第11話 バンサー協会

「すまなかったな、ポーアンが迷惑をかけてしまって。同じバンサーとして申し訳ないと思っている。まあ、俺が手を出すまでもなかったかもしれんがな」


 リフォートがフォシアに笑いかけた。


 手を出すまでもなかったとリフォートはいっているが、なんのことか、この時の俺にはわからない。


 するとリフォートは俺を見て、興味深そうに目を瞬かせた。


「……黒髪に黒瞳。ムヴァモートでは見ない顔だが……君はどこの国の民だ?」


 リフォートが訊いてきた。


 返事に窮して、俺は黙ってしまった。まさか異世界から来たとはいえない。


「いや」


 何かを思い出そうとするかのように、リフォートは目を細めた。


「どこかで君と同じような黒髪黒瞳の者と会ったことがある。珍しいので話しかけてみると、ニッポンという国から来たといっていたが………」


 愕然として俺は目を見開いた。


 やはり、いるのだ。俺と同じように地球──それも日本からやってきた日本人が。


 驚いた顔のままの俺に気づいたのか、リフォートは苦笑した。


「すまなかった。名乗るのが遅れたな。俺はリフォート。バンサーだ」


 リフォートがいった。後に知ることになるのだが、階級は銀らしい。


「あ、あの、俺はハルトです」


 俺は名乗った。続いてフォシアも名乗る。


「助けてくれて、ありがとう」


「いいや、礼には及ばんよ。君ならなんとかできただろうからな。まあ、いい。それよりも」


 リフォートは俺とフォシアを見比べると、


「バンサーらしくないが、もしかするとバンサー登録をしに来たのか?」


「はい。今日からバンサーになるつもりです」


 俺は素直にこたえた。するとリフォートは慈父のように微笑んだ。


「そうか。なら、今日から君たちは俺たちの仲間になるんだな。がんばってくれ。はっきりいってバンサーは危険できつい。だが、同時にやりがいもある。君たちの健闘を祈っているよ。わからないことがあったら、相談にのる。なんでもいってくれ」


「ありがとうございます」


 俺は礼をいった。リフォートの人間性に感銘を受けたからだ。


 どこの世界でもそうだが、高い場所に上った者ほど謙虚になるものである。中には地位と比例して増長する者もいるが。


 どうやらリフォートは前者であるらしい。


 リフォートに別れを告げ、俺たちはバンサー協会受付にむかった。


「こんにちは」


 人間の少女が笑いかけてきた。可愛らしい笑顔だ。


「すみません、ポーアンさんが迷惑をかけて。お見かけしない方ですね。バンサー登録ですか?」


 少女がいった。それからアウィアナと名乗った。


 亜人の女性はエリピヌというらしい。黙したまま、冷然とした顔を俺たちにむけている。


「はい」


 俺はうなずいた。


 するとアウィアナは紙のようなもの──獣皮紙というらしい──を二枚取り出した。


「名前をここに記入してください」


 獣皮紙の一部をアウィアナは指し示した。いわれたとおり、俺は名を記した。フォシアもまた。


「では、つぎにこれで親指を刺してください」


 アウィアナが小さな針を取り出した。ガラスでできたような透明の針だ。


「これで刺すんですか?」


 ややびびって俺は訊いた。痛いことをするとは思っていなかったからだ。


「はい」


 なんでもないといった顔でアウィアナはうなずいた。


「全然痛くはありませんから。血が出たら、ここに指を押しつけてください」


「はい」


 促されるまま、俺は指を獣皮紙におしつけた。


「あっ」


 俺は驚きの声をもらした。獣皮紙に文字が浮かびあがったからだ。他に数字も浮かびあがっている。


「この獣紙には魔法がかかっていまして」


 アウィアナが説明を始めた。


 彼女がいったとおり、獣皮紙には魔法がかかっており、名前と血を読み取って能力を値として浮かび上がらせるのだった。数値は魔法を織り上げる際に統計学を利用して基準を定めており、そこから算出されたものだという。


「あの……僕の能力はどのくらいなんですか?」


 俺は訊いた。結果を知るのが怖い反面、すごく興味があった。


「そうですね」


 アウィアナは獣皮紙に視線を落とすと、


「平均的といったところでしょうか。でも、通常の人よりも筋力が弱いですね。そのぶん知力が高いと出ています」


「はあ」


 あまり嬉しくない。悲しくもないが。


 まあ、特に身体を鍛えたこともなかったら仕方ないか、と俺は思った。


「フォシアさんの方は……うん?」


 驚いたように目を見開かせると、アウィアナは獣皮紙に目を近づけた。内容を確認しているらしい。


「うーん。エリピヌ、どう思う?」


 エリピヌにアウィアナが獣皮紙を差し出した。受けとって視線を走らせたエリピヌの顔にわずかな表情が動いた。


「これは……」


 怪訝そうな目でエリピヌがフォシアを見た。それからすぐに視線を獣皮紙に戻した。


「間違いじゃない?」


「だよね」


 うなずくと、アウィアナは獣皮紙をくるくると巻いた。それから別の獣皮紙を取り出した。

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