第23話 フォシア、いきます

 ミカナの前に俺は飛び出した。


 直後だ。俺の背に激痛がはしった。ゴブリンの爪が俺の背を切り裂いたのである。


 たまらず俺はよろけ、倒れた。邪魔されたことに怒ったか、化鳥のような雄叫びをあげてゴブリンが俺めがけて襲いかかってきた。


 ゴブリンの手の錆だらけの短見が俺にむかってふりおろされる。狙いすませたわけではないだろうが、短剣の赤黒い切っ先は俺の心臓めがけて──。


 俺の脳裏を走馬灯のように思い出が駆けすぎていった。


 たいして良くない一生だったように思う。友達もできず、彼女もできず。ただ漫然と生き長らえてきただけのような人生だった。それも、もう終わる……。


 空に光がはねた。ゴブリンの短剣だ。


 はじきとばされたのだろう。くるくると回転しながら藪のなかにとんでいく。


 呆然として俺は、傍らに佇むフォシアを見上げた。彼女の手は横殴りの姿勢のまま空に固定されている。


「あまり介入してはいけないんだけど、もう我慢できないわ」


 俺にしか聞こえないほどの小声でフォシアが独語した。それから鋭い光をうかべた目でゴブリンたちをねめつけた。


「ハルトを傷つけた代償は高くつくわよ」


 フォシアが動いた。疾風の速さで駆ける。


 俺の目ではフォシアの動きを追いきれなかった。それほどのフォシアの迅速の機動だった。


 時間にして数秒のことだったろう。気づけばすべてのゴブリンが地に這っていた。


 まるで嵐が吹きすぎていったかのようだ。何が起こったのか、よくわからない。


 けれど予想はできた。フォシアが素手で残るゴブリンすべてを瞬く間にたおしてのけてのだ。


 後でわかったことだが、俺を殺そうとしていたゴブリンが吹き飛んだのは、フォシアが放った石礫によるものだった。


 そのフォシアといえば、散歩の途中でもあるかのように佇み、首をコキコキ鳴らしている。退屈な作業を終えたかのようにあくびをかみ殺しながら。


「気絶させただけだから、とどめを刺したほうがいいわよ」


 ゴブリンたちを見回し、フォシアがいった。


 その声に、ようやく俺たちは我に返った。バレートがのろのろと動き出し、倒れているゴブリンたちにとどめを刺していく。


 俺は動けずにいた。戦いになれば生き残るために必死になって剣をふるっていたが、戦いが終わってしまえば動けないゴブリンを殺すことが躊躇われたからだ。


「……すごい」


 ミカナが嘆声をもらした。信じられないものを見るように見開いた目をフォシアにむけている。


 同じように瞠目したポリメシアも声をもらしたが、それは怯えたように震えをおびている。


「な、なんなの、一体……」


「フォシア」


 まだ荒い息をついているバレートが口を開いた。


「おまえ……なんて強さなんだ? これだけの数のゴブリンをたった一人で、それもあっという間にたおしてしまうなんて。もしかして上級バンサーなのか?」


「上級?」


 フォシアは首を横に振った。


「上級もなにも、わたしがバンサーになったのは数日前よ」


「数日って──」


 バレートが息をひいた。愕然としたように。


「ハルト」


 ポリメシアが俺を呼んだ。


「あなた、フォシアと仲間なんでしょ。本当なの。フォシアがバンサーになったのは数日前だったっていうのは?」


「ああ、いや」


 俺は曖昧にこたえた。


 確かにフォシアとともにバンサーになったのは数日前のことだが、知り合ったのその時で、それ以前のフォシアのことをよく知っているわけではない。


 そのことを告げると、バレートたちは複雑に表情を浮かべた顔を見合わせた。なんだかよくわからない様子だ。


 けれど、すぐにバレートは顔をほころばせた。


「まあ、いいさ。バンサーになる前から戦闘技術の高い者もいるだろうからな。それがフォシアみたいなかわいい女の子だっていうところが意外だけどさ」


 バレートがフォシアに片目をつぶってみせた。相変わらずお気楽な男だ。


 ポリメシアが少し口をへの字に曲げた。バレートの態度が気にくわないようだ。


「ともかくフォシアさんが仲間ってことはとても心強いですよね」


 ミカナもまた顔をほころばせた。嬉しくてたまらない様子だ。


 それはそうだろう。ゴブリンのほとんどをフォシア一人でたおしたのだから。


 未熟バンサーばかりのパーティー。フォシアの存在は貴重だ。


 が、俺は忸怩たる思いを抱いていた。自分がまったく役にたたなかったからだ。


 ゴブリンと戦う前、俺はひそかに自信を抱いていた。異世界転移でチート能力を身につけたと思っていたからだ。


 が、違った。チート能力どころか、ゴブリン一匹ですらまともにたおせやしなかったのだ。


 かっこよくフォシアを守るつもりだった。なのにフォシアに守られてしまった。なんという無様さだろう。


「なんとか始末できたな」


 額にういた汗を拭いながらバレートがいった。こうしてハルトたちの初めての冒険は幕をおろしたのだった。

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