第13話 ポーアン
受けた依頼はゴブリン退治だった。
エーハート王国都から距離にして五十ジーコン。まあ、五十キロくらいだ。そこにルスット村はあるらしい。
明日の朝、出発。そう決めてバレートたちと別れた。
ともかく今日の宿である。バンサー協会の近くにはバンサーが利用する宿屋が数件あると聞いて、俺とフォシアはむかった。
「おい」
突然呼び止められた。ふりむいて、俺はまずいと思った。
声の主は知った顔である。ポーアンだった。
「何か用か?」
一応、俺は訊いた。一応というのは、聞くまでもなくポーアンの意図は明白であったからだ。
「ああ。借りを返しに来た」
ポーアンはニヤリとした。
「借り?」
「そうだ。面子をつぶされたからな」
「面子をつぶしたのは俺たちじゃない」
俺は訴えた。
ポーアンの面子をつぶしたのはリフォートである。借りを返すというのならリフォートにだろう。
が、そんな考えはポーアンにはないようだ。銀級にはかなわないからに違いなかった。
俺は訊いた。
「俺たちをどうするつもりなんだ?」
「殺しはしねえ。が、ただじゃおかねえ。バンサーがつとまらない程度にたたきのめす。そして女はもらう」
舌なめずりしてポーアンはフォシアを見た。
フォシアは俺から見ても美少女である。おそらくポーアンは最初から目をつけていたのだろう。
「フォシア」
俺はフォシアをちらり見やった。
「逃げよう。走るぞ」
「どうして?」
フォシアが不思議そうに目を瞬かせた。心底理由がわからない様子だ。
どうもフォシアにはそのようなところがあった。不思議ちゃんといったところなのかもしれない。
「どうしてもこうしても……。僕たちは初級のバンサーなんだよ。銅級のポーアンにかなうわけないじゃないか。今は逃げるしかないよ」
俺はいった。
最悪、俺が叩きのめされるのはいい。けれどフォシアがひどい目にあうのは耐えられなかった。
ポーアンのような凶猛な男が美少女をどう扱うのかは想像がつく。いろんな意味で暴力をふるうに決まっているのだ。
「そうはいかねえ」
ポーアンがニンマリした。すると俺たちの背後に気配がわいた。
驚いて、ふりかえる。そこには二人の男が立っていた。
二人とも凶猛そうな面つきをしている。ポーアンの仲間だろう。
「へえ」
一人が感嘆したような声を発した。そして舐めるようにフォシアを眺めてから、いやらしく笑った。
「良い女だとは聞いてたが、これほどとはな。犯っていいんだな?」
「ああ。俺の後でな。好きなだけ楽しませてやるぜ」
ポーアンがいった。すでに自分の所有物であるかのような口振りだ。
が、とポーアンは続けた。
「その前に小僧の始末だ」
「殺していいのか?」
別の一人が訊いた。
「だめだ。ああ見えて、小僧は一応バンサー。さすがに殺すと面倒になる」
「なら、半殺しでいくか」
男が剣を抜き払った。もう一人の男とポーアンもまた。きらりと銀光が散る。
びくりと俺は身を竦ませた。現代人の高校生が剣をもつ男たちと相対することなどめったにあることではないからだ。
恐怖で足が震えている。逃げ出せるものなら、そうしたかった。けれど──。
フォシアのことがある。びびっている場合じゃなかった。
どうする?
俺は三人の男たちを見回した。
銅級のバンサーがどれほどの戦闘力をもっているのかわからないが、俺など及びもしないことは確かだろう。
それが三人。勝ち目は全くなかった。
それでも何とかしなくてはならない。フォシアだけは逃がさなくてはならなかった。けれど、どうすれば──。
「誰か、助けてください!」
俺は叫んだ。
恥も外聞もない行為である。きっとフォシアは幻滅しただろう。
けれど、それでもいいと俺は思っている。俺が馬鹿にされるようなことになっても、フォシアを救うことができさえすれば、それでいい。
「ぎゃははは」
ポーアンがあざ笑った。可笑しそうに口をゆがめる。
「助けてください、か。こいつはいい。呆れてものもいえねえぜ」
「小僧。それでも男か。ついてるんだろ。しっかりしろよ」
男の一人が剣の先で俺の股間を指し示した。すると三人めの男が小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「馬鹿が。泣きわめいても誰も助けてくれるもんかよ」
「くっ」
俺は唇を噛んだ。やはり、そう簡単にはいかないようだ。
なら、戦うしかない。勝ち目などないのはわかっていた。せめてフォシアを逃がす隙さえつくることができたなら──。
俺は必死になって自分自身を鼓舞した。恐怖に足が震えているのがわかる。それでも逃げ出すことはできなかった。
「けっ。びびってやがるぜ。面倒くさいから、さっさとやっちまうか」
ネズミを弄ぶ猫のような残忍な笑みをポーアンは顔にうかべた。
その瞬間だ。俺は震える足に力を込めた。よろけるようにしてポーアンに突進する。
「逃げろ、フォシア!」
俺は叫んだ。
が、すぐに愕然とした。フォシアが動かない。
気死している。
俺はそう思った。
絶望に身体の底が冷える。これで隙をついてフォシアを逃がすことができなくなったからだ。
こうなったら戦うしかなかった。こいつらを撃退するしか──。
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