第18話 もう一つの初めての夜

 同じ夜。


 晴人の同級生である七人は一室の中にあった。


 エーハート王城。とりあえず彼らは城内の一室をそれぞれ与えられていた。


 当然だが不安だったのだろう。七人は、誰からともなく声をかけあい、賢一の部屋に集まったのだった。


 全員、沈鬱そうにしていた。陽気であったのは敦一人である。


「村上。あんた、なんだかうれしそうね」


 結菜がじろりと敦を睨んだ。すると敦はニンマリと笑った。


「嬉しいさ。嬉しくなくて、どうするよ」


「馬鹿なの、あんた」


「いや」


 賢一が口を開いた。賢一には、敦が嬉しそうにしている理由の察しはついている。


 日本において、敦は何の取り柄もない人間だった。顔も頭脳も才能も何一つ突出したものをもっていない。


 ピラミッド型の社会構造において、底辺を這いずりまわる存在だ。たいしたことのない女と出会い、たいしたことのない人生を歩むはずだった。


 が、異世界に転移し、その運命は変わった。特殊な力を身につけ、貴族と同等の地位すら与えられたのである。


 一般人が、一夜にしてスター芸能人になったようなものだ。嬉しくなくてどうする。きっと敦の目にはバラ色に輝く未来への道が見えているのだろう。


「けれど、俺は違う」


 賢一は独語した。


 頭脳明晰だと賢一は自負している。東大の合格も確実だと太鼓判をおされていた。


 東大卒業後は財務省入り。それが賢一の目標だった。


 その目標はここにいてはかなわない。かなえるためには元の世界に帰らなければならなかった。


 とはいえ、それはすぐというわけにはいかない。肝心の戻る手段がわからないからだ。ザイールドはないといっていたが……。


 けれど賢一はあると思っている。あちらからこちらに転移したのだ。こちらからあちらに転移する方法もきっとあるに違いなかった。


 それまではこの世界で生きなければならない。利口に立ち回らなければならないだろう。


「それはそうと」


 恵里が全員を見回した。


「見た、貴族の男たち。すごいイケメンぞろいじゃなかった?」


「だよね」


 美穂が同意した。貴族は西洋人の顔立ちである。彫りが深く、美形であるのは当然だ。


「女もそうだよな」


 敦がいった。舌なめずりしそうな顔で。


 異世界からやってきた者は騎士としてとりたてられる。簡単にいえば貴族と同等の地位を手に入れることができるということだ。


 そうなれば高貴な血筋の美男美女と結ばれることも難しくない。裕福になることも。日本では手に入れることなどできない夢のような生活が待っているのだ。


「それはそうと」


 ふと思いついたかのように結菜が口を開いた。


「稲葉はどうなったのかしら?」


「稲葉?」


 ふん、と敦は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「あれからすぐに城から追い出されたって聞いたぜ。あっちの世界でもそうだったけどよ、こっちの世界でも役にたたない奴だよな」


「でも、どうするのかしら。異世界に一人で放り出されて。魔法の指輪があるから言葉には不自由しないだろうけど」


 結菜はいった。多少は春人のことが気にかかっているようだ。


「稲葉がどうなろうと知ったこっちゃねえよ」


 敦が吐き捨てた。そうだ、と裕之がうなずく。


「あんな役立たずがこの世界で生き延びられるはずはねえよ」


「どっかで野垂れ死にするんじゃねえの」


 慶治がいった。ほとんど興味はなさそうだ。


「それよりもさ」


 慶治は目を輝かせた。


「王女のこと、どう思う?」


「どう思うって……」


 結菜が眉をひそめた。


「何がいいたいの?」


「すげえ美人じゃね?」


「確かに」


 裕之がうなずいた。


 美人の芸能人がいるが、それらとは桁違いの美しさを王女はもっていた。さすがは異世界というべきか、王女の美しさは神秘的ですらある。


「あんな美人、見たことないよなあ」


「彼氏とか、いるのかな?」


「あんたには関係ないでしょ、彼氏がいようといまいと」


 恵里がせせら笑った。


「相手は王女様よ。平民のあんたと釣り合うはずないでしょ」


「それはどうかな」


 賢一が口を開いた。全員の視線が一斉に彼にむく。喘ぐように敦が訊いた。


「どうかなって……どういうことだよ?」


「王女とお近づきになる可能性はあるといことだ」


「本当か?」


 敦が身を乗り出した。ああ、と賢一がうなずく。


「恵里が平民といったが、違う。俺たちは騎士扱い、すなわち貴族待遇だ。必ずしも不釣り合いというわけじゃない。貴族として身分が上がれば、王女と結ばれることも夢じゃないだろう」


「そうか」


 ニンマリと敦が笑った。


「これからのやり方次第じゃ、王女と結婚することもできるわけか。そうなりゃあ、俺は次の王になるんだよな」


 よし、と敦は拳を握りしめた。


「俺はエーハート王になる!」

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