第21話 たかがゴブリン、されどゴブリン

 目指す洞穴に到着した。予想通りゴブリンの姿はない。


 俺とバレートは手分けして小枝や枯れ葉を拾い集め、洞窟の前においた。後は火をつけるだけだ。


「じゃあ、いくわよ」


 ポリメシアが呪文を唱えはじめた。長い呪文だ。これでは戦闘にはあまり役立たないだろう。


 やがて杖の先端が燃えるように赤く輝いた。小石ほどの炎塊が飛ぶ。


 小枝に火がついた。煙が立ち上る。


 すると出し洞窟の中から不気味な咆哮がひびいてきた。ゴブリンだ。


 その時になって俺なちは失策をおかしていたことに気づいた。ゴブリンたちは皆眠っているわけではなく、見張りを洞窟内においていたのだ。


 洞窟内に煙が充満する前に、ゴブリンたちが飛び出してきた。


 俺が初めて見る怪物。それは子供ほどの背丈をしていた。


 赤黒い身体に汚れたボロボロの布まとっている。手には混紡を握っていた。武器をもっているからにはある程度の知能はあるのだろう。


 手足は細く、血走った目と牙をもつ口が不釣り合いなほど大きい。小狡く、邪悪そうな怪物だった。


「……これがゴブリン」


 俺は息をひいた。初めて見る怪物に戦慄していたのだ。


 いまさらながら恐怖心が冷たい手となって背筋をはいのぼってきた。あんな怪物と戦って殺さなければならないのだ。


 平和な日本で育った俺は、日本人ならばほとんどの人がそうであるように動物と戦い、殺したことなどない。戦う、そして殺すという行為はどうしても馴染めなかった。


 ゴブリンが吼えた。獣の遠吠えのように。


「こうなりゃあ仕方ない。闘うまでだ!」


 バレートが飛び出した。俺とフォシアが続く。三人がまとった革鎧が衣擦れの音をたてた。


 俺は剣を抜き払った。太陽光が反射し、刃がぎらりと光る。


 その時だ。洞穴の入り口から次々と醜い怪物が飛び出てきた。ゴブリンの群れだ。


「ぎゃあ!」


 俺たちに気づき、ゴブリンたちが吼えた。それぞれ武器を手にして。


 棍棒だけでなく、斧をもっているゴブリンがいた。他には小剣をもっている者も。


 どの武器も赤茶けていた。錆がういているのだ。それが不気味だった。


「うっ」


 勇んでいたはずのバレートの足がとまった。恐怖しているのである。


 怖いのは俺も同じだった。牙をむく怪物を相手にしたことなどないのだから。


 刹那、俺たちの傍らを炎の塊が疾り抜けた。ポリメシアが魔法を放ったのだ。


 炎がゴブリンの胸ではじけた。小さな炎塊なので火をつけることはない。が、驚いたのだろう。ゴブリンが悲鳴をあげた。


 それが気死していた俺たちが立ち直るきっかけになった。


「死ねぇ!」


 雄叫びをあげながらバレートが斬りかかっていった。


 鋭くない一撃。剣の練習はしてきたのだろうが、恐怖のためにへっぴり腰になっている。


 それでもゴブリンを切り裂いた。が、浅手である。


「やってやる。俺には特別な力があるんだ」


 自分自身に言い聞かせると、俺もゴブリンに襲いかかった。剣をたたきつける。


「あっ」


 愕然として俺は声をもらした。剣が空をうったからだ。


 するとゴブリンが逆に襲いかかってきた。棍棒の一撃を華麗に躱し──。


 棍棒が俺の肩を打った。躱せなかったのだ。


 激痛に俺はよろけた。頭の中は惑乱している。


 銅級バンサーであるポーアンの攻撃は簡単に避けられたのだ。それ以下の技量のゴブリンの攻撃はどうして躱せなかったののだろう。


 何かおかしかった。ポーアンの時と違っている。力も素早さも。そして動体視力も。


 これでは普通の高校生だ。高校生にゴブリンは倒せない。


 棒立ちになった俺の目は、棍棒を振りかぶったゴブリンの姿を捉えた。が、恐怖で金縛りになった俺の身体は動かない。パニックになっていた。


 死ぬ。


 そう俺は思った。

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