モスナ公国の運命を左右する異変が。

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