第12話 仲間
「すみません。お手数ですが、もう一度ここに記入してもらえますか?」
「あ……わかった」
一瞬戸惑ったようだけれど、すぐにフォシアは獣皮紙に指を押し当てた。
「ありがとうございます。ええと」
もう一度獣皮脂に視線を落としたアウィアナが目を瞬かせた。
「あれ?」
首を傾げ、エリピヌに再び獣皮紙を見せる。
「これ……」
「うーん」
エリピヌの美麗な顔にさっきよりも大きな表情が動いた。困惑しているようだ。
「おかしいわね。でも魔法皮紙が二枚とも間違っているとは思えないし」
はかるようにフォシアと獣皮紙を見比べてエリピヌはいった。
「あの……」
気になって俺は声をかけた。
「何かおかしな点があったんでしょうか?」
「ああ、いいえ」
慌てた様子でアウィアナが手を振った。
「こちらのことなので、ハルトさんたちには関係ありません。大丈夫ですよ。バンサー登録は終了しましたから。それで、どうします? 早速ですが、依頼を受けられますか?」
「依頼?」
「ええ。バンサーの力を借りたいという人はいっぱいいます。でも直接バンサーに頼むのは難しいので、協会に依頼を持ち込むのですよ。協会はその依頼をバンサーの方たちに斡旋するんです」
「なるほど」
俺はうなずいた。
バンサー協会を例えるなら現代の職業斡旋所のようなところだろうか。個人で探すより、確かに効率はいい。
「それで……どんな依頼があるんですか?」
「ええと」
アウィアナが獣皮紙の束をめくり始めた。
「初級バンサーの依頼なら……ああ、これ」
アウィアナが一枚の獣皮紙を掲げて見せた。
「ルスット村近くの洞窟にゴブリンが住み着いたらしいんです」
「ゴブリン?」
俺は訊いた。どこかで聞いたことのある名だが、詳しくはわからない。
「子供ほどの体躯の怪物です。怪物といっても特別魔法など使うこともなく、戦闘力も高くないので、初級のバンサーにはうってつけの標的です。依頼内容は、そのゴブリンの退治なんですが……」
アウィアナが困ったように言葉を途切れさせたが、すぐに続けた。
「最弱といっていい怪物ですが、十数匹確認されています。二人では無理かと。初級バンサーだけなら少なくとも七、八人が必要です」
「七、八人……」
俺は声を失った。異世界で仲間を探すのは難しそうである。
「僕たちだけで受けるというのは?」
「だめです!」
アウィアナが強い声で否定した。
「だめ?」
「はい。二人だけなら、絶対だめです。危険すぎます。依頼を受ける受けないはバンサーの自由なのですが、協会としては注意を促し、考え直すようにしていただいているのです」
「そうです……よね」
俺はうなずいた。アウィアナのいうことはもっともだと思ったからだ。
バンサーの仕事は普通のものではない。怪物を相手にする危険なものなのだ。
失敗は死に直結する。熟慮が必要だった。
するとフォシアがいった。
「いいよ。受けるよ」
「やめんか!」
俺は思わず怒鳴っていた。
フォシアという少女は、どこか超然としたところがあるが、ふざけていい場合ではない。なんせ二人の命がかかっているのだ。
「どうして? ゴブリンくらい、わたしたちなら簡単に片づけられるよ」
あっけらかんとフォシアはいった。
アウィアナが苦笑いしている。何も知らない素人はこれだから、とでも思っているんだろう。
「とにかく一度仲間を探してみようよ、フォシア。ね、いいだろ?」
取り繕うように俺はいった。フォシアは特に逆らうようなことはなく、こくりとうなずいた。
その時だ。背後から声がかかった。
「おい」
俺は振り向いた。三人の男女が立っている。
全員、俺と同じほどの年頃。
一人は快活そうな少年で、腰に剣を下げていた。
他の二人は少女で、一人は勝ち気そうで杖をもっていた。もう一人は優しげで真っ白な衣服をまとっている。
「ええと……何か用?」
「仲間を探してるんだろ?」
少年がいった。俺はうなずくと、
「ああ。そうだけれど」
「なら、俺たちがなってやるよ。俺たちもバンサーの初級者でさ、仲間を探してたんだ」
「仲間?」
俺はフォシアと顔を見合わせた。驚きと喜びに胸が高鳴っている。
「仲間になってくれるのか?」
「ええ」
杖をもった少女がニッと笑った。
「わたしたちも仲間を探していたところだから。ちょうどよかったわ」
「これで五人になりますね」
優しげな少女が微笑んだ。どきりとするほど優しい微笑だ。
「仲間ということでいいよな?」
少年がいった。そしてバレートと名乗った。
「わたしはポリメシア」
と、杖の少女。優しげな少女はミカナと名乗った。
「俺はハルトだ」
俺は名乗った。すると、バレートたちは訝しげに眉をひそめた。
ハルトという名前が珍しいのだろう。さらにいえば外見も。
遠慮ぎみにバレートが訊いてきた。
「ハルト……。おまえはその……名前は変わってるし、顔もあまり見かけないが……国はどこなんだ?」
やはり俺の顔は見かけないものなのだろう。それも仕方のないことだった。
ムヴァモートの人間は、亜人を除けば基本的に白人種の姿をしているようだ。東洋人を見かけることはめったにないのだろう。
「ひ、東の国だ」
俺はとっさにでたらめをこたえた。異世界から来たといったらどう思われるかわからない。
「東の国? おまえのような人間が住んでいるのか?」
「ああ。ここまで旅してきたんだ」
「そう。大変でしたね」
ミカナが労うように微笑んだ。良い子であることは間違いない。
おかげでバレートの追求はやんだ。
「五人になったことだし、依頼を受けようぜ」
目を輝かせてバレートがいった。
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