第22話 死闘

 次の瞬間だ。ゴブリンが吹き飛んだ。


 何が起こったのか、わからない。が、ともかく助かったのは確かだった。


「あっ」


 ポリメシアの声が響いた。怯えのにじむ声が。


 驚いてふりむいた俺は見た。ポリメシアに躍りかかろうとしている一匹のゴブリンの姿を。 


 慌てたポリメシアは呪文を唱えることができない。呆然と立ちすくんでいる。


「ポリメシア!」


 バレートが叫んだ。助けにいこうとするが、動けない。ゴブリンの相手をするのに手一杯だ。


「俺がいく!」


 ポリメシアの危機が俺をたちなおらせてくれた。ポリメシアに襲いかかっているゴブリンの背中に剣の一撃をあびせる。


「ぎゃあ」


 耳をふさぎたくなるような絶叫をあげ、ゴブリンが倒れた。


 その時、俺は剣から伝わる嫌な感触を覚えていた。刃が肉を切り裂く不気味な感触だ。


「くっ」


 俺はうめいた。吐き気がこみあげてくる。


 俺は周囲を見回した。


 周囲はゴブリンに取り囲まれている。もう逃げ場はなかった。


 俺たちが死ぬか、ゴブリンたちが全滅するかのどちらかだ。


 俺はゴブリンにむかっていった。バレートも奮戦する。


 得物が噛みあう甲高い音と、肉が裂ける鈍い音が響いた。さらに肉が焦げる気味悪い音も時々まじった。ポリメシアが炎の礫を放っているのだ。ゴブリンを屠るほどの威力はなかったが。が、牽制にはなった。


 大勢いたゴブリンたちであるが、俺とバレートの手によって次第に数を減らしていった。


 が、当然俺たちも無事ではなかった。ミカナの治癒魔法の助けがなければとっくに倒れていたところだ。


「くそっ」


 バレートが毒づいた。荒い息をもらしている。


 息が整わなくなっているのは俺も同じだった。腕が疲れ、剣を持ち上げることがむずかしくなってきている。


 ゴブリンたちの数は半分ほどになっていた。十匹ほどの死体があたりに転がり、むっとする血臭を立ち上らせている。


 けれとゴブリンは恐れていないようだ。仲間の屍を乗り越えても襲ってくる気のようだった。


 獰猛な馬鹿であるのかもしれない。が、俺たちが疲労していることに気づいているのかもしれなかった。


「あと半分ほどか。やるぞ」


 バレートが自らを鼓舞するようにいった。するとポリメシアが嘆くように声をかえした。


「もう、だめ。魔力が尽きたわ」


「わたしも。もう治癒魔法は使えません」


 ミカナもまた震える声をもらした。


 はじかれたように俺はふりむいた。絶望に背筋が冷たくなる。


 ポリメシアとミカナの魔法があればこそ多勢に無勢の状況を切り抜け、ここまでこれたのだ。その二人の支援がなくなった以上、俺たちが全滅するのは目に見えていた。


「これまでだな」


 バレートの口から絶望と諦めのにじむ声がもれた。もはや足も動いてはいない。


 俺たちが弱ったとみてとったゴブリンたちはかえってすぐには攻撃してこなくなった。じっくりと嬲り殺しにするつもりなのかもしれない。


 ゴブリンたちの目がねばりつく光をうかべてポリメシアたちにむけられている。殺戮とは別種の喜悦の光に俺にはみえた。


 その時、俺は思い出した。村で聞いたゴブリンの特性を。


 ゴブリンは人間の女性に対して生殖行動をとろうとするのだ。本能としてあるのだという。


 無論、人間の女性が妊娠することなどありえなかった。が、そんなことはおかまいなしにゴブリンどもは人間の女性を襲うのだという。


「……そんなことはさせない」


 俺は歯ぎしりした。フォシアたちをそんな無残なめにあわせるわけにはいかないからだ。


 その時、ぽきりと小さな異音が響いた。あと退ったミカナが枯れ枝を踏んだのだ。


 それがきっかけであったように、一匹のゴブリンがミカナに襲いかかった。悲鳴すらあげることもできず、ミカナが恐怖で立ちすくむ。


 ゴブリンの薄汚い手がミカナにのびた。そうと知っても俺たちは動くこともできない。


 動け。動け。動いてくれ!


 俺は必死に念じた。疲れ、怯えていた俺の心が、その時、わずかに身じろぎしたようである。俺はなけなしの力を両足に込めた。

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