第15話 転移効果

「ああ、くそっ」


 ポーアンがうずくまった。バンサーであるが、痛みには弱いのかもしれない。


「ひっ」


 悲鳴のような声をあげ、残った男が背を返した。そのまま駆け出す。


 男は仲間を見捨てて逃げ出したのだった。いや、もともと仲間ではなかったのかもしれない。


「ハルト、いこう」


 フォシアが促した。平然とした態度で。ポーアンたちに興味はまったくないようだった。


 促されるまま、俺は歩き出した。ポーアンたちを放っておいてもいいのかと迷ったが、すぐに放っておくことに決めた。


 この世界の治安や法律を俺は良く知らない。警察──ムヴァモートにあるのか知らないが──沙汰になるのは避けた方が賢明だと思ったのだ。


 ポーアンが治安組織に訴えるということを俺は恐れはしなかった。襲ってきたのはポーアンたちの方であるし、面子もあるからだ。初級バンサーにやられたなんて知られたくないだろう。


 そもそもバンサー協会でのことを根に持ってポーアンたちは襲ってきたのだ。見せかけのプライドしかない連中の良くとる行動だった。


「俺……」


 フォシアと並んで歩きながら、俺は我知らず声をもらしていた。戸惑っているのだ。


 さっき起こったことが信じられなかった。素人がバンサーに勝ったのである。


 フォシアを守ることができたのは嬉しい。けれど、それよりも怖かった。何が何だかわからないからだ。


 ポーアンたちと戦った時、俺の能力は明らかに向上していた。銅級バンサーのポーアンたちをあしらえるほどに。


 異変が俺の身体に生じた。そうとしか考えられなかった。理由はわからないが。


 いや──。


 考えられることが一つあった。それは転移の影響だ。


 転移によって俺たちは特殊な能力を得た。そうザハーイドはいっていた。


 事実、敦は怪力をふるった。ザハーイドの言葉に間違いはないのだろう。


 けれど、こうも考えられないだろうか。転移がもたらしたのは特殊能力だけではないと。身体能力の向上も転移はもたらしたのではないだろうか。


 その考えは俺に希望をもたらした。


 俺の特殊能力は獣に好かれるというものだ。敦たちのそれと比べると、どう考えてもしょぼい。


 が、もし身体能力が向上していたならどうだろうか。ムヴァモートでもやっていけるのではないだろうか。


 実際に俺は初級バンサーでありながら、銅級バンサーであるポーアンを翻弄したのだ。それは、とりもなおさず、俺の実力が銅級以上であること意味している。


「どうしたの?」


 フォシアが不思議そうな顔で俺のそれを覗き込んできた。二転三転する俺の表情を不審に思ったのだろう。


「あ、ああ。いや、なんでもない」


 俺は言葉を濁してごまかした。転移して特別な力を得たといっても信用してもらえそうもないからだ。


 でも、と俺は続けた。


「見てくれただろ、ポーアンたちを倒すところ。俺はバンサーとしてやっていける気がするよ」


 俺は自信を覗かせていった。するとフォシアは多少慌てた様子で、


「ハルト。違うのよ、それは」


「えっ」


 俺は驚いてフォシアを見返した。何が違うというのだろう?


「違うって……何が?」


「それは……」


 フォシアは口ごもった。


 あまり遠慮のないフォシアには珍しいことだ。踏み込んではいけないような気がして、俺は話を変えた。


「まあ、いいや。ともかく今日の宿を決めよう。早めに休んだ方がいいだろうから。なんといっても明日はバンサーとしての初仕事なんだし」


 俺は黙ったままのフォシアに笑いかけた。


 ポーアンを撃退したことで、俺は少しばかり自信をもっていた。それが間違いであることも知らないで。

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