第10話 バンサーたち

 エーハート王国の王都はメルチスターというらしい。


 そのメルチスターの中心は、無論エーハート城だ。


 俺とフォシアはエーハート城から離れた場所を歩いていた。この辺りは王城前とは違って店の数が少ない。当然行き交う人も少なく、そのぶん静かだった。


 石畳には俺とフォシアの足音が響いている。特にフォシアの足音が大きい。


 それはフォシアがサンダルをはいているからだ。俺がはいているスニーカーと違って、底が硬いのである。


 俺たちがむかっているのはバンサー協会だった。バンサーに登録するためである。


 バンサーに登録しなくても、バンサーとしての仕事はできるらしい。勝手に怪物を狩り、核を売ればいいだけだからだ。現代風にいうならばフリーランサーというやつだ。


 けれどバンサー協会に登録した場合、いろいろと特典があるらしい。核の買い取り価格も一般のそれより高く、また仕事の斡旋などもあるようだ。


 石畳の街路を進むと、この辺りにしては珍しい大きな建物が見えてきた。人の出入りも多い。


「あれがバンサー協会よ」


 フォシアが建物を指し示した。



 フォシアにおされるようにして、尻込みしていた俺はバンサー協会に足を踏み入れた。


 内部は思いの外広く、賑やかだった。人がいる。亜人がいる。様々だ。


 けれど共通していることがひとつだけあった。全員武装していることだ。


 革や板鋼でできた鎧をまとっている。手にしているのは剣や槍や斧だ。


 他にローブのようなものをまとっている者もいた。杖をもっているところからして魔法使いだろうか。


「……これがバンサー」


 俺は彼らを見つめた。みんな精悍で、エネルギーにあふれているようで、気圧されるようだ。


 戦士とはこういうものか。俺は思った。


「あそこが受け付けみたい」


 フォシアが室内の一角を指し示した。


 テーブルのむこう。女性が二人立っている。


 ひとりは人間の女性だ。年齢は十七、八歳というところか。


 金髪に碧眼。明るい笑顔の快活そうな美少女だ。


 もう一人は亜人だった。こちらは二十歳ほどか。


 銀髪に銀瞳。繊細そうな雰囲気で、透き通るような白い肌の持ち主の美麗な女性だった。耳の上端がぴんと尖っている。


 俺は受け付けに歩み寄っていった。


 俺に気づいたバンサーたちが驚いた顔で俺を見つめてくる。奇異な動物を見る目だ。


「おい」


 声がした。


 呼びとめられたと思って、俺はふりむいた。


 薄笑いを浮かべた男が俺を見ていた。


 人間だ。身長は百八十センチを超えているだろう。プロレスラーを思わせるごつい体格の持ち主だ。


「小僧、おまえ、見かけない面だな」


 男がいった。


 当然だ。見渡す限り、東洋人はここにはいなかった。


「この国のモンじゃないな」


「ええ、まあ」


「で、なんだ。バンサーか?」


 男が訊いてきた。ここを訪れるのは必ずしもバンサーとは限らないからだろう。一般人の依頼者も訪れるということを、後からフォシアから俺は聞いた。


「あ、はい。いいえ」


 俺は曖昧にこたえた。バンサーになるつもりだが、まだバンサーではない。


「ああん、どっちなんだ? まあ、いい」


 鼻を鳴らすと、男は俺を上から下まで舐めるように見た。それから小馬鹿にしたように笑った。


「バンサーなんか、やめとけ。おまえには無理だよ。チビで痩せっぽちの小僧なんかにはつとまらねえ」


「そんなこと、おまえには関係ない」


 ひどく静かな声がした。フォシアだ。


「なにっ!?」


 はじかれたようにフォシアを見やり、すぐに男はニンマリした。


「ほう。誰かと思えば……ずいぶん良い女だな」


 男は俺のときと同じようにフォシアを舐めるように見た。違っているのは目つきがいやらしいということだ。


「もしかして、おまえ、小僧の仲間か?」


「そうよ。文句ある?」


「あるさ」


 男は舌なめずりした。


「おまえみたいな良い女は小僧にはもったいねえ。どうだ、俺と組まねえか?」


「おまえと?」


 胡散臭そうにフォシアは男を睨めつけた。


「そうだ。俺は銅級のバンサーだ。良い思いをさせてやるぜ。いろいろとよ」


「ふん」


 フォシアは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「わたしが組むのは人間だけよ。ウントと組むつもりはないわ」


 フォシアはいい放った。ウントとはムヴァモートにおけるゴリラのような異獣らしい。


 爆発したような笑い声があがった。成り行きを見守っていたバンサーたちが発したものだ。


 男は怒りと羞恥とで顔に血をのぼらせた。まずい雰囲気である。


「いいやがったな、小娘。ただじゃおかねえぞ」


 男が拳を振り上げた。


 フォシアに殴りかかろうとし──男の手がとまった。後ろからのびた手が男のそれをつかんだのである。


「だ、だれだ?」


 男が怒りにゆがむ顔をふりむかせた。


 手の主は男である。男と同じほどの背丈で、がっしりした体躯と精悍な風貌の持ち主だ。


「あっ」


 手の主の顔を見とめた男が愕然たる声を発した。


「あんたは──リフォート!」


「いかんなあ」


 リフォートと呼ばれた男はうすく笑った。


「俺たちバンサーの拳は怪物や異獣にむけるべきものだ。女子供にむけるものじゃない」


「うっ」


 男は呻いた。リフォートの手から腕をもぎはなそうとするのだが、まったく動かないのだ。さしてリフォートは力を込めているようには見えないのに。


「は、はなしてくれよ、リフォート。冗談なんだからさ」


「冗談か。なら、いいか」


 リフォートがうなずいた。


 次の瞬間だ。男の口から苦鳴がもれた。リフォートが手に力を込めたのである。


「と、見逃すわけにはいかん。おまえの冗談は俺たちには通じるだろう。が、そこの娘さんには通じんようだ。謝まるんだ」


「な──」


 男は一瞬リフォートを睨みつけたようだ。が、すぐに負け犬の笑みを浮かべた。


 バンサーのことを何も知らない俺から見ても、リフォートは男より格上だった。男が負け犬と化しても無理はない。


「わかったよ、リフォート」


 男がいった。するとリフォートが手をはなした。


 手が痛いのだろう。片方の手で腕を揉みながら、男はフォシアに向き直った。


「すまなかったな。冗談だったんだ。許してくれ」


 男はいった。が、フォシアを見るその目には謝罪の光などまるでない。あるのは憎悪と欲望の炎だった。


「ふん」


 フォシアは蔑むように鼻を鳴らした。


「自分より弱そうだと判断したら居丈高になる。強いとみると下手にでる。典型的なくずね」


「なにっ」


 男がぎろりとフォシアを睨みつけた。が、リフォートがいることを思い出したのか、舌打ちすると立ち去っていった。

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