第19話 装備しよう

 翌日の早朝。


 俺とフォシアは城門にむかった。


 エーハート王国国都であるアメンドは城壁に取り囲まれており、東門と西門がある。そこから街道がのびているのだった。


 俺たちがむかったのは東門だった。着いてみると、すでにバレートたちは待っていた。


「よお」


 俺たちを見つけて、バレートが手をあげた。


 バレートはリュックに似た背負い袋を背負っている。冒険の道具が入っているのだろう。


 歩み寄ると、バレートが瞠目した。その目がフォシアに吸い寄せられている。フォシアの美貌に。


 ポリメシアもミカナも可愛い少女だった。けれどフォシアはレベルが違うのだ。


 神秘的といおうか、幻想的といおうか。人間よりも亜人に近い雰囲気があった。


 そのバレートの様子に気づき、ポリメシアが唇を噛んだ。どうやら怒っているらしい。


 ポリメシアはバレートのことが好きなのだろう。バレートはそのことに気づいていないようだが。


 ミカナが苦笑していた。


「わたしたちは幼なじみなの」


「幼なじみ?」


 俺はあらためてバレートたち三人を見た。どうりで仲がいいわけだ。


「三人で田舎から出てきたの。バンサーになるために」


「そうなんだ」


 バレートがうなずいた。


「俺が得意なのは、これさ」


 バレートが剣を抜き払った。所々刃が欠けている。


「新品は高くては買えなかったのよね」


 ポリメシアがニッと茶化すように笑った。バレートはふんと鼻を鳴らすと、


「確かに新品は高くて買えなかったけどさ、でも気にいってるんだよな、これ。なんか手にしっくりくるというか」


「力しか能がないからでしょ」


 からかくようにポリメシアが笑った。そして自身は杖をかかげてみせた。


「わたしは、これ」


「それって」


 俺の脳裏にザイールドがもっていた杖のことがよぎった。


「もしかして魔法の杖?」


「そうよ」


 誇らしそうにポリメシアはうなずいた。


「魔法使いだけがもつことを許される杖。魔法を行使する時の必需品なの」


「ということは、ポリメシアは魔法使いなのか?」


 勢い込んで俺は訊いた。


 ザイールドを見たとはいえ、身近に、それも実際に魔法使いを見るなどということは現代日本ではめったにあることではない。


「え、ええ」


 多少うろたえた様子でポリメシアがうなずいた。


「確かにわたしは魔法使いだけれど……そんなに魔法使いが珍しいの?」


 ポリメシアが逆に尋ねてきた。


 彼女がいうところによれば、魔法の素養をもつ者はムヴァモートではそれほど珍しいものではないらしい。確かに少人数ではあるらしいのだが。


「う、うん。俺の世界ではね」


 俺は適当にごまかした。


 するとミカナが口を開いた。その手には首にさげたネックレスが握られている。


「わたしは聖術を使えます」


「聖術?」


「はい。神に祈りを捧げ、傷を癒やしたり、死霊を追い払ったりすることができるんです」


「それは便利だな」


 俺は感心した。


 ムヴァモートは中世ヨーロッパを思わせる世界だ。文明も、きっとそれに近いはずだった。


 となれば、医術もたいしたことはないだろう。ろくな傷薬すらないはずだ。


 その世界で冒険をおこなうのである。治癒の聖術は貴重だった。


「俺は……」


 俺は腰にさげた鞘から短剣を引き抜いた。するとバレートが困惑したように眉根をよせた。


「短剣か。扱いやすいけれど、怪物にはあまりきかないぜ。やっぱり剣じゃなくちゃな」


「そうか」


 俺は短剣に視線をおとした。暴漢から奪ったままであったが、やはりちゃんと武器はそろえた方がいいみたいだ。


「それと、その格好もだめね」


 ポリメシアが俺を上から下までじろじろ見て、いった。


「金属の鎧は術の行使の邪魔になるから、わたしやミカナはつけることはできないけれど、武器で戦うなら、せめて革鎧くらいつけないと」


「革鎧?」


 俺はバレートを見た。確かに衣服の上に頑丈そうな革のベストのようなものを着用している。


「そうだ。冒険に行く前に武器屋によろうぜ。ハルトの剣と鎧を買うために。俺たちが見つくろってやるよ」


 バレートがいった。


 俺は同意した。


 確かにバレートたちがいうことはもっともだ。攻撃力と防御力が高いにこしたことはない。


 剣を扱ったことなど、昨日まで高校生だった俺にはないが、世界をわたってきた俺には普通じゃない力がある。剣を扱ってもなんとかなるだろうという目算があった。


「フォシアが得意なのは何?」


 ミカナが訊いた。するとフォシアが手に視線をおとした。


「素手戦闘なの?」


 ミカナが瞠目した。俺は訊いた。


「素手戦闘って珍しいのか?」


「うん。普通は武器で戦うもの。まれに鍛えた拳と脚で戦う人がいるけれど、たいていは男性よ。女性は珍しいわ」


「ふうん」


 俺はあらためてフォシアを見やった。確かに躍動的で素早そうだが、あまり強そうには見えない。


 フォシアはすごく可愛い。戦う姿など想像できなかった。


「何かわたしの顔についてる?」


 怪訝そうにフォシアが訊いてきた。どきりとして、俺はあわててこたえた。


「い、いや。……あ、あのフォシアにも鎧がいるなと思って」


「鎧?」


 フォシアは自らの衣服を見下ろした。


 ズボンにシャツ、長靴といういでたち。ムヴァモートではよく見かける格好だ。


「そうだよ。バンサーなら、最低革鎧くらいつけないと」


 バレートがいった。


 結局、俺は革鎧と剣を買った。片手剣というやつだ。


 両方とも中古だが、けっこうな値段だった。フォシアの革鎧の分もふくめると、城でもらった金貨は半分近くがなくなってしまった。


 時刻はすでに昼。太陽は真上にあがって燃えている。


 一年は何日あるのか知らないが、昨日過ごした感覚からすると、地球とムヴァモートの一日の時間量はあまり違っていない気がする。きっと一日は二十四時間ほどだろう。


「じゃあ、いこうか」


 愚かな自信を胸に、俺は仲間に告げた。

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